第五章 第九節【壁を穿つ拳】
検問所の外に出た黒十字解放戦線の一行は、先ほどのユージンの急変に、いまだ当惑していた。国家としての承認が得られずとも、何らかの譲歩を引き出せると期待していた。しかし、会談は唐突に中断され、実質的な成果は皆無に終わった。
レオは、その原因を作ったのがサイカであると確信し、怒りを露わにする。検問所の壁沿いに据えられた長椅子に腰かけ、彼女を目の前に立たせて叱責した。
「どういうつもりだ! こんな辺鄙な場所まで来て、資金援助の一つも話がまとまらなかったじゃないか!」
サイカは黙っている。両眼から血の色は退いていたが、視線は虚ろだ。レオの言葉が届いているのかどうかも定かではない。
「国王に一体何をした? 明らかに正気を失っていたではないか。俺は何も聞いてないぞ!」
レオの罵声は空を切るばかりで、話が前に進まない。仕方なくファビオが割って入る。あまり追い詰めないよう、口調は穏やかだった。
「何をしたのか話してくれないか? 戦っているときと同じ眼をしていたよな」
サイカからは依然として反応がない。
「おい、聞いているのか! 何とか言え!」
レオが怒鳴り、殴りかかろうと身を乗り出した。
その瞬間、耳を劈くような爆音が響く。レオの左側、すぐ背後の壁に、拳大の穴が穿たれていた。瓦礫が崩れ落ちる。その穴には、サイカの右腕が突き刺さっていた。
驚く将軍の眼鏡がずり落ち、表情が強張る。
サイカは無言のままレオの襟首を左手で掴み、軽々と目線の高さまで引き上げる。狂気を宿した表情で罵倒した。
「誰に口を利いているつもりだ? お前のような愚か者の指図など受けん。あの国王は、ギルザの民の尊厳を奪った仇敵だ。だから、心に入り込み、完膚なきまでに叩き潰してやった。文句あるか?」
サイカは、血に濡れた右拳をゆっくりと引き抜いた。
「お前は、黙って神輿の上に座っていろ。アタシがお前の望むところに連れていってやる。ただし、アタシのやり方でだ!」
有無を言わさぬ口調で、冷たく嘲る。
「これ以上、余計な口を挟むなら、お前の顔面を、跡形もなくなるまで潰してやる。その壁と同じようにな。さあ、どうする?」
レオは目を逸らした。サイカとまともにやり合って敵うはずもないことは、百も承知だ。
「わ、悪かったよ。怒るなって。お前の力は、十分評価してるさ」
卑屈な笑みを浮かべ、レオは続ける。震える手で眼鏡を直す。
「まあいい。メスカの対応を待てばよかろう。ジブに対しても、我々の力を示せたとも言えるしな」
「誰か、拳の手当てを」とファビオが指示を出した。
サイカは何も言わず、その場を離れる。
レオは、再び長椅子に腰を下ろし、忌々しげに舌打ちをした。
「ふん……誰が育ててやったと思ってるんだ。まあいい。もう少し成長したら、縛って隅々まで楽しんでやるさ」
ファビオは逆上しそうになる。が、ぐっと堪え、平静を装った。レオの体面を保つよう言葉をかける。
「……まあ、いいじゃないか。サイカなりに役に立とうとしている。暴走したのは、若さゆえのことだろう。後で、俺から話しておくさ」




