第一章 第一節【碧石と研究】
「その後、順調に進んでいるのかね? 何しろ、社長が興味津々でな」
そう尋ねるイーストン・スコープスは、掌の大きさの皿に積み上げたチョコチップクッキーを掴み、ぼりぼりと貪っていた。
「二か月前からの進捗ですが、ますます興味深い様子が観察されています。『クリアターコイズ』の作用は、私の想像を大きく超えています」
向かいに座るガスパル・オルティスは、冷静に振る舞おうと努めていた。しかし、その瞳はぎらつき、皺の刻まれた頬はほんのりと紅潮していた。
それとは対照的に、イーストンは傍目にも関心なさげだ。沈黙を避けるため、適当に相槌を打ち続ける。手についたクッキーの屑をはたき落とす。
「具体的に、どういう変化なのかね?」
「被験者の身体機能が格段に上がっています。体格こそ細身ですが、鍛え上げた隊員の全力の剣をも易々と受け止めます。敏捷性も際立っています。貴殿にも一度、直接ご覧いただきたい」
「筋力が増しているのか?」
「筋密度が向上していると推測されます。それだけでなく、反応速度など、あらゆる身体能力がバランスよく強化されています。まだ未解明の点は多々ありますが、キースに精査させる予定です」
隣に控えるキース・ウィルソンは、四十歳を目前にした大柄な男だった。縁なし眼鏡をかけ、ネイビーストライプのスーツ姿が映える。だが、さきほどから押し黙ったまま、微動だにしない。
一方のガスパルは、先日七十歳を迎えた小柄な老人だ。ぼさぼさの白髪に、くたびれたベージュのスーツ姿。ノーネクタイのせいで、ワイシャツの皴が目立つ。ただ、その老いを隠せぬ佇まいは、彼の熱量とはひどく不釣り合いだった。
ジブ帝国首都エルジオの隣町ラムール。貿易業を営むバクスター・レンジ商会の本社二階、その陽の当たらない一室がイーストンのオフィスだ。かつては年代物の木製家具が程よい香りを放っていたものの、彼の煙草の匂いが、それをすっかり塗り潰していた。
ただ、彼は来客中に煙草を吸わないことにしている。それが真っ当な紳士の立ち振る舞いだと信じていた。代わりに、大量のクッキーを頬張って、口の寂しさを紛らわせる。それが紳士の作法に適うかどうかについて、彼が熟慮したことは一度もない。
イーストンは、バクスター・レンジ商会の副社長だ。小太りな体格を包むグレーのスーツはサイズが合っていない。口髭をたくわえ、人を小馬鹿にしたような笑みを絶やさない。
社長バクスター・レンジは、同じ建物の四階にオフィスを構えるが、多忙のため滅多に姿を見せない。最後に顔を合わせたのがいつだったか、この副社長の記憶も曖昧だった。もっとも、用件があれば無線機で連絡は取れるので、二人とも特に問題を感じていない。
三人は、さらに二十分ほど会話を続けた。イーストンの短い問いに、ガスパルが前のめりに答えるやりとりの繰り返しだ。この老学者は、ときおり我を忘れて興奮気味に話している自分に気づき、その都度、懸命に自制した。
「世の中には不思議なことがあるもんだな」とイーストンは、毒にも薬にもならない感想を吐く。「『クリアターコイズ』が、巷の噂どおりの力を持っていたとは」
「物理作用以外、噂のほとんどは妄言です」とガスパルは細かく訂正を入れる。「空を飛ぶ、人の心を読む、挙げ句の果ては霊託を受ける……。そのようなものは一切確認できません」
「つまり、研究対象がはっきりしているわけだな。成果を挙げるには重要な要素だ」
「これもひとえに、バクスター・レンジ殿の後ろ盾があればこそ。感謝の言葉もございません」
そう言うと、ガスパルは恭しく、分厚い書類の束を手渡した。それは社長宛の進捗報告だった。
イーストンは、代わりに札束入りの紙袋をテーブルに置いた。
「これは三か月分だ。調査費込みでな」
「ありがとうございます」
ガスパルは深々と頭を下げた。反応の薄いキースも、このときばかりは一礼する。
「私は、長年『クリアターコイズ』の伝承を信じ、文献を探し、地道な調査を積み重ねてまいりました。しかし、すべて作り話に過ぎないのではないかと、不安を抱えておりました。それが今、石の実在を確かめ、その力を検証できるとは。しかも、キースのような優れた学者と共に。これ以上の幸運はありません。私に残された時間も多くはありませんが、今後もご期待に応えるべく……」
だが、その長広舌は、もはやイーストンの耳には届かない。この用件は終了したのだ。その関心は、すでに別のところにあった。
——クッキーのストックは、まだ残ってたか? そろそろ市場に買い出しに行かないとな。




