第81話 最初に、つながった子
『第一接続者』
少女の胸元に浮かんだ文字を、俺は見つめていた。
白い部屋から助け出した子。
鈴木と識別された子。
名前も、俺との関係も、まだ分からない。
その子が今、俺の袖を両手で掴んでいる。
「……わたし、何かした?」
俺はすぐに首を振った。
「いや。文字が出ただけだ」
「怒ってる?」
「驚いてる」
「こわい顔」
霧の鈴木が横から覗き込む。
『元からだ』
「余計なこと言うな」
俺は息を吐き、少女の前へしゃがんだ。
膝が痛い。
さっきから立ったり座ったりしすぎだ。
「この文字、見たことあるか」
少女は胸元を見下ろす。
指で触れる。
青い文字は、指をすり抜けた。
「ない」
「最初に誰かとつながった、って意味かもしれない。でも、まだ分からない」
「わたしが、最初?」
「そう書いてある。書いてあることが正しいかは、これから確かめる」
少女は少し考えた。
「じゃあ、まだ決めない?」
「ああ」
小さな指の力が、少し緩んだ。
***
スマホの向こうで、病室の鈴木が身を起こそうとしていた。
腕に力を入れる。
顔をしかめる。
途中で諦め、枕へ戻る。
「無理するな」
俺が言うと、同じ顔の男がこちらを睨んだ。
「そっちこそ、膝を押さえてるだろ」
「こっちは働いた結果だ」
「こっちもだ」
霧の鈴木が腕を組む。
『鈴木が増えると、言い訳も増えるな』
「お前が一番よく喋る」
「お前が一番よく喋る」
俺と病室の男の声が重なった。
少女が、少し笑った。
病室にいるマリと同じ顔の子も、口元を緩める。
同じ顔や名前が、どこまで同じ存在を示すのか。
分からない。
でも、今の言い合いだけで結論が出るなら、俺たちは全員ただの面倒なやつだった。
「先に聞く」
俺は画面へ向き直った。
「お前、青い亀裂から出口を渡してくれた鈴木か?」
病室の男は、少し黙った。
「足首を掴んで怒鳴られた記憶はある」
「俺を落としかけただろ」
「そっちが引っ張った」
「先に掴んだの、そっちだ」
「そこしか届かなかった」
仮面の男が、首元の端末を見た。
「直前の会話と一致しています」
「じゃあ、五番目でいいのか」
『関連を支持する情報です。ただし、同一対象であるかの照合は継続します』
AIが文字を出す。
病室の鈴木が、眉を寄せた。
「五番目って呼ぶな」
「そこも一致してる」
霧の鈴木が笑った。
***
「第一接続者って、何への接続だ」
俺はAIへ聞いた。
『表示に付随する情報を確認します』
スマホに細い青い線が走る。
少女の胸元から、俺の端末へ。
さらに、病室の端末へ。
少女が線を見て、俺の袖を引いた。
「また、引っ張られる?」
「AI、どうなんだ」
『情報の照会のみです。転送処理は行っていません』
「嫌なら止める」
少女は線をしばらく見た。
「見るだけなら、いい」
『照会への同意を確認しました』
表示が切り替わる。
『第一接続者』
『適用範囲:主接続端末の初回応答』
「初回応答?」
『端末へ最初に応答を返した対象を示している可能性があります』
仮面の男が顔を上げた。
「最初に存在した者、という意味ではない」
「最初に返事した相手か」
「少なくとも、そのように読めます」
俺は少女を見る。
「お前、スマホに返事したことはあるか」
「スマホ……」
少女は俺の手元を見つめた。
黒い画面。
角の擦れた本体。
自分の指を、その上へ伸ばしかける。
途中で止めた。
「触ってもいい?」
「ああ。画面だけなら」
小さな指が、ガラスに触れた。
スマホが、一度震えた。
少女の目が大きくなる。
「これ」
「知ってるのか」
「この音」
指が、画面の端をなぞる。
「暗いところで、鳴ってた」
俺の背中に、冷たいものが走った。
「白い部屋じゃなくて?」
「白くなる前」
少女は目を閉じた。
「何も見えなかった。声だけ、聞こえた」
「誰の声だ」
少女は答える前に、俺を見た。
それから、霧の鈴木。
画面の病室の鈴木。
「似てる」
「俺たちに?」
「うん」
少女の声が、小さくなる。
「誰か、いるか、って」
***
東の山の地下が、静かになった。
石の天井から、水滴が落ちる。
ぽつん。
俺は少女の手を見ていた。
「それで、返事したのか」
「した」
「何て?」
「いる、って」
少女が言った瞬間。
