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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第86話 村へ帰って、仕事の話

 朝、目を開けたら、マリの髪が鼻に入っていた。


「……へくしっ」


 くしゃみを我慢した結果、変な声が出た。


 マリがもぞもぞ動く。


 また髪が入る。


「待て。そこは駄目だ」


「……スズキ?」


「ああ。おはよう」


 マリは半分だけ目を開けた。


 俺の顔を見る。


 服を掴む。


 それから、また寝ようとした。


「確認して寝るな」


「いる」


「いるよ」


 その一言で満足したらしい。


 俺は起き上がろうとして、身体を止めた。


 反対側では、白い部屋から連れ帰った少女が、俺のシャツの裾を握っていた。


 両側から固定されている。


「……起床に許可がいるのか、これ」


 焚き火のそばで、サヨが笑った。


「昨夜、二人とも何度か目を覚ましてたからね」


「そうだったのか」


「あんたは寝てたよ。よくまあ、あれだけ動かれて起きないもんだ」


 俺は二人を見る。


 マリも、少女も、今は静かに寝息を立てていた。


 無理に起こす気にはならない。


 ただ、鼻にかかる髪だけは、そっと避けた。


 今日の最初の仕事は、それだった。


***


 朝食は、昨夜の煮込みの残りと、少しのパンだった。


 パンを汁につけると、腹にたまる。


 俺はありがたく食べた。


 マリは最後の一かけを、隣の少女と見比べている。


「半分にするか?」


 聞くと、マリは頷いた。


 割って渡す。


 二人は大きさを確かめてから、それぞれ口へ運んだ。


「そっち、大きかった?」


 少女が聞いた。


 マリが首を横に振る。


「おんなじ」


 俺の分は、見事に小さくなった。


 サヨが見ていた。


「そうやって子どもへ回して、自分が倒れるんじゃないよ」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔に出てる」


