第四章 第十節【賑わう晩餐】
グリル&パブ「コーレル」では、ターナの歓迎パーティの準備が進んでいた。
ミーシャとバートの料理は、派手さはないが、家庭的な温かみに溢れている。ギルも厨房に立ち、「鶏肉とピーマンのオイスターソース炒め」を手際よく作っていた。彼の熱血解説が漏れなく店内に響く。
「今日のソースは特別だよ。西大陸クインジア産の天然牡蠣から作った希少品だ。辛味が効いてて、異国情緒を掻き立てるんだ」
「そんなに違うもんなの? オイスターソース使えば、大体うまくまとまるんじゃね?」とジョシュアは半信半疑だ。
「船長……。汎大陸を隅々まで旅してるのに、理解が浅いですよ。産地ごとに設計思想はまるで違います。たとえばミロドリア産のものは、目指す方向が別物です」
「ミロドリアって、行ったことあるよね」とカルザスが口を挟む。
「居酒屋で牛肉のオイスターソース炒めを注文したの、覚えてる?」とギルは味見をしながら記憶を辿る。「船長とカルザスは、あっという間に平らげたけど、俺は一口で止めた。やっぱり、あの風味は合わなかった」
「へー。そうだっけ」とジョシュアとカルザスは口を揃える。
「いろいろな旨味成分が足されていて、牡蠣は風味程度しか入っていない。万能という見解もあるけど、あれをオイスターソースと言い切ることに、俺は賛成できない。多少癖があっても、牡蠣が主役を張っていてほしい」
「要は、クインジアのソースが一番ってことか?」とジョシュアが興味を寄せる。
「二番目です」
「じゃあ、一番は?」
「内緒です。そもそも牡蠣のクオリティが違う。なのに、控えめに食材を引き立てる理想のソースなんですよ」
「ギルはそういうの多いな。いつか作ってくれんの?」
「ソースが手に入れば。かなり入手困難ですけどね」
完成した料理が大皿に盛りつけられると、食欲を刺激する香りが店内を満たした。
コーレル夫妻とギルの料理、カルザスとターナの土産、さらにローラが持参した秘蔵ワインで、テーブルは彩られた。
乾杯に先立ち、ターナが挨拶をする。ワークウェアの袖を腰に巻き、髪を下ろしている。括った跡が跳ねているのは、ご愛嬌だ。
「こんな会を開いてくださって、本当に嬉しく思います。みなさん、今朝起きたときには、まさかメスカの王女と食事するとは思っていなかったでしょう。誰かさんは、あらかじめ企んでいたようですけど」とローラに笑顔を向ける。「確かに私は王女という立場ですから、みなさんが驚くのも無理はないと思います。でも、突き詰めれば、美味しいごはんと楽しいお喋りが大好きな、ごく普通の人間です。願わくば、みなさんの『友人リスト』の末席にでも、私を加えていただけたら嬉しく思います。そのためには、私も全力で宴を盛り上げないとね。今日の昼間はカルザスが相手をしてくれたけど、私の話、どうだったかしら?」
急に話を振られたカルザスは、やや戸惑いつつも答える。
「もちろん面白かったよ。驚くような話がたくさんあって、もっとお喋りを聞きたいと思った」
「ありがとう! 無理に言わせちゃったかな?」とターナは小さく舌を出す。「私が主賓みたいになっちゃったけど、あとは流れに身を任せて楽しみます。じゃあ、乾杯しましょう!」
パーティが始まり、コーレル夫妻は厨房で調理を続けていたが、例のごとく、ミーシャは途中からテーブルに座り込んで歓談に加わる。今宵は貸切で他の客がいないこともあり、バートも合間に手を止めては、厨房から会話に耳を傾けていた。
王女が臨席しているとあって、コーレル夫妻もナミも最初は緊張を隠せなかった。だが、ターナが誰に対してもフレンドリーに接していたことで、徐々に肩の力が抜けていく。
特にミーシャは、すっかりその虜になってしまったらしい。娘のような年頃ということもあり、可愛くて仕方がない様子だった。最初は礼節を崩さぬよう努めていたが、酒が入るにつれて「ターナ愛」が止まらなくなる。
「失礼を承知で申し上げますが、ターナ様があまりにチャーミングで……。こんなお嬢さんがそばにいたら、毎日が楽しくて仕方がないでしょうね」
「ありがとう」とターナもワインのおかげで口が滑らかだ。「でもね、宮廷では『じゃじゃ馬』で通っているのよ。気が強いし、聞き分けもよくないから。毎日一緒にいたら、きっとミーシャは怒り出すに違いないわ」
「まさか! 今の時代、自分の意見をしっかり主張する女性のほうが魅力的ですよ。多少の衝突があっても、ターナ様のように聡明な方なら、きっと解決できます」
「一家に一台、ターナ様ってか?」とジョシュアが茶々を入れる。
「バカ言うんじゃないよ」とミーシャが諌める。「素晴らしいお嬢さんだって話をしてるんじゃないか」
「私が一家に一台いたら、王国の秩序が乱れて、滅ぶかもしれないわ! どっちかと言えば、私は混乱を収める側じゃなくて、巻き起こす側だから」