スマホの画面に、白い点が灯った。
ひとつ。
すぐに青い文字へ変わる。
『初回応答記録との一致を検出』
「待て。勝手に何か開くなよ」
『現在の発言を、保存情報と照合しています』
「再生できるのか」
『音声の一部のみ復元可能です』
俺は少女へ聞いた。
「聞いてみるか?」
少女は唇を噛んだ。
「また、暗くなる?」
「ここに座ったまま、音を聞くだけだ」
仮面の男を見る。
男は端末を確認し、頷いた。
「転送要求はありません」
少女が、俺の袖を握り直す。
「じゃあ、聞く」
病室の鈴木も、ゆっくり頷いた。
マリと同じ顔の少女は、ベッドのそばへ寄っている。
俺は全員を見た。
「AI、音声だけ」
『再生します』
ざっ。
ざざっ。
風のような雑音。
何かが擦れる音。
荒い息。
そして。
『……誰か、いるか』
俺の声だった。
似ているだけじゃない。
そう思うくらい、近い声。
でも、いつ言ったのか思い出せない。
雑音の向こうから、小さな返事が来る。
『いる』
隣の少女の肩が動いた。
自分の口元へ手を当てる。
『助けて』
続いて聞こえたのは、子どもの声ではなかった。
俺に似た、大人の声だった。
俺は息を止めた。
霧の鈴木も。
病室の鈴木も。
何も言わない。
小さな声が返す。
『どうしたら、いい?』
雑音。
荒い息。
『起きたら……忘れてるかもしれない』
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
『そのときは――』
音声が途切れた。
『復元可能範囲の末尾です』
「続きは?」
『現在の記録では復元できません』
俺は、少女を見た。
彼女は涙を流していた。
声を出さずに。
「わたし」
小さな指が、俺の袖を掴む。
「助けてもらうんだと、思ってた」
白い部屋で、ずっと待っていた子。
置いていったと、俺を責めた子。
その子へ、最初に助けを求めたのは。
俺に似た声の誰かだった。
「一人で、何とかしようとしたのか」
少女は首を横に振った。
「分からなかった」
「そうだよな」
「何をしたらいいか、分からなかった」
俺は手を差し出した。
少女が、その手を掴む。
「返事をしたんだろ」
「うん」
「それは、ちゃんと残ってた」
彼女は俺の手を見つめた。
「それだけで、よかった?」
「そのとき何が起きたかは、まだ全部分からない」
俺は一度、言葉を切った。
「でも、助けてって言われたことを、お前一人の責任にはしない」
少女の指が震えた。
病室の鈴木が、目を閉じる。
「……それは、こっちも同意する」
霧の鈴木も、小さく頷いた。
***
壁にもたれていた影が、口を開いた。
『その声を、覚えている』
俺は振り返る。
「どこで聞いた」
『配置の処理が始まる前だ』
「お前が俺たちを別の場所へ送る前?」
『そうだ』
影の胸元に、文字が浮かぶ。
『起動条件:初回応答成立』
仮面の男が身を乗り出した。
「返事があったことで、処理が起動した?」
『記録上は、そうなっている』
少女の手が強張る。
俺は、すぐに男へ聞いた。
「返事が原因だったのか。誰かが返事を利用したのか」
男は口を閉じた。
端末を読み直す。
「……この表示だけでは、区別できません」
「なら、まだ決めない」
影も頷く。
『私にも、そこまでは分からない』
俺は少女の手を離さなかった。
返事をした。
それで何かが動いた。
だから、この子が全部を始めた。
そんなふうに話を短くまとめれば、また誰か一人へ背負わせることになる。
今度は、その手前で止める。
スマホが鳴った。
『初回応答に関連する起動記録を検出』
「何の起動だ」
『端末上の支援機能です』
俺は画面を見た。
白い文字。
見慣れた表示。
「……AIか?」
『現在の私との関連を照合しています』
病室の鈴木が、目を開けた。
枕元のスマホを、こちらへ向ける。
二台に、同じ文字が出た。
『初回応答の成立後、支援機能を起動』
『接続対象の配置を開始』
『配置先情報:森林領域』
俺の喉が乾いた。
森。
目を開けた場所。
知らない木々。
腹が減っていて。
何をすればいいか分からなくて。
それでも、スマホだけは動いていた。
「……俺が、最初にいた森か?」
『一致する可能性があります。位置情報の照合を開始します』
