第四章 第一節【船長は退屈】
「あーあ、退屈だなー。面白えことねえかなー」
ジョシュアはゼムクリップを二十三個つなげ、指に絡めたり、端をつまんで振り回していた。二か所ほど枝分かれしているところに、無意味な工夫が見られる。
「あのねえ、仮にも仕事中の人間の前で、しょうもない手遊びするの、止めてくんない? 腹立つんですけど」
ローラは社長室のデスクに向かい、部品の発注書に次々とサインをしていた。グレイのパンツスーツをすっきりと着こなし、ウェーブのかかった赤い髪をハーフアップにまとめた姿が、無機質な室内に凛と映えている。
だが、その秩序を台無しにするかのように、椅子に逆向きに座り、背もたれを抱えるジョシュアは、いかにも面倒くさそうに応じた。
「だってさー、こーんなに仕事する気力に満ち溢れてるのにさー、船がなきゃ何もできねえじゃん? あーあ、船、早く直んねえかなー。直ったら、脇目も振らず働くのになー。でもそれも、ローラさん次第だもんなー。俺、なーんにもできないからなー」
「整備工を三人も割いて、修理してんのよ。しかも、うち自慢の腕利きばかり。少しは感謝できないわけ?」
ローラはデスクをばんと叩き、さらに睨みを利かせる。
「それに、何なの? その毛玉だらけのスウェット! ここは、あなたの寝床じゃないのよ」
「もういいだろうよ。誰に会うわけでもねえし」
「私は人の数に入ってないってこと? いちいち逆撫でするわね」
ターナが自らを王女だと告白した日の夕方、ジョシュア、ギル、カルザスは、グラフ飛行艇製造本社に到着すると、今後の対応を協議した。翌日、飛行艇に戻るアライアル号の三人に、ローラは整備工三名を付き添わせた。彼らは、次の丸一日をかけて応急処置を施し、さらにその翌日、アライアル号は、息も絶え絶え工場まで戻った。直ちに本格的な修理に入り、ジョシュアがこうしてくだを巻いているのは、それからさらに三日後の快晴の朝である。
ローラは、グランブル貿易と黒十字解放戦線に生じた因縁を詳しく聞かされ、さすがに気の毒に感じた。そのため、飛行艇の激しい損傷については一切咎め立てなかった。ただし、彼のだらしない言動は別問題だ。顔を合わせるたびに、口喧しく叱り飛ばす。
やれやれという表情で、ローラは話題を切り替える。
「まあいいわ。もう少ししたら、退屈しなくて済むイベントが始まるから。いい子だから、それまで大人しく遊んでてくれる?」
「何だよそれ。どっきり的なアレか?」
二十四個目のクリップをつなぐジョシュアに、ローラは悪戯っぽく焚きつける。
「遠巻きに眺めるだけで、十分楽しめるわよ。少なくとも、生産性ゼロの鎖作りよりはマシね」
「自信満々だな」
「もうすぐ主賓の一人がやって来るわ。黙って見てなさいな」
ローラが挑発的に笑うそのとき、整備工の一人が、ノックもせずに社長室へ駆け込んできた。
「し、社長! あの、えっと……うわあ!」
言葉が出ない。その顔は、すっかり青ざめている。
「落ち着きなさいよ。お姫様がいらしたのかしら?」
「え? 社長はご存じだったんですか? だったら、先に教えてくださいよ。突然のことで、心臓が止まりそうです」
「今に始まったことじゃないでしょ。タービン剥き出しで、突撃訪問されたこともあったのよ」
ローラは、背筋を伸ばして静かに立ち上がり、部屋の扉に向かう。甘やかなローズの香りが、その後ろ姿にそっと寄り添うように残った。
「今日は大丈夫。私がちゃんと対応するから。あなたたちは、普段どおりの仕事を続けて」
整備工を宥めると、ジョシュアのほうに向き直った。
「何してるの? いいから、ついてきなさいよ。そんなにクリップ遊びを続けたいの?」
「お姫様」の一言で察し、ジョシュアはにやりと笑った。そして、クリップをローラのデスクに放り投げ、立ち上がった。




