第二章 第六節【古書店にて】
「セオ爺、生きてるか?」
カルザスは、建て付けの悪い扉を足で蹴り開け、店舗の奥に呼びかけた。両手には、十冊の本を平積みにして抱えている。
「そんなにワシを殺したいのか? この若造が!」
中から、輪をかけた憎まれ口が、しゃがれ声で返ってくる。
ターナが再び宮廷から脱走した日。ネルフィの中心よりやや西に位置する年季の入った古書店でのことだ。
壁の本棚は古書で隙間なく埋め尽くされているのみならず、テーブルの上や床一面に様々な大きさの書籍が積み上げられている。その隙間には、ところどころうっすらと埃が層を作っていた。
主人のセオドア・ゴルソンは、間もなく七十歳を迎える小柄な老人である。薄い浅葱色のチュニック、ベージュのチノパンにダークブラウンのサスペンダーという装いだ。奥の椅子に座って一冊の本を読んでいた。だが、雑然と積まれた本に隠れ、入口からその姿は見えない。
「また、ちょっと物色しに来たぜ」とカルザスは持参した本を戸口の足元に置いた。「これは売る分だから。今のうちに計算しといてくれよ」
「ワシの店を自分の本棚代わりにするんじゃねえ。これじゃ、商売上がったりだ」
「よく言うよ。しっかり利鞘、稼いでるくせに」
カルザスは、ネルフィに来るたびにこの古書店を訪れ、読了した本を売り、別の本を買っていく。長年の付き合いで、二人の口の悪いかけ合いも、すっかり習慣となっていた。
「お前、マイルで一騒動起こしたって噂じゃねえか。バカさ加減は、若い時分のジョシュアにそっくりだな」
「こんな穴ぐらにまで話が伝わってんのか。こりゃ、本格的に潜伏しないとまずいな」
「マイルってのは、昔から物騒な港だ。ギルザが近いからな。大人しくしてりゃいいものを」
「知ったような口利いて。行ったことあんのかよ、マイル」
「用もないのに、行くわけねえ」
「それみろ。何だよ偉そうに。こんなとこで根を生やしてたら、世の中からすっかり置いてきぼりだろうに」
「バカ言え。お前ら貿易商は、動きすぎるからだめなんだ。手元をすり抜けるし、せっかく捕まえてもボロボロこぼす。ワシみたいにじっとしてりゃ、何事も耳に入ってくるんだよ」
「だから頭でっかちなんだよ。わかってないな」
セオドアの店は、あらゆる分野の本を取り扱うが、特に年代物が多い。カルザス自身は古い著書を好むため、この品揃えを気に入っていた。「こんな本を仕入れて欲しい」と頼むと、この古書店主は散々文句を垂れながらも、次に訪れたときには、ちゃんと入荷しているのだった。
この日のカルザスは、黒の長袖Tシャツにカーキ色のカーゴパンツ姿だ。腕まくりをして十五冊ほどの書籍を手早く見つけ出し、店の端に積み上げる。さらに古書を掻き分け、一冊の本を探していた。
「おい、散らかすな! 売り物なんだから、もっと丁寧に扱え!」とセオドアが怒鳴った。
「元々散らかってんだろう! 本当に整理のできない爺さんだな」とカルザスは喚き返した。
そして、埃っぽい部屋の一番奥から、目的の本を探し当てた。
「あった! やっと見つけた!」
「何を探してたんだ?」
セオドアが立ち上がり、その本を覗き込む。ベイ・ブリッツの『回顧録』だった。
「お前、以前ウチでそれ買ったんじゃないのか?」
「ああ、四年前だっけ。俺にとっては、バイブルだからさ」
「じゃあ、何でまた?」
「人に贈るんだよ。いつ渡せるか、わかんないけどな」
カルザスは埃を払うと、十六冊目の本として山の上に乗せた。
「今日はこれだけもらっていくよ、セオ爺。ほら、文句ばっかり言ってないで、代金計算してくれよ」