 椀へ、煮込みを足された。


 言い返さずに食べた。


 ゴウダが、荷をまとめながら声をかける。


「食い終わったら村へ戻る。足はどうだ」


 俺は膝を曲げた。


 痛い。


 だが、昨日よりはましだ。


「歩ける。走りたくはない」


「走らせる予定はない」


「予定は大事だな」


 スマホが、小さく震えた。


『休息後の移動は可能と考えます。ただし、荷重は抑えてください』


 俺は画面を伏せた。


 遅かった。


 ゴウダが見ていた。


「重い荷は持つなよ」


「俺、まだ何も言ってないぞ」


「顔に出てる」


 この拠点では、顔の信用がない。


***


 仮面の男は、少し離れた場所で椀を返していた。


 昨夜は見張りのいる場所で休んだ。


 逃げようとした様子も、勝手に端末を使った様子もなかったと、ゴウダから聞いた。


 だからといって、すべて解決したわけではない。


「村へ行く」


 俺が言うと、男は頷いた。


「承知しています」


「向こうで、これからのことを相談する。端末のことも、今まで何をしていたかも」


「はい」


 男は首元へ手を当てた。


「索引は保持されています。未選択領域から、緊急の連絡もありません」


「分かった。今日は、それでいい」


 俺は荷紐を締め直す。


「食事はできたか」


 男が少し驚いた顔をした。


「……いただきました」


「なら歩こう。話は、村で座ってからだ」


 遠くで、マリが俺を呼んだ。


 少女と二人で、小さな布の包みを持っている。


 サヨに持たせてもらったらしい。


 中身は、替えの布と軽い食器だった。


「おしごと」


 マリが言った。


 昨日、食べて寝る仕事だと言ったのを、まだ気にしていたのかもしれない。


「頼む。落としたら拾ってくれ」


 二人が、真剣に頷いた。


 俺も、自分の荷を持ち上げる。


 重い袋は、ゴウダが先に持っていった。


 俺に残ったのは、丸めた敷き布だった。


「信用がない」


「膝を治せ」


 ごもっともだった。


***


 森を抜ける道は、昨日より明るかった。


 鳥の声がする。


 枝の間から光が差す。


 マリと少女は、ユラの後ろを歩いていた。


 ときどき立ち止まって、木の実や虫を見ている。


 そのたび、ユラが短く説明する。


 食べられない実。


 触らない方がいい虫。


 雨が降ると滑る場所。


 俺も後ろで聞いていた。


 少女が、丸い木の実を指さす。


「これは?」


「食べない方がいい」


 ユラが答える。


 俺はスマホへ視線を落とした。


『情報が不足しています。現地での知識を優先してください』


「分かってる」


 セナが、横から笑う。


「鈴木も覚えなよ。探索の仕事なら役に立つから」


「全部、似た実に見えるんだよな」


「だから覚えるんだよ」


 言われてみれば、その通りだ。


 俺はメモを開いた。


 形だけではなく、葉と生えている場所も書く。


 セナが覗き込む。


「絵、描かないの?」


「絵は、かえって危険だ」


「そんなに?」


「別の実になる」


 前を歩くユラまで笑った。


 マリが振り返る。


「マリ、かく」


「それは助かる」


 今度、紙を買う物が一つ増えた。


 仕事を始める前から、使い道ばかり増えていく。


 俺はメモの最後に、小さく書いた。


 収入を得る。


 できれば早めに。


***


 村が見えたとき、思った以上にほっとした。


 人の声。


 家から上がる煙。


 干してある布。


 誰かが桶を運んでいる。


 何でもない景色が、妙にありがたかった。


 村へ入る前に、ゴウダが先へ行った。


 仮面の男を、そのまま子どもたちのいる場所へ連れていくわけにはいかない。


 事情を説明し、休ませる場所と見張りについて相談してもらう。


 俺たちは入口の脇で待った。


 マリが、俺の服を引く。


「おうち?」


「今日は、泊まる場所を借りる」


「ずっと?」


「そこも、これから相談だな」


 マリは頷いた。


 少しして、ゴウダが戻ってきた。


「空いている部屋を使える。あの男は別だ。こちらで話を聞く」


 仮面の男が、一歩前へ出る。


 ゴウダは続けた。


「端末は壊さない。勝手に取り外しもしない。ただし、使うときは立ち会う」


「分かりました」


 男が答える。


 俺は口を挟みかけて、やめた。


 ここでの安全を守るのは、村の人たちでもある。


 俺一人で、全部を決めていいわけじゃない。


「索引のことだけは、必要なら俺も説明する」


「頼む」


 男はゴウダと一緒に歩いていった。


 俺は、子どもたちの方へ向き直る。


 サヨが二人の肩に手を置いていた。


「こっちは先に休ませるよ」


「助かる」


「あんたも荷を置いて、水を飲んでから動きな」


「そんなに信用ない?」


「あるよ。放っておいたら動くって信用がね」


 俺は素直に水をもらった。


***


 荷を置き、村での当面の寝床が決まったところで、セナが俺を呼んだ。


「荷運び、ちょうどあるって」


 俺は立ち上がった。


 今度は、ゆっくり。


「街へ行くやつか」


「明日の朝に出る予定。話だけ聞いてみよう」


 案内された先には、荷車があった。


 積んであるのは、縄でまとめた籠と袋。


 車輪のそばで、一人の男が紐を確かめている。


「仕事を探してるってのは、あんたか」


「鈴木です。街までの荷運びと聞いて」


 男は俺を見た。


 顔。


 服。


 足元。


