第二章 第七節【買い物日和】
ターナの操縦するプランタは、ネルフィ市場の飛行艇停泊所に降り立った。機体をロックし、帽子とゴーグルを外す。後ろに束ねたベージュブラウンの髪、ワークウェアの上下という姿。折り畳み式の大型トートバッグを二つ、片手に提げている。
スタッフから、チケットを受け取った。停泊所を一歩出れば、石畳の目抜き通りに出る。東の市場の香辛料の匂いと、行き交う人々の喧騒が、否応なく伝わってくる。
ターナが歩みを進めようとしたとき、背後に気配を感じた。
「バイロン、ついて来なくていいわよ」
振り返りもせず、釘を刺す。少し離れて歩いていたバイロンが、渋い表情のまま近づいてきた。
「また、勝手に外に出たな。これ以上、困らせるな」
「バイロンこそ、これ以上困らせないで。女子の買い物好きは、世界共通よ」
「気持ちはわかるが、少しはわきまえてくれ。行くと一言、言ってくれればいいだけだ」
「行くと言ったら、止めるくせに! もういいわ。夕方にはちゃんと戻るから、バイロンは帰って!」
うんざりした様子で、ターナは足早に市場へ向かう。不承不承、バイロンは一定の距離を保って後を追った。
ネルフィの市場は、今日も活気に満ちていた。個人商店が連なるアーケードには、日用雑貨、食料品、衣料品、園芸用品、玩具、書籍、大工道具、果ては一人乗りプランタを扱う専門店まで、軒を連ねている。最近は、他の地域から大きな資本の店舗が進出することも増えている。
ターナは、三軒の店を順に回り、装飾品、化粧品や雑貨を買い集めた。こうして宮廷を抜け出し、市場を巡って買い物に興じるのが、彼女にとっての重要な気晴らしとなっている。その様子は、年頃の女性と何ら変わりない。可愛らしいものに目を輝かせ、財布の紐は緩み、トートバッグは膨らんでいく。
そして、いつものように、ネルフィ市場の西寄りにある石造りの衣料品店へと足を運んだ。
「サラ! 久しぶりじゃない!」
店内から、女性の大きな声が響いた。
「ナミ! ご無沙汰しちゃったよ! あ、髪切った? 可愛い!」
ターナは嬉しそうに叫び返した。抱き合って再会を喜ぶ。
「サラ、もう買い物は済んだの?」
ターナは、お忍びで町に出る際、「サラ・メンフィス」と名乗っている。彼女がメスカ王国の王女であることを知る者は、護衛を強いられているバイロン以外、誰もいない。
店の女主人であるナミ・シャーロックは、二十代半ばの女性だ。ターナより背が高く、痩せた体形に、大きなブラウンの瞳が印象的である。最近、ブルネットの長いストレートヘアをセミロングに切り、ハーフアップにまとめていた。白のトップスに黒いノースリーブのロングワンピースを重ねた装いが、よく似合っている。
元々この店は、ナミの母親が営んでいた。しかし、この二年ほど体調を崩しているため、普段は奥で休んでいる。そのため、娘のナミが今は店を仕切っていた。
室内にはレディスの商品が所狭しと並んでいた。中央の木製テーブルにはモイストポプリが置かれ、アップルミントの香りが柔らかく店内を満たす。
ナミは、ターナが買った品々をひとつひとつ手に取っては目を輝かせ、化粧品を手の甲でテストしては歓声を上げた。
やがてターナは商品を物色し始め、五着ほどを手に取った。代わる代わる身体に当て、鏡の前でポーズを取る。ナミは横からコメントを挟み、また別の服を勧める。二人の笑い声が、店内に響き渡った。結局、三着を購入することにした。
店の椅子に座ったターナは、ナミと三十分ほど世間話を楽しんだ。同世代の女性とたわいもない会話を交わすこの時間はかけがえのないものだった。できることなら、一日中こうして過ごしていたいと願う。
しかし、背後から注がれるバイロンの視線を察知する。気にしないよう努めても、次第に居心地の悪さが募る。一度くらい、深夜まで外で遊び回って、バイロンを困らせてやりたい——そんな無茶な考えが頭をよぎるものの、実行できるはずもなかった。
「ごめーん! もう帰らなきゃ。もっとお喋りしたいんだけど……」
ターナは、名残惜しそうな表情を隠さない。
「うん、またいつでもおいでよ。って言っても、次はいつだあ?」
「近いうちに来るよ、絶対! それじゃあね!」
購入した服をトートバッグに詰めると、店を飛び出した。
そのとき——左手側から歩いてきた男と、出合い頭にぶつかった。男は、紐で括った十冊以上の本を抱えており、前方が見えていなかったようだ。
「きゃっ!」とターナは短く叫び、バランスを崩して膝を地面についた。
「サラ! 大丈夫?」とナミが心配そうに駆け寄る。