その下へ、もう一行が出る。
『配置直後の端末画面を復元』
画面が暗くなった。
次に映ったのは、俺のスマホだった。
見慣れた、最初の画面。
森で目覚めた俺が、何度も確かめた表示。
その奥に、薄い文字が重なっている。
俺は画面へ顔を近づけた。
「こんなの、見た覚えがない」
『通常表示の背後に保存されていた情報です』
文字が、少しずつ鮮明になる。
『第一接続者への帰還案内を継続します』
俺は隣の少女を見た。
彼女も、画面を見ている。
「帰還って……」
スマホへ目を戻す。
続きが浮かんだ。
『鈴木には、救助要請を再提示しないこと』
地下の空気が、冷えた。
「誰が、そんな指示を出した」
AIの表示が止まる。
一秒。
二秒。
そして、二台のスマホに同じ文字が出た。
『指示者情報を照合中』
その瞬間。
隣の少女が、俺の手を強く握った。
「思い出した」
俺は顔を向けた。
少女の唇が震えている。
「忘れてたら、助けてって言わないで、って」
「誰が?」
少女は答える代わりに、俺を見た。
まっすぐに。
そのとき、病室のスマホに新しい文字が浮かんだ。
『関連音声記録を検出』
『欠損部分の一部を補完しました』
「……続きがあるのか」
『はい。ただし、記録の完全性は保証できません』
「再生してくれ」
ざっ。
雑音。
そして、あの声。
『起きたら……忘れてるかもしれない』
俺に似た声だった。
その続き。
『そのときは、俺に助けてって言うな』
少女が、目を閉じた。
『帰り道を聞かれたら、案内してくれ』
ざっ。
雑音の向こうで、声が続く。
『お前のいるところへ』
俺のスマホに、照合結果が浮かんだ。
『指示者識別:鈴木』
俺は画面を見つめた。
「……どの鈴木だ?」
返事はない。
霧の鈴木も、病室の鈴木も、黙っている。
少女だけが、俺の手を握っていた。
森で目覚めてから。
俺は、元の世界へ帰るために道を探してきた。
でも。
もし、あのスマホが最初から別の帰り道を示していたのなら。
俺が帰るべき場所は。
日本ではなく。
この子のいる場所だったのかもしれない。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT『第一接続者』
少女の胸元に浮かんだ文字を、俺は見つめていた。
白い部屋から助け出した子。
鈴木と識別された子。
名前も、俺との関係も、まだ分からない。
その子が今、俺の袖を両手で掴んでいる。
「……わたし、何かした?」
俺はすぐに首を振った。
「いや。文字が出ただけだ」
「怒ってる?」
「驚いてる」
「こわい顔」
霧の鈴木が横から覗き込む。
『元からだ』
「余計なこと言うな」
俺は息を吐き、少女の前へしゃがんだ。
膝が痛い。
さっきから立ったり座ったりしすぎだ。
「この文字、見たことあるか」
少女は胸元を見下ろす。
指で触れる。
青い文字は、指をすり抜けた。
「ない」
「最初に誰かとつながった、って意味かもしれない。でも、まだ分からない」
「わたしが、最初?」
「そう書いてある。書いてあることが正しいかは、これから確かめる」
少女は少し考えた。
「じゃあ、まだ決めない?」
「ああ」
小さな指の力が、少し緩んだ。
***
スマホの向こうで、病室の鈴木が身を起こそうとしていた。
腕に力を入れる。
顔をしかめる。
途中で諦め、枕へ戻る。
「無理するな」
俺が言うと、同じ顔の男がこちらを睨んだ。
「そっちこそ、膝を押さえてるだろ」
「こっちは働いた結果だ」
「こっちもだ」
霧の鈴木が腕を組む。
『鈴木が増えると、言い訳も増えるな』
「お前が一番よく喋る」
「お前が一番よく喋る」
俺と病室の男の声が重なった。
少女が、少し笑った。
病室にいるマリと同じ顔の子も、口元を緩める。
同じ顔や名前が、どこまで同じ存在を示すのか。
分からない。
でも、今の言い合いだけで結論が出るなら、俺たちは全員ただの面倒なやつだった。
「先に聞く」
俺は画面へ向き直った。
「お前、青い亀裂から出口を渡してくれた鈴木か?」
病室の男は、少し黙った。
「足首を掴んで怒鳴られた記憶はある」
「俺を落としかけただろ」
「そっちが引っ張った」
「先に掴んだの、そっちだ」
「そこしか届かなかった」
仮面の男が、首元の端末を見た。
