第二章 第八節【再会の街角】
セオドアの店を出たカルザスは、剥き出しで崩れそうな十六冊の本の山を両手に抱え、ネルフィの飛行艇停泊所に向かった。前が見えづらいので、のろのろと歩く。
ある衣料品店の前を通り過ぎるとき、店から飛び出す女性とぶつかった。カルザスは転びそうになるも、本が崩れ落ちないようステップを踏み、二回転してどうにか踏みとどまった。
一方、ぶつかった女性は、前のめりに手を突き、持っていた懐中時計を道端に落とした。
本を下ろせないカルザスは、目線だけを女性に向けて声をかける。
「あの、大丈夫?」
「ごめんなさい。急いでいたから」と女性は立ち上がった。
「こちらこそ、すまない。こんな具合で、全然前が見えなかった」
「袋に入れるか、縛ったほうがいいんじゃないの」
女性は白い歯を見せ、裾を払う。
「停泊所までだから、大丈夫だと思ったんだけどね。でも、やっぱり危ないな」
そう言ったところで、彼女の落とした懐中時計が目に留まり、カルザスはハッとした。特徴的な六角形に見覚えがある。
「その時計……!」
「ああ、お客の忘れ物だよ。縛った本を抱えた中年男とぶつかって、そのときに落としたみたいなんだ。今しがた地面に転がってるのに気づいてね、慌てて追いかけようとしてたところさ」
女性はそう言って、走り出そうとする。
「待って、待ってくれ!」と慌てて叫ぶ。「お供させてくれないか。いや、怪しい者じゃないから。俺はアライアル号のカルザス・ウィルだ。その時計の持ち主、たぶん知り合いなんだ」
「アライアル号って、ギル・ヒューイットの乗っている船かい?」
カルザスはそれに答えず、古書の山を店先にどんと下ろした。
「ここに置かせてもらうよ」
そう言って、一番上の本を掴み、走り出した。
「ちょっと待ちなよ!」
女性は訝しみながらも、カルザスを追う。
停泊所への道は混雑していたが、走る二人の勢いに、自然と人波が割れた。
しばらく全力疾走すると、ターナの背中が見えてきた。女性は大きな声で呼びかける。
「サラ、忘れ物だよ!」
しかし、気付かない。もう一度、叫ぶ。
「サラ、サラ!」
はっと気づいたターナは、後ろを振り返った。
「ナミ! どうしたの?」
「懐中時計を落としただろ。店先で人とぶつかったときだよ」と肩で息をする。
「本当だ。ありがとう! わざわざ持ってきてくれたのね」
両手の塞がったターナの胸元に、ナミは時計を挟んだ。
「しっかりしてそうなのに、意外と脇が甘いなあ」
ナミは軽口を叩く。次いで、カルザスに右の親指を向けた。
「それはそうと、この男がサラに会いたいって、一緒について来たよ」
ターナは、あっと声を上げた。シャイナの丘で会った男だ。
「やっぱりそうか。君だったんだ! 懐中時計に見覚えがあったから」とカルザスは荒い息を抑え、途切れる声を絞り出す。
思わぬ展開に驚きながらも、ターナは破顔する。
「その節は、どうもありがとう! どれほど助かったことか」
「へえ、本当に知り合いだったんだ」とナミが瞳を瞬く。
「以前、プランタが故障したとき、彼が修理してくれたの」とターナは解説する。
「無事に帰れたんだね。あの後、追いかけようとしたんだけど、エネルギー不足で飛べなかったんだ。ごめんね」
「ううん。大丈夫だったから」
ターナの顔が、心なしか上気していた。はち切れそうなトートバッグが気恥ずかしいだけではない。宮廷を出る前に、この男性のことが脳裏に浮かんだことを思い出し、少し照れ臭くなったのだ。
「プランタはちゃんと修理したの?」とカルザスは尋ねる。
「うん。すっかり生まれ変わったわ。整備工場の社長さんが『雑だけど的確な処置だった』って感心していたのよ」
どこかで聞いた台詞だった。
「もしや、それって、ローラ・グラフ?」
「えーっ! ローラのこと知ってるの?」
「よく出入りしてるよ。この間も、変なものを売りつけられそうになった」
「あはは。そうなんだ!」
本当に二度目の偶然だ。そして、この女性の印象はまったく変わらなかった。利発で、愛嬌がある。
「そうそう、これを君に」
カルザスは本を差し出した。
「あっ、ブリッツの『回顧録』だ」
「さっき、馴染みの本屋で手に入れたんだ。いつか君に会えたら渡そうと思ってた。でも、すぐに渡せた!」
「頂けるの?」
「もちろん。この前も言ったとおり、でっかい空を感じられるよ」
「ありがとう! 早速、読んでみるわ。でっかい空ね。楽しみ!」
カルザスは、ターナのトートバッグの一つに、本を差し込んだ。
その様子を見て、ナミがにやにやと口を挟んだ。
「なになに、ずいぶん親しげじゃない。ちょっとお邪魔かなー」
「そんなことないわ。会うの、まだ二回目だもん」とにこやかな表情で二人に向かって続けた。「本当にありがとう。ごめん、もう行かないと。また、ゆっくり話したいな」
「サラは神出鬼没だからね。まあ、期待しないで待っておくよ」とナミは片目を閉じて戯けた。
「サラっていう名前なの?」
カルザスは、ここぞとばかりに懸案事項を尋ねる。
「え、ええ。サラ・メンフィス。まだ名乗ってなかったわね」
「俺はカルザス・ウィル。今、ネルフィに停泊してるアライアル号の貿易商だ。改めてよろしく」
「カルザスね。ありがとう」
名残惜しそうなターナを、ナミとカルザスは手を振って見送った。
離れた物陰から一連の出来事を見守っていたバイロンが、ターナの追跡を再開した。ナミは、何度も見たことのある女性だが、カルザスは初めてだった。バイロンは、その顔をしっかりと記憶に刻んだ。




