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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第85話 役目を終えたら、飯にしよう

 森の道を、ゆっくり下る。


 ユラが先頭。


 セナが後ろ。


 俺の隣には、白い部屋から連れ出した少女。


 その少し後ろを、霧の鈴木と仮面の男が歩いていた。


 分割実行者と呼ばれていた影と、案内を指示した男もいる。


 振り返るたび、説明に困る一行だった。


「拠点に着いたら、まず何て言うかな」


『ただいま、だろ』


 霧の鈴木が答えた。


「そのあとの話だ」


『少し増えました』


「サヨに鍋で殴られそうだ」


 少女が俺を見上げる。


「なぐられる?」


「たぶん、大丈夫」


『たぶんな』


「不安にさせるな」


 そのとき、後ろで足音が止まった。


 影が、木に手をついている。


 指先が、幹をすり抜けていた。


 俺はすぐに立ち止まる。


「おい」


『転んだわけではない』


「そういう心配じゃない」


 案内を指示した男の足元も、薄くなっていた。


 落ち葉が、靴の輪郭を透かして見える。


 仮面の男が端末を確認する。


「役割情報の照合が終わりました」


 俺は、道の脇の倒木を指した。


「全員、ちょっと休憩」


 霧の鈴木が、俺の膝を見る。


『今度は本当に休憩か?』


「今回は真面目な方だ」


 俺はスマホを取り出した。


「ここで、残りを整理しよう」


***


 AIの画面には、人物と記録と役割が分けて表示されていた。


 分割実行者。


 帰還案内の指示者。


 二つの欄に、同じ注記がある。


『保存された判断記録を、経路上で再現』


「つまり?」


 俺が聞くと、仮面の男が答えた。


「この二つの姿は、独立した身体を持つ人物ではありません。過去の判断や処理を説明するために、記録が応答していたものです」


「今、俺たちと話してるのは?」


『過去の記録を基に、現在の問いへ応答しています』


 AIが補足する。


『役割を終了しても、元の記録は失われません。ただし、この姿での継続的な活動は終わります』


 俺は影を見る。


 少女を支えた手。


 俺が引っ張り出した、大きな身体。


「助け出したのは、何だったんだ」


『閉鎖される領域に残っていた記録を、外へ退避させた』


 影が答えた。


『少女と同じ形で存在していたが、同じ仕組みではなかった』


「最初から、分かってたのか?」


『いや。私自身も、自分の役目と存在を分けて認識できていなかった』


 影は自分の手を見る。


『今は、分かる』


 俺は黙った。


 知らなかったからといって、あのとき伸ばした手が無駄になるわけじゃない。


 閉じ込めたままにしなかった。


 記録は残った。


 そして、何が起きたかを確かめられた。


「お前たちは、どうしたい」


 案内を指示した男が、先に答えた。


「役目を終える」


 少女が、俺の手を握った。


 男は近づかなかった。


「情報を隠したことも、その理由も、記録に残してくれ。都合のいい説明だけを残すな」


「分かった」


「この子に、返事を求めないことも」


 俺は頷いた。


 少女は何も言わなかった。


 それでよかった。


 影も、静かに言った。


『私の処理も保存してほしい。誰かを一つに戻すためではなく、起きたことを確かめるために』


「了解」


 俺はスマホへ向き直る。


「終了するのは、二つの役割の活動だけだ。記録は保存する。ほかの接続には触らない」


『確認しました』


 青い文字が流れた。


『役割活動の終了』


『関連記録の保存完了』


 影の輪郭が、細い光に変わる。


 案内の男も同じだった。


 最後に、影がこちらを見た。


『引き上げてくれて、ありがとう』


「ああ」


 俺は頷いた。


「今度は、ちゃんと残ったぞ」


 二つの姿が、ほどけた。


 風が落ち葉を動かす。


 その場所には、誰も立っていない。


 スマホの保存記録に、小さな印が二つ増えていた。


***


『俺は?』


 霧の鈴木が聞いた。


 軽く言ったつもりなのだろう。


 でも、俺には分かった。


 こいつも、怖い。


 自分の欄が、どこへ移されるのか。


『霧の鈴木は、二つの役割情報とは異なります』


 AIが答えた。


『現在の経験を継続的に保持しています。単に役割を終了する対象には含まれません』


 霧の鈴木が、肩を落とした。


 力が抜けたらしい。


