第82話 帰還先を、決めるのは
『第一接続者への帰還案内を継続します』
スマホに残った一行を、俺は見つめていた。
第一接続者は、隣にいる。
白い部屋から助け出した少女。
俺の手を握っている子。
その子のところへ帰るために、俺はここまで来たのか。
だったら。
「AI。帰還案内は、もう終わったのか?」
東の山の地下に、水滴の音が響いた。
ぽつん。
画面に文字が出る。
『完了していません』
「何でだよ」
俺は少女を見る。
少女も、自分の胸元を見る。
『第一接続者』
青い文字は、まだ浮かんでいる。
「本人、目の前だぞ」
『対象との再接触は確認しています』
「だったら、完了だろ」
『帰還先の確定処理が残っています』
霧の鈴木が、俺の肩越しに画面を覗いた。
『会うだけじゃ駄目なのか』
『再接触と帰還完了は、別の条件です』
「また別かよ」
俺は天井を見上げた。
石。
ひび。
どこへ行っても、説明の足りない仕組み。
「せめて最初に言え」
『帰還先の設定情報には、閲覧制限がありました』
「誰の指示だ」
『識別上は、鈴木です』
「どの鈴木だ」
『照合できません』
俺たちは黙った。
霧の鈴木。
壁にもたれた影。
画面の向こうの、病室の鈴木。
そして、俺。
少女まで鈴木と識別されている。
名前だけでは、責任の所在さえ分からない。
「便利な名前だな、鈴木」
『全国の鈴木に謝れ』
霧の鈴木が言った。
「俺も含まれてるだろ」
『代表して謝れ』
「代表は選ばない主義だ」
少女が、小さく笑った。
俺はその顔を見てから、スマホへ向き直った。
「帰還先を確定したら、何が起きる」
『設定情報を確認します』
仮面の男が、首元の端末へ指を当てた。
「こちらでも照会できます。ただし、保存されている条件を読むだけです」
「転送はしないな」
「はい」
俺は少女へ聞いた。
「お前に関係する情報だ。見てもいいか?」
「わたしも、見る」
「ああ。一緒に見よう」
病室の鈴木が、枕へ身体を預けたままスマホを持ち直す。
「こっちも見る」
その隣に、マリと同じ顔の少女が立っていた。
小さな台には、まだ『保留』の表示が残っている。
二台の端末に、同じ一覧が出た。
『帰還完了条件』
『一:第一接続者との再接触』
『二:帰還先の確定』
『三:案内用接続の終了』
「三つ目」
俺は指を止めた。
「案内用接続の終了って、何を切る」
青い線が、画面いっぱいに広がった。
東の山の地下。
未選択領域。
別都市。
拠点。
北の森。
日本側。
線は、それぞれへ伸びている。
そのうち数本が、白く表示された。
『終了対象候補を表示』
霧の鈴木の胸元が、一度だけ光った。
俺の手が止まる。
「候補って、お前もか」
『勝手に案内役にするなよ』
霧の鈴木は笑おうとした。
だが、うまく笑えていなかった。
仮面の男が、表示を拡大する。
「対象そのものの消去とは書かれていません。終了するのは接続です」
「切ったあと、どうなる」
「……この情報にはありません」
少女が俺の手を強く握った。
「わたしに会ったから、みんな切れるの?」
「まだ切らない」
俺はすぐに答えた。
「今は読んでるだけだ」
それから、AIへ聞く。
「帰還完了を保留できるか」
『可能です』
「なら保留」
『承知しました』
白く光っていた線が、元の青へ戻った。
霧の鈴木が、胸元を押さえる。
『心臓に悪いな』
「心臓あるのか」
『あるつもりで言ってる』
「俺も今、二回くらい止まった」
少女の指が、ようやく少し緩んだ。
「帰還先は、どこになってる」
俺が聞くと、画面に新しい欄が開いた。
『帰還先:未確定』
「日本じゃないのか」
『日本側に相当する接続先は複数あり、帰還先として確定していません』
病室の鈴木が、眉を寄せた。
「ここも、その候補の一つか」
『可能性があります。ただし、森林領域への配置前にいた場所との照合は未完了です』
俺は病室の背景を見る。
ベッド。
白い壁。
機械。
日本に見える。
でも、それだけで俺が暮らしていた日本とは言えない。
「じゃあ、少女のいる場所って何だ」
『第一接続者との再接触を優先する案内条件です。最終的な帰還先とは別項目です』
俺は口を開けたまま止まった。
霧の鈴木も、画面を読む。
『つまり、ここまでの道案内の目的地が、この子』
「そのあと、どこへ帰るかは決まってない?」
『現時点の記録では、そのように確認できます』
俺は、深く息を吐いた。
「先にそれを言え!」
『先ほど、設定情報を取得しました』
「……そうだったな」
『怒鳴り損だ』
霧の鈴木が言う。
「怒鳴ってから分かることもある」
『ない方がいいだろ』
俺は少女へ向き直った。
「お前のところに来たからって、日本へ帰るのを諦めろって話じゃなかった」
少女は、すぐには答えなかった。
自分の手と、俺の手を見比べる。
「じゃあ、スズキは帰る?」