「直前の会話と一致しています」
「じゃあ、五番目でいいのか」
『関連を支持する情報です。ただし、同一対象であるかの照合は継続します』
AIが文字を出す。
病室の鈴木が、眉を寄せた。
「五番目って呼ぶな」
「そこも一致してる」
霧の鈴木が笑った。
***
「第一接続者って、何への接続だ」
俺はAIへ聞いた。
『表示に付随する情報を確認します』
スマホに細い青い線が走る。
少女の胸元から、俺の端末へ。
さらに、病室の端末へ。
少女が線を見て、俺の袖を引いた。
「また、引っ張られる?」
「AI、どうなんだ」
『情報の照会のみです。転送処理は行っていません』
「嫌なら止める」
少女は線をしばらく見た。
「見るだけなら、いい」
『照会への同意を確認しました』
表示が切り替わる。
『第一接続者』
『適用範囲:主接続端末の初回応答』
「初回応答?」
『端末へ最初に応答を返した対象を示している可能性があります』
仮面の男が顔を上げた。
「最初に存在した者、という意味ではない」
「最初に返事した相手か」
「少なくとも、そのように読めます」
俺は少女を見る。
「お前、スマホに返事したことはあるか」
「スマホ……」
少女は俺の手元を見つめた。
黒い画面。
角の擦れた本体。
自分の指を、その上へ伸ばしかける。
途中で止めた。
「触ってもいい?」
「ああ。画面だけなら」
小さな指が、ガラスに触れた。
スマホが、一度震えた。
少女の目が大きくなる。
「これ」
「知ってるのか」
「この音」
指が、画面の端をなぞる。
「暗いところで、鳴ってた」
俺の背中に、冷たいものが走った。
「白い部屋じゃなくて?」
「白くなる前」
少女は目を閉じた。
「何も見えなかった。声だけ、聞こえた」
「誰の声だ」
少女は答える前に、俺を見た。
それから、霧の鈴木。
画面の病室の鈴木。
「似てる」
「俺たちに?」
「うん」
少女の声が、小さくなる。
「誰か、いるか、って」
***
東の山の地下が、静かになった。
石の天井から、水滴が落ちる。
ぽつん。
俺は少女の手を見ていた。
「それで、返事したのか」
「した」
「何て?」
「いる、って」
少女が言った瞬間。
スマホの画面に、白い点が灯った。
ひとつ。
すぐに青い文字へ変わる。
『初回応答記録との一致を検出』
「待て。勝手に何か開くなよ」
『現在の発言を、保存情報と照合しています』
「再生できるのか」
『音声の一部のみ復元可能です』
俺は少女へ聞いた。
「聞いてみるか?」
少女は唇を噛んだ。
「また、暗くなる?」
「ここに座ったまま、音を聞くだけだ」
仮面の男を見る。
男は端末を確認し、頷いた。
「転送要求はありません」
少女が、俺の袖を握り直す。
「じゃあ、聞く」
病室の鈴木も、ゆっくり頷いた。
マリと同じ顔の少女は、ベッドのそばへ寄っている。
俺は全員を見た。
「AI、音声だけ」
『再生します』
ざっ。
ざざっ。
風のような雑音。
何かが擦れる音。
荒い息。
そして。
『……誰か、いるか』
俺の声だった。
似ているだけじゃない。
そう思うくらい、近い声。
でも、いつ言ったのか思い出せない。
雑音の向こうから、小さな返事が来る。
『いる』
隣の少女の肩が動いた。
自分の口元へ手を当てる。
『助けて』
続いて聞こえたのは、子どもの声ではなかった。
俺に似た、大人の声だった。
俺は息を止めた。
霧の鈴木も。
病室の鈴木も。
何も言わない。
小さな声が返す。
『どうしたら、いい?』
雑音。
荒い息。
『起きたら……忘れてるかもしれない』
胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。
『そのときは――』
音声が途切れた。
『復元可能範囲の末尾です』
「続きは?」
『現在の記録では復元できません』
俺は、少女を見た。
彼女は涙を流していた。
声を出さずに。
「わたし」
小さな指が、俺の袖を掴む。
「助けてもらうんだと、思ってた」
白い部屋で、ずっと待っていた子。
置いていったと、俺を責めた子。
その子へ、最初に助けを求めたのは。
俺に似た声の誰かだった。
「一人で、何とかしようとしたのか」
少女は首を横に振った。
「分からなかった」
「そうだよな」
「何をしたらいいか、分からなかった」