「よかったな」


『いや、別に』


「今、すごく安心した顔だったぞ」


『お前と同じ顔だ。見間違いだろ』


「俺も安心したから、合ってる」


 霧の鈴木は口を閉じた。


 それから、ぽつりと言った。


『ずっと、この姿で歩く必要はないんだな?』


『接続を維持したまま、姿の表示を休止できます。姿の表示を休止しても、経験情報や本人の反応は保持されます』


「また話せるんだな?」


『はい。ただし、再び姿を表示する場合は、本人と接続先双方の確認が必要です』


「どこへ戻る?」


『未選択領域の入口に、安定した待機場所があります』


 画面に、白い霧が映る。


 今のアオイが立っていた。


「入口のところなら、いい」


 三人目のアオイが横から顔を出す。


『奥へは勝手に来ないで』


『分かったよ』


 霧の鈴木が答えた。


『俺も、少し休む』


「飯は?」


 聞いてから、しまったと思った。


 霧の鈴木は笑った。


『食えるかどうか分からないやつの分まで、鍋を増やすな』


「……また話せるな」


『呼べばな。返事するかは、俺が決める』


「面倒くさいな」


『お互いにな』


 霧の鈴木が、青い線へ手を添える。


 姿が薄くなる。


 消える直前、少女へ小さく手を振った。


『こいつ、放っておくと無茶するから。見といてくれ』


 少女は真剣に頷いた。


「うん」


「子どもに監督を頼むな」


 もう、姿は見えなかった。


 だが、スマホには短い返事が出た。


『適任だ』


***


 アオイたちのことも、そこで決めた。


 四十七件の索引は、仮面の男の端末に残っている。


 九件には、すでに外部の控えがある。


 残る三十八件を、容量の足りないスマホへ押し込むことはしない。


「まず、元の索引を安全に保つ」


 俺が言うと、仮面の男が頷いた。


「白い側からの管理命令は切れています。索引の書き換えを止め、読み取り専用にできます」


「アオイたちと話す道は残るか」


「はい。索引を勝手に変更したり、削除したりできなくする設定です」


 今のアオイとAIが、四十七件へ同時に確認を出した。


 反応そのものを動かさないこと。


 今は、未選択領域に留まれること。


 外へ出る話と、索引の保護は別であること。


 分からないという返事には、もう一度、短く説明する。


 待っている間に、セナが水を回してくれた。


 俺は一口飲んだ。


 やがて、画面に確認結果が表示された。


『索引保護に対する明示的な反対は確認されていません』


『未回答対象については、現在の状態を維持します』


『未選択領域からの退出は、引き続き個別確認』


「よし」


 今のアオイが、こちらを見る。


「鈴木。わたしも、今はここにいる」


「分かった」


「外へ出る方法は、休んでから調べて」


「ああ」


 三人目のアオイが腕を組む。


『その顔で調べられても、ろくなことにならなそう』


「ひどいな」


『疲れてるでしょ』


「……疲れてる」


『じゃあ、帰って寝て』


 俺は素直に頷いた。


 外部の三地点にも、控えの保持を続けられるか確認した。


 危険があれば切る。


 移すときは、先に連絡する。


 新たな受け入れを急がせない。


 それだけを伝え、通信を終えた。


 別都市の二人のミナにも、今すぐ三十八件を預ける必要はなくなったと知らせる。


『なら、こっちも休む』


 別都市のミナが言った。


『保存先の話は、急がなくていいんだね』


「安全を確かめてからでいい」


 彼女の隣のミナが、頷いた。


 二人のどちらかを、本物と決める必要もなかった。


 病室の鈴木からは、短い返事が来た。


『人が来た。少し休む』


 俺は文字を返す。


『こっちも飯にする。勝手に画面を押すなよ』


『お前もな』


 そこで通信が切れた。


 今度は、何かに壊されたのではない。


 話を終えて、それぞれ休むために切った。


 俺はスマホをポケットへしまった。


「行こう」


***


 拠点が見えたとき、最初に届いたのは匂いだった。


 煮える鍋。


 薪の煙。


 腹が、盛大に鳴った。


 少女が俺を見上げる。


「なった」


「腹の警報だ」


「いたい?」


「食えば直る」


 倒木の向こうから、マリが顔を出した。


 俺を見る。


 隣の少女を見る。


 もう一度、俺を見る。


「スズキ」


「ただいま」


 その一言を言った瞬間。


 肩に乗っていたものが、少し落ちた気がした。


 マリが駆けてきた。


 俺は慌ててしゃがむ。


 膝が文句を言う。


