第十一章 第一章【事実に色を】
「何なの、こんな時間に。寝る前のスキンケアの途中なのよ。お肌が荒れて皺が消えなくなったら、責任取ってもらうからね」
ジョシュアから無線機で呼び出され、ローラはあからさまに不機嫌だった。受送話器越しでも、それははっきり伝わってくる。
「お前さんが、おかしな爆弾をぶち込んだからだぞ。しかも、えらくわかりにくいやつだ。さっき、やっと気づいた」
「だから、何の話? 長くなるなら、明日にしてくれる? これ、マジだからね」
ジョシュアがファビオに再会した前日。そして、ターナを励ます女子会が催された日の夜のことだ。まもなく日付が変わろうとしていたが、アライアル号の食堂は蒸し暑い。シーリングファンも、ぬるい空気をかき混ぜているだけである。それが、彼の苛立ちをさらに募らせた。
「闇商人の取引記録のことだ」
ローラの声色はまったく変わらない。
「あんたたちが大立ち回りをしたおかげで、その件はめでたく解決したんじゃないの? カルザスも目を覚ましたんだし、さっさと本業に戻ったらどう?」
「俺もそのつもりだったんだよ。こんだけ騒ぎになりゃ、ヤバい得物の流通は一時的にでも止まるだろうから、しばらく様子を見ようと思ってた。ところがどっこい、あんなもんを見つけたら、引くに引けなくなっちまったじゃねえか」
ジョシュアは、早く本題に入りたそうにしている。ローラは沈黙したまま、話の続きを待った。
「明日、黒十字の中間管理職と話をすることになってな。例の将軍様が支援金を着服していたって話を、教えてやるわけさ。だから今日、お前さんから渡された紙束をもう一度見直してたんだよ」
ジョシュアは額の汗を拭う。
「その終わりのほうに、ダミー会社の取引先が並んでただろ。当たり前だが、バクスターか黒十字が実質的な相手方になるはずだ。ただ、一件だけ妙な記録が混ざってた」
「気づくのが遅いわよ」とローラが低い声で口を挟んだ。「ジョシュアだったら、すぐに見抜いて大騒ぎするだろうと思って、待ってたんだけど」
「知ってて、高みの見物か」
「勘違いしないでよ。それが何を意味しているかまでは、私も把握していないわ」
「しかしだな……」とジョシュアは憮然とする。
「あのね。意味のないただの名義貸しかもしれないのよ。熱くなる気持ちはわかるけど、つまらない思い込みで判断を間違えたら、今度こそ海に沈められても文句は言えないわ」
「わかってるさ。この無線だって、傍受されていないとも限らんから、ふーんわり、柔らかーく喋ってるつもりだ」
「その程度で?」とローラは思わず吹き出す。「これ以上、私と話してもご利益なんかないわよ。あなたの依頼の範囲外だもの」
「そう言うと思ったよ」とジョシュアはいくらか落ち着きを取り戻した。「まあ、情報通のローラさんにとっても、不審だったわけだな。それがわかっただけでも上出来だ」
「釈迦に説法だけどね」と静かに彼女の声が響く。「ただの事実に、色はついていない。それを知った者が、勝手な色をつけるの。ただ、そうやって意味を込めなければ、人は本質に近づくこともできない」
「つまり、最初に間違った色を塗っちまえば、真相には決して近づけない……」
「そういうことよ。いずれにせよ、軽率な動きは控えたほうがいいわ」
ジョシュアは、シーリングファンの回転が少しだけ不規則になっていることに気づき、かすかに顔をしかめる。




