第四章 第十二節【嘘か真実か】
日が暮れてから、二時間ほどが経過した。グリル&パブ「コーレル」のどんちゃん騒ぎは、なおも収まらない。そんな中、ローラが静かに椅子を引いて立ち上がる。
「そろそろ失礼するわ。ターナ様を宮廷にお連れしなきゃ。さすがに、これ以上遅くなっちゃね」
「何だよ、つれねえなあ。まだ大丈夫だろうよ」と、ジョシュアは呂律が回らない。
「そういう定番の引き止めは要らないわ。朝帰りして宮廷を出禁にでもなったら、誰が責任とってくれるの?」
ローラの視線は、ターナに向かう。彼女はテーブルに突っ伏して眠っていた。先ほどまでずっと饒舌だったのが、嘘のようだ。
「ふふ。子猫みたいね。お腹が膨れたら、ぱったり」とナミがターナの髪をそっと撫でる。
「カルザス、船までおんぶしてくれない? 酔い醒ましに、ちょうどいいでしょ」とローラが促す。
「えっ? 俺?」と戸惑いの声。
「あんた以外に誰がいるの? ほら、早く!」
ナミが席を空け、カルザスはターナの上体を起こして、自分の背に乗せる。彼女の体温と呼吸、鼓動が背中越しに伝わる。シトラスの香りも鼻をくすぐる。
「何、赤くなってんだよ!」とギルが肘を当ててからかう。
「さ、酒のせいだって」とカルザスはわかりやすく狼狽えた。
「お前さ、感触を楽しんだらだめだからな。そういうの、ホント嫌われるよ」とジョシュアが追撃する。
「それくらいにしときなさいな。若い男子の、正常な反応よ」と、ローラの台詞はフォローにならない。
そして、ミーシャに向き直る。
「今日は突然、済まなかったわね。助かったわ」
「楽しかったよ」と頬杖をついたまま答える。「最後に会ってから、二年も経つんだね。ネルフィは近いんだから、また寄っておくれ。昔みたいに、しっぽり語ろうじゃないか」
「そうね。今度は一人で来るわ。ありがとう」
ターナを背負ったカルザスは、ローラとともにネルフィの飛行艇停泊所へと向かった。ターナはぐっすり寝入っており、目を醒ます気配もない。
灯の漏れる店舗が夜道をほんのり照らす。人の往来も残っており、町はまだ眠らない。
しばらく無言だったカルザスが、ふっと気づいて口を開く。
「そうか。だから、ローラは酒を口にしなかったのか」
「当たり前じゃないの。飲酒運転の挙句、事故なんか起こしてごらんなさい。私だけじゃなくて、あんたたちも、ただじゃ済まないわよ」
「おっかないこと言うなよ……」
「でも、楽しんでもらえて良かった」とローラは愉快そうだ。「ターナ様、弾け飛んでたもんね。カルザスとも引き合わせられたし、いい一日だったわ」
「何で、ターナを俺と会わせようと思ったの?」
「決まってるじゃない。ターナ様に頼まれたのよ」
「えっ?」
驚いてローラを見るが、彼女は涼しい顔で歩みを進めている。
ターナの存在が、改めて背中越しに伝わる。もし、そうだとしたら……。
「ざんねーん! うっそでーす」とローラは、笑いを堪え切れなかった。「期待した? どきどきした?」
カルザスは唖然とし、顔をしかめる。
「何だよ、それ。どいつもこいつも、からかいやがって……」
期待どおりの反応に、ローラはにやにやと追い打ちをかける。
「あんたさ、人に転がされるのも、ほどほどにしときなさいよ。ナミの言うとおり、もう少し頼れる男にならなきゃ。いざというとき、誰がターナ様を守るの?」
「まさか。ターナは王女だよ。俺が守るなんて……」
「意外と器が小さいのね」とローラは、一転してつまらなそうに続ける。「ターナ様の身分なんて、関係ないでしょ。カルザスが大切に思ってるなら、守るのが自然ってもんよ。そういう想いって、相手にちゃんと伝わるんだけどな」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
「それに、ターナ様は、あんたに関心があるからこそ、会いたがったんだと思うわ」
「え? それ、嘘なんでしょ?」
「もし、嘘じゃなかったら?」とローラが、真顔で切り返す。
カルザスは混乱して、言葉を失った。
すると、ローラは目線を外し、可笑しそうに肩をひくひくと震わせる。
「嘘か本当か、どっちなんだよ!」
「想像に任せるわ」と横目でカルザスを見やる。「人生ってのはね、真相のわからないことが一つや二つあったって、構わないのよ。もし、どうしても知りたかったら、背中のお嬢様に直接、聞いてみたら?」
「そんなこと、聞けるわけねえよ!」と憮然として、歩みを速める。
停泊所に着くと、ローラはカルザスを宥めた。
「悪かったわ。ちょっと、からかいすぎたかもね」
カルザスは黙っている。
「私の与太話は、どうでもいいわ。ただ、ターナ様の名誉に誓って言うけど、今日の彼女のすべてに、嘘はないわ。私は、そう思う」
今日、ターナが向けたたくさんの笑顔が、カルザスの脳裏に蘇る。
「それを、素直に受け取るか、ひねくれて拒むかは、あんた次第。そんなことまで、私が口を挟むつもりはないわ」
カルザスは何か言おうとしたが、その前にローラは先に立って歩き出した。停泊所の係員に近づき、チケットを渡した。暗がりの向こうに鎮座するヴァレリへと、足早に向かう。
「何してるの? 中に運び込むところまで、お願いできるかしら?」
カルザスは慌てて後を追う。
ローラは搭乗口のハッチを開けて船内に入ると、操縦席の横のシートを倒した。カルザスは、ターナを慎重に寝かせる。よほど楽しかったのか、よほど疲れたのか、目を覚ます気配すらない。
「ありがとう。助かったわ」とローラは頬を緩める。「戻ったら、ジョシュアに伝えて。明日は飛行艇のテスト運転だから、昼過ぎには工場に戻って来いって。寝坊したら、船を解体して薪にするから、そのつもりでね」
ジョシュアが頭を抱える姿を想像して、カルザスは吹き出してしまった。すっかり毒気を抜かれ、素直な言葉が口を突く。
「ローラ、不貞腐れて、ごめん。昔から、自分に自信が持てないんだ」
「カルザス、あんたは、十分いい男よ。そもそも、飛行艇好きに、悪い奴はいないもの」とその返事は柔らかい。「ターナ様のプランタの件も、マイルでの騒ぎも、あんたのことを、みんなはちゃんと評価してるのよ。だから、そのままで大丈夫。きっと、自信なんて、後からついてくる」
「そうかな……。自分じゃ、よくわからないや」
「まあ、詰めの甘さと、すぐ動揺するのと、アドリブに切れがないのと、女子に弱いのを除けば——悪くないわ」
カルザスは思わず口元が緩んだ。すんなりとは終わらせてくれない。
「結局それ、褒めてんの? 貶してんの?」
「両方よ」と、ローラは悪戯っぽく顔を綻ばせた。




