第三章 第四節【尋問の理由】
タンデス自治区から脱出したアライアル号の三人は、メスカ王国宮廷の「林閑の間」と呼ばれる大広間に連行された。後ろ手に縄を掛けられ、広間の端で両膝をつく。反対側には、階段五段分ほど高くなった壇が広がり、その両脇に執政官、司法官、衛兵らが整列していた。調度品がほとんど備えられていない殺風景な広間だ。空気の軋む音が聞こえてきそうだ。
三人の隣には、国境警備支部長デューク・サンズが立っていた。不時着の現場から宮廷に移送されるまで、ずっと付き添ってきた人物だ。
タンデス自治区とメスカ王国の国境で、三人は国境警備隊に包囲され、即座に検問所へと連行された。疲労困憊のまま夜明けとともに取調べを受けた。国境を無断で越え、ヴァレリの着陸を強行した以上、簡単には解放されないだろうとジョシュアは腹を括った。
同じ日の夕刻、宮廷にて正式な審議が行われると告げられた。夜を徹して専用のヴァレリで移送され、翌日に到着するなり広間に連れられた。
とはいえ、わざわざ宮廷まで呼びつけ、国王自らが裁きを下すとは……。ずいぶん仰々しい対応だと、ジョシュアは訝しんでいた。
やがて、国王ユージンが、壇上に姿を現した。三人を一瞥し、中央の椅子に腰を下ろした。広間の一同は、恭しく頭を垂れる。
国王は、正装に身を包んでいた。バンガーディの深みある長尺のブリオーに、厚手のアルパイングリーンのマントルを重ね、最高位に相応しい装飾を身につけている。その佇まいからは、統治者としての威厳が放たれ、広間の空気を引き締めていた。
「では、情勢を説明してくれ」
デュークは、取調べの内容や不時着に至る経緯を淡々と報告する。ユージンは黙して耳を傾けていた。
説明が始まって五分ほど経ったころ、奥から二人の女性が現れた。王妃クララと王女ターナである。
「遅れてごめんなさい。少々立て込んでしまって……」とターナが小声で告げる。
「問題ない。尋問はまだこれからだ。デュークの報告を一緒に聞いてくれ」
「承知しました、陛下」
二人は、国王の右後方に控えた。クララは、ゆったりとしたマルベリー色のシュルコーを身にまとい、重厚な金色のネックレスが目を引くものの、全体としては上品で落ち着いた印象を保っている。
一方、ターナは父ユージンと同じ意匠のブリオーを着用していた。正統な後継者であることは、誰の目にも明らかだ。もっとも、その立ち姿には若さが滲み、父ほどの重厚感はない。
さらに十五分ほどが過ぎ、デュークの説明が終わったところで、ユージンが静かに口を開いた。
「では、ジョシュア・グランブル。反論、意見があれば申してみよ」
名を呼ばれた貿易商は、ゆっくりと語り始めた。
「まず、私たちの不手際と思慮の浅さによって、このような事態を招いたこと、陛下をはじめメスカ王国のみなさまに深くお詫び申し上げます」
深く頭を下げた後、真っ直ぐに国王を見上げ、慎重に言葉を選ぶ。
「黒十字解放戦線の『航行禁止命令』が法的に有効かどうかは、解釈が割れると私は考えます。とはいえ、私たちが無断で国境を越えたこと自体は、紛れもない事実です。そうである以上、自治区から脱出した判断が正しかったと、私の立場から胸を張って主張することはできません」
わずかに間を空けたが、ユージンから視線を外さない。
「ただ、私たちは危機に直面していました。あのまま自治区に留まっていれば、不当な理由で、黒十字解放戦線に拘束されていたでしょう。それだけは、避けたかったのです」
続けてカルザスへと視線を向ける。
「二週間ほど前、ジブ帝国マイルを襲撃した黒十字の隊員が、罪のない子どもに手を出していました。その現場に、私たちは遭遇したのです。部下であるカルザス・ウィルは、この暴挙を看過できず、敢然と黒十字に立ち向かいました。ギル・ヒューイットが機転を利かせ、子どもを逃がすことができましたが、黒十字の隊員は逆上し、カルザスを殺そうとしました。そこでやむを得ず、私が加勢しました。幸いにも、国境警備隊が到着したため、事態は収束しました」
声は抑えられていたが、芯は揺るがない。
「私たちは、自分の行動を恥じていません。子どもを守った行動を、私は誇りに思います。そして、タンデス自治区から脱出するにあたり、この二人の忠実な部下は、私の指揮命令に従ったに過ぎません。処罰を受けるべきは、グランブル貿易の責任者である私一人で十分です」
ギルは驚いて目を見開く。ジョシュアは真剣な表情で続けた。
「陛下、何卒、ご慈悲を」
ユージンは、ジョシュアの目をじっと見つめていた。沈黙が広間を支配する。
やがて、国王は表情を和らげ、言葉を紡ぐ。
「なるほど。ローラ・グラフの言っていたとおりの男だな。一本、筋が通っている」
「え?」とジョシュアは虚を突かれた。「ローラ……ですか?」
「うむ。昨日、別件で話す機会があってな。その折、其方のことが話題になった。部下のためなら泥をかぶることも厭わぬ男——だが損な役回りが多いと、彼女は笑っていたよ。それがまた、コールマンによく似ていると」
「陛下は、コールマンをご存知なのですか?」
「私は、彼を尊敬していた」と思わぬ言葉がユージンの口から漏れる。「人のために動ける稀有な人物だった。昔、宮廷で共に働かないかと、誘ったことがある。柄じゃないと断られたがな」
聞いたことのない話だった。そして、コールマンがその手の自慢話をする人間ではないことを、誰よりもジョシュアは理解していた。
「今回、其方を呼んだのは、顔を合わせて話を聞きたかったからだ。『ジョシュアの無茶には理由がある』とローラは言っていた。私は、それを確かめたかっただけだ。コールマンの弟子とやらに、興味もあったしな」
そう言って、ユージンはデュークへ向き直った。
「君は今回も適切に対処してくれた。感謝する。ただし本件に限り、彼らを罪に問うつもりはない。縄を解いてやってくれ」
「は、はい!」
デュークが応じ、三人の縄を解き始める。
「悪く思わんでくれ。事態が明らかになるまで、やむを得なかった」
「とんでもありません。感謝しております」
ジョシュアは恐縮して頭を下げた。
「誰か、彼らに椅子を。これより先は、私が招いた客人として話を聞こう」
三人は戸惑いながらも椅子に腰かけた。そして、ユージンは真剣な眼差しで彼らに問いかけた。
「聞きたいのは他でもない。タンデスを制圧した黒十字解放戦線の目的だ。君たちの見解を聞かせてほしい」