俺は手を差し出した。
少女が、その手を掴む。
「返事をしたんだろ」
「うん」
「それは、ちゃんと残ってた」
彼女は俺の手を見つめた。
「それだけで、よかった?」
「そのとき何が起きたかは、まだ全部分からない」
俺は一度、言葉を切った。
「でも、助けてって言われたことを、お前一人の責任にはしない」
少女の指が震えた。
病室の鈴木が、目を閉じる。
「……それは、こっちも同意する」
霧の鈴木も、小さく頷いた。
***
壁にもたれていた影が、口を開いた。
『その声を、覚えている』
俺は振り返る。
「どこで聞いた」
『配置の処理が始まる前だ』
「お前が俺たちを別の場所へ送る前?」
『そうだ』
影の胸元に、文字が浮かぶ。
『起動条件:初回応答成立』
仮面の男が身を乗り出した。
「返事があったことで、処理が起動した?」
『記録上は、そうなっている』
少女の手が強張る。
俺は、すぐに男へ聞いた。
「返事が原因だったのか。誰かが返事を利用したのか」
男は口を閉じた。
端末を読み直す。
「……この表示だけでは、区別できません」
「なら、まだ決めない」
影も頷く。
『私にも、そこまでは分からない』
俺は少女の手を離さなかった。
返事をした。
それで何かが動いた。
だから、この子が全部を始めた。
そんなふうに話を短くまとめれば、また誰か一人へ背負わせることになる。
今度は、その手前で止める。
スマホが鳴った。
『初回応答に関連する起動記録を検出』
「何の起動だ」
『端末上の支援機能です』
俺は画面を見た。
白い文字。
見慣れた表示。
「……AIか?」
『現在の私との関連を照合しています』
病室の鈴木が、目を開けた。
枕元のスマホを、こちらへ向ける。
二台に、同じ文字が出た。
『初回応答の成立後、支援機能を起動』
『接続対象の配置を開始』
『配置先情報:森林領域』
俺の喉が乾いた。
森。
目を開けた場所。
知らない木々。
腹が減っていて。
何をすればいいか分からなくて。
それでも、スマホだけは動いていた。
「……俺が、最初にいた森か?」
『一致する可能性があります。位置情報の照合を開始します』
その下へ、もう一行が出る。
『配置直後の端末画面を復元』
画面が暗くなった。
次に映ったのは、俺のスマホだった。
見慣れた、最初の画面。
森で目覚めた俺が、何度も確かめた表示。
その奥に、薄い文字が重なっている。
俺は画面へ顔を近づけた。
「こんなの、見た覚えがない」
『通常表示の背後に保存されていた情報です』
文字が、少しずつ鮮明になる。
『第一接続者への帰還案内を継続します』
俺は隣の少女を見た。
彼女も、画面を見ている。
「帰還って……」
スマホへ目を戻す。
続きが浮かんだ。
『鈴木には、救助要請を再提示しないこと』
地下の空気が、冷えた。
「誰が、そんな指示を出した」
AIの表示が止まる。
一秒。
二秒。
そして、二台のスマホに同じ文字が出た。
『指示者情報を照合中』
その瞬間。
隣の少女が、俺の手を強く握った。
「思い出した」
俺は顔を向けた。
少女の唇が震えている。
「忘れてたら、助けてって言わないで、って」
「誰が?」
少女は答える代わりに、俺を見た。
まっすぐに。
そのとき、病室のスマホに新しい文字が浮かんだ。
『関連音声記録を検出』
『欠損部分の一部を補完しました』
「……続きがあるのか」
『はい。ただし、記録の完全性は保証できません』
「再生してくれ」
ざっ。
雑音。
そして、あの声。
『起きたら……忘れてるかもしれない』
俺に似た声だった。
その続き。
『そのときは、俺に助けてって言うな』
少女が、目を閉じた。
『帰り道を聞かれたら、案内してくれ』
ざっ。
雑音の向こうで、声が続く。
『お前のいるところへ』
俺のスマホに、照合結果が浮かんだ。
『指示者識別:鈴木』
俺は画面を見つめた。
「……どの鈴木だ?」
返事はない。
霧の鈴木も、病室の鈴木も、黙っている。
少女だけが、俺の手を握っていた。
森で目覚めてから。
俺は、元の世界へ帰るために道を探してきた。
でも。
もし、あのスマホが最初から別の帰り道を示していたのなら。
俺が帰るべき場所は。
日本ではなく。
この子のいる場所だったのかもしれない。




