第二章 第九節【再び騒宴へ】
ターナと別れた後、カルザスはナミの店に戻り、一休みしていた。用意されたレモン水を、一気に飲み干す。
アップルミントの香りが鼻をくすぐった。柔らかくも爽やかな刺激に、次第に落ち着きを取り戻す。
「その大量の本、これで括ったらどう?」とナミは呆れた様子で長い麻紐を渡した。
「ありがとう。遠慮なく使わせてもらうよ」
カルザスは、十五冊の本を二つに分けて括る。紐の手触りが指に残った。
「剥き出しのまま客に商品を渡すなんて、雑な店だね。どこで買ったの、それ?」とナミは不思議そうに尋ねた。
「セオ爺の店だよ」
「セオドア爺さんって、愛想は悪いけど、そんなにいい加減なことするかね?」
「あの店は、俺にとって、本棚代わりだからさ。包んでくれって頼んだところで、『ふざけんな! 誰がそんなサービスするか』って怒鳴られるだけだよ」
カルザスは、セオドアの物真似をして言った。
「あはは。似てるねー」とナミは笑う。「本棚か。なるほど。いちいち自分の本を包んだりしないよね」
「でも、これからは、紐なり袋なりを持参するよ。この人ごみで前が見えないのは、やっぱり危険だ」
「サラが衝突した中年男は、やっぱり山積みの本を抱えててね。ただ、しっかりと括ってあったよ」
「それは、セオ爺の客じゃないだろうな。俺が店にいる間、誰も来なかったから」
「じゃあ、この通りの奥に新しくできた本屋の客かな?」
「そんな店あるの?」
本を縛り終えたカルザスは、椅子に座り直し、興味深げに尋ねた。
「セオドア爺さんの店より、ずっと大きいよ。一度行ってみたらいい。この道をずーっと東に向かって、坂道を登るんだ。一目でわかると思うよ」
「それはいいことを聞いた」
「でも、カルザスの本棚になるかどうかは、わからないよ。店の主人は、他所の土地から来たみたいだから」
「最近、そういうの多くない? ネルフィも変わって行くのかな」
「時代の流れもあるからね。でも、カルザスみたいな客がいるから、セオドア爺さんも店を続けられるのさ」
喉を潤したカルザスは、ナミに一つ疑問を投げかけた。
「ところで、サラはどこに住んでるの?」
「私は知らないよ。深くは聞かないことにしてる」
「そうか……」
「ただ、あれは貴族だね。私らと違って、育ちのよさが滲み出てるよ」とナミはレモン水を口にする。「おそらく、お忍びで来てるんだ。若い男が、少し離れてあの子を見守っている。さっきも、いただろ」
「そうだっけ。全然気付かなかった」
「鈍いなあ」
「ふーん。前に会ったときは、そんな男、いなかったけどね」
カルザスは、シャイナの丘での出来事を思い出した。お目付役が傍にいたなら、真っ先に彼女を助けていたに違いない。
ナミは独り言のように続けた。
「たぶん『サラ』っていう名前も偽名だよ。本来は、こんな薄汚い町をうろうろしていちゃいけない。高貴な方なのさ。でも、そんなことはどうでもいい。サラは、私の大切な友達なんだ。本当にいい子だからね」
「『サラ・メンフィス』が偽名か……」
カルザスは、彼女との距離が少し広がったように感じた。だが、二回しか会っていない相手に、距離も何もないと思い直して肩をすくめる。
そのとき、唐突に一人の男が顔を出した。
「ナミちゃん! ワインと鶏肉とローリエ、買ってきたよ。店の大将と、つい長話になっちゃってさ。ごめんよー」
「ありがとう、ギル。香辛料の蘊蓄でも披露してきたのかい?」
「そんな大層なもんでもないさ。料理に対する熱い思いを、ぶつけてきただけだよ。ていうか、何でカーリーがここにいるの?」
「カーリーはやめろって」とカルザスはうんざりする。「そういうギルこそ、どうしてこんなところにいるんだよ。奥さんに買い物を頼まれた旦那風情じゃないか」
「まあ、そんなようなもんだ」とあっさり認める。「昨日、ミーシャの店で食った鶏のワイン蒸し。あれをナミのお母さんに作ってやろうと思ってな。で、具合のいい白ワインを探してたわけさ。いやー、腕が鳴るねえ」
「じゃなくて……。要するに、ナミと付き合ってるってこと?」
「俺、ネルフィに来たときは、ここに住んでるも同然なんだけど。知らなかったっけ?」
確かに、ネルフィでのギルは、仕事と炊事以外、ほとんどアライアル号を不在にしている。カルザスは、その理由をようやく理解した。
一方、ギルにとっては、同僚がここにいる理由のほうが重要だった。
「それよりさ、二人は知り合いだったの? 全然知らなかった」
「今日が初対面だよ」とナミが答えた。「私の店の馴染みが、カルザスの知り合いだったんだ。何でも、その子のプランタを修理してあげたってね」
「えーっ! じゃあ、ついに愛しの彼女に再会できたってこと? すげえ、大ニュースじゃん! ちゃんと名前、聞いたか?」
ギルは興奮して捲し立てた。カルザスの顔が青ざめる。もしや、格好のネタを提供してしまったのでは……。
「いや、あの……」
「なにそれ? 面白そうだね。詳しく聞かせてよ」とナミも乗ってくる。
「これは、晩飯を食いながら、じっくりと話してもらおう。とにかく、船長を呼ぶぞ」
「ちょっとちょっと。二人の出会いってのを、私は全然知らないから、そこから始めてよね」
「もちろんさ! 時間がたっぷり必要だな。じゃあ、急いで食事を作らなきゃ」
「暑いから、夕食は店先でいいよね? みんな集まってさ」
「そいつはいい! だったら、食材と酒を買い足してくるよ。鶏肉のワイン蒸し以外にも、何か作ろう」
ナミは、店の奥にいる母親に声をかけた。
「母さん、ちょっとうるさくなるかもしれないけど、いいだろ? 母さんの晩ご飯も、用意するからさ」
ギルは無線機を借りると、ジョシュアに連絡を入れた。
「船長、これから市場に出て来ませんか? 面白いことになったんですよ。え? いやいや、いいから来てくださいって。カルザスが、すごいネタを仕入れて……」
カルザスは、この急展開に卒倒寸前だった。そんな彼をギルは無理矢理引っ張り、食材の買い出しを手伝わせた。店に戻る頃には、ジョシュアが二人の帰りを今か今かと待ちかまえていた。
乾杯の後、カルザスを肴に、どんな乱痴気騒ぎになったか——ここで語るまでもなかろう。ナミの店先の夜は、なかなか更けなかった。




