第四章 第四節【二人で空へ】
グラフ飛行艇製造の工場敷地内には、飛行艇の離着陸用ポートが備わっている。芝に覆われたその広大なスペースは、アライアル号のようなヴァレリも対応可能だ。考えてみれば、ターナが故障したプランタの緊急着陸を成功させたのも、この敷地に十分なゆとりがあったからかもしれない。
カルザスは自分のプランタを格納庫からポート中央まで引いてきた。遮るもののない陽射しが、首筋をじんわりと熱している。
車輪を格納すると、交換したばかりのBSカートリッジとともに、主水槽とタービンを目視で確認した。
「何か、プロっぽいね」と後ろに手を組んだターナが、素朴な感想を口にする。
「へ?」とカルザスは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔で答えた。「まあね。飛行中にローターが止まったら、洒落にならないから。操縦は仕事の一環だし、こだわりはあるのかもしれないね」
「なるほど。『プロ』そのものってことね」
カルザスは、後部座席左側に備えられたジャックに、ヘッドセットのプラグを挿し込んだ。操縦席にも、同様の端子がある。
「私も、これ着けるの?」
「うん。飛行中は、これがないと会話できないんだ。こっちのトグルスイッチで、無線と同乗者の切り替えができる」
「そうか! 耳元で怒鳴るわけにもいかないもんね。こういうのは、二人乗りならではだなあ」
「音の通りは意外といいから、絶叫すると相手の鼓膜がやられるかも」
「え、それは怖い! じゃあ、墜落しそうになっても、叫んじゃだめなのね」
「ちなみに、独り言も結構聞こえるから、それはそれで要注意だよ」
「ははっ。それって、叫び声より致命的かも」
カルザスは、厚手の紺色の長袖Tシャツに、カーキのカーゴパンツという装いだった。仕事でも私生活でも、だいたいこのスタイルで通している。
一方のターナは、朝と変わらぬワークウェア姿だ。安全優先のため、思ったようなおしゃれは難しい。ダークブラウンのトレッキングブーツを、あえてローズピンクのシューレースでまとめているのが、精一杯の主張だった。
カルザスが操縦席に、ターナが背中合わせの後部座席に収まった。二人ともヘッドセットとゴーグルを装着し、四点式のシートベルトを締める。
カルザスが電源レバーを「起動」側に倒すと、機体の電気系統が一斉に通電した。同時に、炉筒内壁の励起子から共鳴場が発生し、BSカートリッジが加熱を始めた。徐々にゲルのオレンジ色が濃く変化する。
「じゃあ、出発するね」と主水槽の蒸気圧を確認したカルザスが声をかける。
「うわっ、めっちゃ聞こえる!」とターナは感嘆する。「あ、ごめん。声量、絞るね」
「飛行中は、それくらいでちょうどいいよ。風切音と混ざるしね」
「OK。いつでもどうぞ!」
カルザスがスロットルバルブをゆっくり開けると、タービンに蒸気が送り込まれる。ほどなく頭上のローターが風を切り始めた。機体が小刻みに震える。その回転が安定したところで、座席左横の揚力レバーを引き上げると、プランタはふわりと浮き上がった。方位ペダルで機首のブレを安定させる。
「じゃ、行くよ」
カルザスは、操縦桿と揚力レバーを慣れた手つきで操作する。そして、プランタは吸い込まれるように空へと上昇した。