「ご冗談を! でも正直、ターナ様にお会いするのが怖かったんです。どんな方か存じ上げませんでしたし、バートはあのとおりの無口で、当てになりませんので……」
「私は何かを装って、みんなと話しているわけじゃないの。いつでもどこでも、こんな調子。ねえ、ナミ」
「うん。通常運転だね」とすっかり酔って真っ赤な顔のナミが頷く。「サラ……じゃなかった。ターナが王女でも、何も変わらないって、よくわかったよ。ちゃんと、生身の人間として接してくれてるんだよね。やっぱり、私はターナのことが好きだし、大切な人だよ」
「ナミはわかってくれるのね!」
ターナは、左隣のナミと抱き合う。
「ああ、何て尊いんだい!」とミーシャが悶える。
「ミーシャのことも好きよ!」
ターナは、身体を反対に捻ってミーシャを抱きしめる。突然のことに驚いたが、すぐに恍惚とした表情で王女に身を預けた。
「おいおい、お姫さまを鯖折りにすんなよ。不敬罪で豚箱行きだぞ」
鱈の燻製を口元に運ぶジョシュアが、なお冷やかす。
「何てこと言うんだい! いつか毒盛ってやるからね」とミーシャが本気でたしなめる。
「平気よ。折られそうになっても、かわすくらいの嗜みはあるわ」とターナは戯ける。
「折りませんって!」
ミーシャは顔を真っ赤にして叫んだ。
ターナはこうして、宴の参加者の心をすっかり掴んでしまった。誰に対しても等しく目を配り、声をかけ、ころころと楽しげに反応し、話題を広げて展開させていく。
そんな様子を微笑ましく眺めるローラは、からかい半分にターナを煽る。狙いはもちろん、カルザスとの距離を縮めることにある。
「ターナ様、同世代の男性とのひとときはいかがでしたか? カルザスでは荷が重いかもしれませんが」
「そんなことないよ。本当に楽しかったわ! カルザスの話って、すごく面白いもの」
「本当なの、それ?」とジョシュアが容赦なく異議を唱える。「こいつの話、まとまりもなければ、オチも中途半端。テンパると、何言ってるかわからないし」
「そこまで言わなくても……。無駄に船長の口が上手いだけじゃないですか」とカルザスは不満げだ。
「そうよ。二人で話してたときは、ウィットに富んでて小気味よかったけどな。ジョシュアのツッコミが厳しすぎるんじゃないの?」とターナはカルザスの肩を持つ。
「いやいや、あんまり甘やかさないでよ。商売人は口が立たないと、やっていけないからな。こいつは、まだまだ未熟よ」と言うジョシュアの目は、酔いのせいでやや虚ろだ。
「それを磨いてあげるのが、上司の役目でしょ?」とターナは軽やかに切り返す。「カルザスのお喋りは、同世代の貴族より、ずっと楽しかった。あの連中との会話なんて、合わせるだけで、こっちは疲れ果てちゃう。ジョシュアなら、あまりのつまらなさに、暴れ出すんじゃないかしら。ローラだって、わかるでしょ?」
「彼らは論外です。おべんちゃらばかりが飛び交う環境で、よくターナ様のような聡明なお嬢様が育たれたと、私はただただ感心しております」
「つまり、その底辺レベルの貴族と比較して、カルザスは辛うじて持ち堪えている、という結論ですな」とジョシュアは、あくまで辛い評価を下す。
すると、ターナは少し真面目な顔をして、抗議する。
「ジョシュア! 上司は、もう少し部下を評価するべきよ。厳しくするのは構わないけど、話しやすくする配慮も必要じゃない?」
ターナの反撃に、ジョシュアは一瞬たじろいだ。どうやら、少しだけ立腹しているようだ。ローラは隣で、にやにや笑っている。
「もう、いいもん。そんなに言うなら、カルザスをちゃんと理解してるのは、私だけってことにするわ。ふん!」
「なーんだ、そういうことかあ。妬けるなあ」とナミが割って入る。「ターナって、一途そうだよね。脇目も振らず、まっしぐら」
「へっ?」とターナが素っ頓狂な声を上げた。「私はただ、カルザスの良さを、みんなに知ってほしくて……」
「だからさ、普段はイジられキャラだけど、ターナにとっては、頼もしい存在なんでしょ? プランタも直してくれたし。それって、もう二人の世界ができてるってことだよ。やっぱ、妬けるなあ」
「ナミちゃんナミちゃん、俺たちの世界は、どうなってるの?」とギルが口を挟む。
「ギルは、誰に対しても開けっ広げだからね。特別なものを私は求めてないよ」
「あれ、俺、負けた気がするけど……気のせい?」
「勝ち負けじゃないよ。ギルとカルザスは違うからさ」とナミはワインを口にする。「でも、楽しみだね。私は応援してるよ」
「だから、何を?」とターナはきょとんとしている。
「カルザスも、頑張りなよ。王女様が、頼りにしてるんだからさ」
ナミに言い含められ、カルザスは頭を掻く。
「二人とも、初心ねえ」
ローラは、やれやれといった様子で呟いた。