 それでも、間に合った。


 小さな身体を受け止める。


「待たせたな」


 マリは俺のシャツを掴んだまま、頷いた。


 何度も。


「無事だったかい」


 サヨが、鍋のそばから声をかける。


「何とか」


「何とかって顔じゃないよ。全員、先に手を洗いな」


 仮面の男が立ち止まる。


「私も、ですか」


 サヨが眉を上げた。


「食べないのかい?」


「……いただきます」


「だったら洗う」


 これ以上ないほど、明快な話だった。


 ただ、ゴウダたちは仮面の男を警戒していた。


 白い側で子どもたちの管理に関わっていた人物だ。


 命令から解放されたからといって、過去にしたことまで消えるわけではない。


 俺はゴウダへ事情を説明した。


「今は白い側の命令から外れている。でも、まだ全部を信用できるわけじゃない」


「分かっている」


 ゴウダは仮面の男を見る。


「今夜は見張りのいる場所で休んでもらう。その先は、村で相談だ」


「それでいい」


 俺が答えると、仮面の男も静かに頷いた。


「従います」


「従うんじゃない」


 俺は言った。


「これからは、自分で考えてくれ」


 男は、少し驚いた顔をした。


 それから、小さく答えた。


「……分かりました」


***


 鍋の中身は、具より汁の多い煮込みだった。


 サヨは少し薄くしたと言った。


 俺には、十分うまかった。


 温かい。


 塩気がある。


 飲み込むと、腹の底まで落ちていく。


「……生き返る」


 サヨが、呆れた顔をする。


「生きて帰ってきたんだから、まず食べな」


 隣では、少女が椀を両手で持っていた。


 湯気を、じっと見ている。


 マリが横から教えた。


「ふー、する」


「ふー?」


 マリが自分の椀へ息を吹く。


 少女も真似をする。


 ひと口飲んで、目を丸くした。


「あったかい」


「うん」


「おいしい」


「うん」


 俺は、椀へ目を落とした。


 地下で交わした、どの説明よりも。


 そのやり取りが、いちばん分かりやすかった。


 連れて帰ってきてよかった。


 それは、もう照合しなくても分かる。


***


 食事のあと、サヨに要点を話した。


 仮面の男は、自分の端末を管理しながら、索引の保全を手伝う。


 今夜はゴウダたちの見張りのもとで休んでもらい、その先の扱いは村で改めて相談する。


 少女も、今すぐ行き先を決めない。


 本人が嫌がらず、安全に休める場所から始める。


 サヨは最後まで聞いてから、頷いた。


「今夜の寝床は作れるよ」


「助かる」


「ただし、食料は増えない」


「分かってる」


 セナが小枝で地面に道を描いた。


「明日は村へ戻ろう。街へ向かう荷運びがあるか聞ける」


「登録も、そこで相談できるんだな」


「うん。冒険者の窓口で、探索の仕事についても聞けるよ」


 俺は頷いた。


 いきなり剣を持って、魔物を倒す気はない。


 運ぶ。


 探す。


 覚える。


 俺にもできる仕事から始めればいい。


 マリが、俺の隣へ座る。


「スズキ、おしごと?」


「ああ。飯を食うには、働かないとな」


「マリも」


「まずは、ちゃんと食って寝る仕事だ」


 マリは少し不満そうだった。


 膝を抱えた拍子に、茶色いセーターの裾が引っかかる。


 端のほつれが、前より広がっていた。


 俺はそこを見た。


 マリが、さっと手で押さえる。


「まだ、きれる」


「分かってる」


 俺は、その手から目を逸らさずに言った。


「でも、ずっと同じじゃなくていい」


 マリが首を傾げた。


「最初の仕事代が入ったら、服を見に行こう」


「マリの?」


「ああ。お前の」


 マリは自分の服を見た。


 それから、俺の擦れたチェック柄シャツを見る。


「スズキのも?」


「俺のは、そのあとでいい」


 サヨが、鍋を片づけながら口を挟む。


「街で仕事を探すなら、あんたも少しは身なりを整えな」


「……はい」


 マリが笑った。


 俺も、つられて笑う。


 スマホを開き、短いメモを残した。


 村へ戻る。


 街へ行く仕事を探す。


 登録する。


 初めての収入で、マリの服を買う。


 並んだ文字を見て、俺は端末を閉じた。


 誰かの帰り道として与えられた目的地じゃない。


 明日から、自分で歩くための予定だった。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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