第三章 第八節【完璧の裏側】
「船長」
「何だよ、ギル先生」
「張り切ってますね、カルザス」
「このところ、機械マニアに筋金が何千本も入ってるよな。船が潰れて、こっちは暗澹たる気分なのに、プロペラをバラして、嬉々としてやがる。羨ましい限りだよ」
ジョシュアとギルは、アライアル号の操縦席に並んで座り、遠い目をしていた。フロントガラスを全開にしているので、初夏の風が室内を心地よく吹き抜ける。
タンデス自治区とメスカの国境。元々人の気配のない森が、緑の香りを一帯に放ち、鼻腔をくすぐる。宮廷を発った翌日の昼前のことである。
ローラの会社の整備工三名が、不時着現場に駆けつけ、工場まで飛行できるよう、アライアル号の応急処置を施していた。
カルザスは、その一人にべったりと張り付き、食い入るように作業を見つめている。ジョシュアとギルは、そんな様子にすっかり呆れていた。
「でも、それだけじゃないでしょうね。あの、はしゃぎぶり」
「思春期の小僧だな。王女様のことで、見事にのぼせ上がってやがる」
「確かに、いい子なんですけどね、ターナ様」
「あれ? ギル先生、浮気宣言?」
「違いますよ。俺、ナミちゃん一筋ですもん。ちゃらんぽらんに見えて、実は芯の通った男を目指してるんです」
「知らねえよ、そんなの。でもさ、どうよ、あれ。大丈夫なのか、カルザス?」
「どんなに素晴らしい女性でも、相手が悪い。王女ですよ。絶対に叶いませんもん。なのに、あんなに浮かれて……腹が立つ以上に、不憫に思えて」
「だよなあ。俺も、茶化そうとしたら、涙が出そうになって」
「それ、嘘でしょ」
「もちろん、嘘だ」
「船長は、王女様をどう見てるんですか?」
「いや、大したおねーさんだよ。カルザスがぐらぐらする気持ちも、わからんではない」
「ただ、隙がないんですよね。そりゃ、王族だからそんなもんだと言われれば、返す言葉もありませんが……」
ギルは、左のもみ上げをぽりぽり掻いた。
「昨日の彼女、普段着で慌てて飛んできたって言ってましたけど、カジュアルコーデとして非の打ち所がなかったんですよ。メイクも薄いながら抜かりないし、ヘアスタイル、ピアス、靴。そのバランスも含めて、すべて完璧」
「カジュアルのレベルが、庶民とは違うって話じゃねーの?」
「うーん、それよりも、たぶん早起きして、めちゃくちゃ入念に準備したんだろうなって。しかも、ラフな演出をしたいから、プランタを操縦するってのに、わざわざ膝下のワンピースを選んだ。結果、カルザスのハートは一発で打ち抜かれたってわけで」
「怪盗何某みてえだな……」
ジョシュアは不覚にも大笑いする。ギルはさらに持論を展開した。
「普通に同じことしたら、あざとすぎます。でも、ターナ様には、そういう計算高さがないんですよね。どうやったらカルザスにちゃんと伝わるかを、必死に考えたってのが、滲み出てるんですよ。そこに隙を感じるからこそ、男は腑抜けになるというか……。あれ? 王女は完璧って話がしたかったのに、結論が変わっちまった」
「なるほど。言いたいことは、よくわかったよ」
ギルの蛇行するトークにジョシュアは脱力するも、腑に落ちた様子で空を見上げた。
「であれば、俺にも思い当たる節があるな。尋問が終わった夜、実は姫君を見かけたんだが、様子がおかしくてよ」
「何ですか、それ?」
「夜中に無性に煙草が吸いたくなって、ちょっくら部屋を抜け出したわけさ」
「何の話が始まるんですか?」とギルは首を傾げる。「てか、煙草、止めたんじゃないんですか?」
ジョシュアは質問に答えず、話を進めた。
「で、外から戻ろうとしたらよ、カルザスの部屋の前で、ターナ様が突っ立ってるわけさ。しかも、思い詰めたような表情でな。扉をノックするのを迷っているようだった。王女がカルザスに何の用か見当もつかんし、迂闊に声もかけられんだろ。仕方ないから、俺はもう一度外に出て、夜風に当たって時間を潰したわけさ。で、二十分ほどして戻ったら、王女様はまだ立ち尽くしてた」
「え? その間、ずっと悩んでたってことですか?」
「おそらくな。で、息を潜めて隠れていたら、結局、何もせずに立ち去った」
「はっちゃけてた王女様からは、想像できないんですけど……」
「だからさ、ギルの見解も総合すると、昨日の朝の行動は、考えに考えた末の結論なんだろうよ。審議のときは、あんだけ塩っ辛い対応しててよ、その日の夜にサシで向き合って正体明かして『ごめんね』ってのは、さすがに気まずいわ。カルザスがテンパるのも目に見えてるしな。そうじゃなくて、日を改めて、わざわざプランタ飛ばして、しかも俺たち巻き込んで、明朗快活に告白して、全部うやむやにしちまった。結局、残ったのは、浮かれポンチの飛行艇マニアだけってことだ」
「なるほど。彼女のあの異様なハイテンションも、結構、自分を奮い立たせた結果なのかもしれませんね」
二人は、ターナの人物像について、一定の共通認識を得たようだ。
「そっかあ。天下のターナ様がねえ……でも、王女が一生懸命になっちゃうカルザスの魅力って、一体何なんですかね?」とギルが核心に触れる。
「……」
「……」
「ギル先生。飯の時間にしようぜ」
「わかりました。手っ取り早く作りますよ」
ギルは昼食の準備をしに食堂へと向かった。操縦席に残るジョシュアは、目を細めて青空を見上げた。