その問いに、俺は少し黙った。
帰りたい。
そう思っていた。
今も、日本に何が残っているのか確かめたい。
でも、目の前にはこの子がいる。
未選択領域にはアオイたち。
拠点には、サヨとマリ。
いきなり一つだけ答えれば、また何かを置き去りにする。
「帰る道は、探す」
俺は言った。
「でも、見つけた瞬間に全部切って飛び込むわけじゃない」
「わたしは?」
「お前は、どこにいたい?」
少女が目を上げた。
「聞いてくれるの?」
「ああ」
「……今は、ここ」
俺の袖を掴む。
「でも、石のところ、ずっとは嫌」
俺は地下を見回した。
硬い床。
湿った壁。
水滴。
「俺もだ」
『全員、ここに住むつもりだったら止めるぞ』
霧の鈴木が言った。
少女が笑った。
今度は、はっきりと。
「まず、地下を出よう」
俺は立ち上がった。
ゆっくり。
膝をいたわりながら。
「拠点へ戻る。その前に、接続をどこまで維持できるか確かめる」
仮面の男が頷いた。
「端末を持って移動するだけなら、索引は保持できます。ただし、経路の安定性は場所によって変わります」
「アオイたちは?」
『未選択領域への通信を接続します』
スマホに、白い霧が映った。
今のアオイが、すぐにこちらを見る。
「鈴木。話、終わった?」
「全部は終わってない。でも、休める場所へ移る」
「やっと」
「お前まで言うのか」
三人目のアオイが、画面の端へ出てきた。
『いつまで石の下で喋るのかと思ってた』
「色々あったんだよ」
『見えてた』
「じゃあ分かれよ」
今のアオイが、隣の少女へ目を向ける。
「あなたも、行くの?」
少女が俺を見る。
俺は口を出さなかった。
少し待って。
少女が答える。
「行きたい」
「うん」
アオイが頷いた。
「こっちも、外へ出る方法を調べて。でも、まだ勝手につながないで」
「分かってる」
今は会わないと答えた子。
判断できない子。
返事をしなかった子。
その全員を、俺の移動に巻き込んではいけない。
俺はAIへ言った。
「帰還完了とは別に、通信を残して移動する方法を調べてくれ」
『確認します』
「それと、接続を切るとどうなるかも。一つずつ」
『了解しました』
病室の鈴木が、画面の向こうで小さく頷いた。
「こっちは、保留を維持する」
「無理するなよ」
「お前もな」
その隣で、マリと同じ顔の少女が、小さく手を振った。
俺の隣の少女も、控えめに手を上げる。
二人が誰なのか。
まだ分からない。
でも、今は互いに手を振れた。
それで、十分だった。
仮面の男が、地下の出口へ視線を向けた。
俺たちが来た道。
石柱の間を抜ける通路。
その先に、ユラとセナが待っているはずだ。
「行くか」
俺が一歩踏み出したとき。
スマホが震えた。
『鈴木』
「何だ」
『出発前に、確認が必要です』
「またか」
俺は止まった。
少女も止まる。
霧の鈴木が、通路の方を見た。
青い線が一本、出口へ向かって伸びている。
地面すれすれ。
壁に沿って。
俺たちの通信経路とは、違う細い線。
「何の線だ」
『初回応答に関連する記録を追跡した結果です』
AIの文字が出る。
『救助要請の送信元と、帰還案内の指示者は、同一とは確認できません』
俺は画面を読み直した。
「助けてって言ったやつと、案内しろって言ったやつが、違うかもしれない?」
『はい』
壁際の影が、顔を上げた。
病室の鈴木も、こちらを見る。
少女の手が、俺の袖を掴んだ。
「声、似てた」
「そうだな」
俺はしゃがみかけて、やめた。
また膝を痛める。
代わりに、少し身体を屈める。
「お前が間違えたって話じゃない。俺も同じ声に聞こえた」
少女が頷く。
青い線が、通路の奥で明るくなった。
『帰還案内の指示者に関連する識別情報を検出』
「どこで?」
『地下出口付近です』
俺は、暗い通路を見る。
足音がした。
ひとつ。
ふたつ。
誰かが、こちらへ来る。
「ユラ?」
返事はない。
「セナ?」
足音が止まった。
影が、壁から身体を離す。
仮面の男が端末を押さえた。
霧の鈴木は、少女と通路の間へ立った。
暗がりから、声がした。
「切らなかったんだな」
俺に似た声だった。
でも。
今度は、声だけで鈴木とは決めない。
「誰だ」
青い線が、通路の奥の足元で途切れた。
その人物が、一歩だけ明るい場所へ出る。
白い服ではない。
仮面もない。
俺の手の中で、スマホが光った。
『指示者識別:鈴木』
その下へ、もう一行。
『照合対象:端末外』
男は、俺のスマホを見た。
それから、少女へ視線を移す。
「助けてと言ったのは、俺じゃない」
少女が、息をのんだ。
男は続けた。
「でも、お前に帰り道を教えろと言ったのは――」
俺を、まっすぐ見た。
「俺だ」
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