 俺は少し背筋を伸ばした。


「腕っぷしが強いようには見えんな」


 正直な評価だった。


「強くはないです」


「荷を持ったことは?」


「少しは。ただ、重いものをずっと運ぶのは厳しいかもしれません」


 男は俺の膝を見る。


「痛めてるのか」


「少し」


 セナが、横から付け加えた。


「無理して隠すよりはいいでしょ」


「まあな」


 男は荷車の縁を叩いた。


「欲しいのは、荷の番と、積み直しの手伝いだ。獣や魔物が出たら、護衛の言う通りに下がれ。戦えるつもりの素人が、一番困る」


「下がるのは得意です」


 セナが咳をした。


 笑いを隠したらしい。


「数は数えられるか」


「それなら」


「なら、これを数えてみろ。札の記録と合うか確かめてくれ」


 渡された木札には、荷の種類と数が記されていた。


 俺は荷車を見た。


 袋が重なっている。


 籠は横からだと二つに見えて、奥にもう一つある。


 いきなり数え始めかけて、手を止めた。


「積む前の区切りはありますか」


「ある」


「確認したところを、紐か何かで分けてもいいですか。二度数えそうなので」


 男が、少しだけ眉を上げた。


「やってみろ」


 俺は手前から順に数えた。


 確認した束には、目印になる紐を置く。


 種類を分ける。


 札と見比べる。


 スマホはポケットの中だ。


 今は、目の前の荷物を見る方が大事だった。


「袋が一つ、合いません」


「足りない?」


「記録より一つ多いです。ただ、奥のこれは、こっちの種類じゃないかもしれません」


 男が荷を動かした。


 底から、別の印が出る。


「そいつは道中の食料だ。積み場所を間違えたな」


 俺は頷いて、数を確認し直した。


 男が、俺の手元を見る。


「それでいい」


 少し、胸が軽くなった。


 強くなくても。


 剣を振れなくても。


 できることは、あった。


***


 仕事は、その場ですべて決まったわけではなかった。


 明日の朝、歩く速さと荷の扱いをもう一度確かめる。


 報酬、道中の食事、支払いの時期も、先に説明してもらった。


 街へ着いてからの追加の手伝いは、別に相談。


 分からないところは聞いた。


 男は、途中で少し笑った。


「ずいぶん確かめるな」


「あとで聞いてないと言いたくないので」


「そりゃ、こっちも同じだ」


 隣でセナが頷いていた。


 俺は最後に、もう一つ聞く。


「子どもを連れて街へ向かいたいんです。仕事中の面倒まで、そちらへ頼むつもりはありません」


「荷台には、空きがあれば乗せられる。ただし、荷をどかしてまで場所は作れんぞ」


「分かりました。同行する人とも相談します」


 勝手にマリを連れていくとも、村へ置いていくとも決めない。


 明日の出発までに、サヨたちと話す。


 それも含めて、準備だ。


「じゃあ、朝に来い」


 男が言った。


「遅れるなよ」


「はい」


 俺は頭を下げた。


 まだ一枚の硬貨も受け取っていない。


 それなのに、仕事の始まる時間が決まっただけで、何かが少し変わった気がした。


***


 借りた部屋へ戻ると、マリが入口の近くで待っていた。


 隣には、白い部屋から来た少女もいる。


「ただいま」


「スズキ、おしごと?」


「明日の朝、試してもらうことになった」


 マリが俺の手を見る。


 何も持っていない。


 俺は笑った。


「まだ、お金はもらってないぞ」


「うん」


 マリは頷いた。


 それから、小さな拳を胸の前で握る。


「がんばる」


「俺が?」


「スズキ、がんばる」


 これは、逃げられない。


 サヨが奥から顔を出した。


「街へ行く話、聞こうか」


 俺は座って、仕事の条件を説明した。


 子どもたちが行きたいか。


 誰が一緒に動けるか。


 少女が疲れたとき、休めるか。


 今夜のうちに確かめることを、一つずつ話す。


 結論を急がず、でも、明日の朝には間に合うように。


 その途中で、マリが俺の膝へ小さなものを置いた。


 縫い針と、糸。


 サヨから借りたらしい。


「ここ」


 指さしたのは、俺のシャツの裾だった。


 森で引っかけた跡。


 朝、記録と照合したところ。


「なおす」


「マリが?」


 サヨが、すぐに針を受け取った。


「そこは、まだ私の仕事だよ」


 マリは少し残念そうにしたが、糸を持つ役を任された。


 俺はシャツの端を差し出す。


 サヨが針を通す。


 マリが、その手元をじっと見る。


 白い部屋から来た少女も、隣から覗き込む。


 穴は、少しずつ塞がっていった。


 帰ってきた証拠みたいな傷を。


 今度は、明日も着るために直している。


 スマホが一度だけ震えた。


『出発準備の確認項目を表示しますか』


 俺は画面へ短く返した。


「あとで頼む」


 今は、ここを見ていたかった。


 サヨが最後の糸を切る。


「これで、仕事に着ていけるね」


 俺は裾を軽く引っ張り、確かめた。


「ありがとう」


 マリが、満足そうに頷く。


明日の朝は、荷車の前。


 数を確かめ、紐を締め、言われた時間に立つ。


 魔王を倒す予定も、世界を救う予定もない。


 まずは、仕事を一つ。


 俺は繕われたシャツを畳み、手の届くところへ置いた。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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