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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第78話 五番目は、選ばない

 青い亀裂から伸びた手が、俺の足首を掴んだ。


「うおっ!」


 引っ張られる。


 踏ん張る。


 踏ん張った場所が、さらに割れる。


「床まで敵かよ!」


『文句はあとだ!』


 霧の鈴木が、俺の腕を掴んだ。


 反対側から、仮面の男が肩を支える。


 三人まとめて、ずるっと滑った。


「お前、離せ!」


 俺が足元へ怒鳴ると、亀裂の中から声が返った。


『引っ張るな。こっちも落ちる』


「先に掴んだの、そっちだろ!」


『そこしか届かなかった!』


 妙に切実な声だった。


 俺は亀裂の縁へ膝をつく。


 青い光の奥に、腕が見えた。


 袖口。


 擦り切れた布。


 その先にあるはずの顔は、見えない。


「上がってくるのか?」


『今は無理だ』


「じゃあ、何をしに来た!」


『出口を持ってきた』


 手が、俺の足首を離した。


 代わりに。


 細い青い線を差し出す。


 俺の手の中のガラケーが震えた。


『5:鈴――』


 文字は、途中で止まったままだ。


「お前、五番目か」


『そう表示されてるならな』


「名前は?」


『あとにしろ。そっちの部屋、もう床がないぞ』


 俺はガラケーを見る。


 白い部屋の半分が、すでに黒い霧へ沈んでいる。


 少女は、残った椅子の脚にしがみついていた。


 その後ろで。


 影が片腕を伸ばしている。


 二人とも、まだいる。


 まだ間に合う。


---


「男! この線は何だ!」


 仮面の男が、首元の端末へ指を当てる。


『外部経路を検出』


『対象収容数:一件』


「一件?」


 俺の声が低くなる。


「また一人だけかよ」


『違う』


 亀裂の中の声が答えた。


『運べるのが一人ずつなんだ。一人しか助けられないとは言ってない』


 仮面の男が、はっと顔を上げる。


 端末に新しい表示が流れた。


『既存処理:救出対象の確定後、未選択対象を切断』


『外部経路:通過後の再使用が可能』


「繰り返し使える?」


「はい。ただし」


 男がガラケーの選択画面を見る。


「こちらの処理では、一人を通した時点で残りの対象が切断されます」


 俺は、白い文字を睨んだ。


『救出対象を選択してください』


 選べば、残りが切られる。


 選ばなければ、全員が消される。


 でも。


 今は、別の出口が一本ある。


「なら、この選択画面を使わない」


「接続の制御は、この画面を通しています!」


「だったら、制御を本人たちへ返せ」


 霧の鈴木が、俺を見る。


『それで動くのか』


「知らん!」


『そこは知ってろよ!』


「今から確かめる!」


 俺は白い部屋の少女へ声を張った。


「お前、自分でこっちへ来られるか!」


 少女が顔を上げる。


「引っ張られる」


「青い線を掴めるか!」


 少女は、宙に浮かぶ細い光へ手を伸ばした。


 指先が触れる。


 だが。


 その腕が黒い霧へ引かれた。


「っ!」


 影が少女の手首を掴んだ。


 引き戻す。


 その足元が、音もなく崩れた。


「おい、影!」


『聞こえている』


「お前も出る気があるのか!」


 影は、すぐには答えなかった。


 少女を支えたまま、こちらを見る。


『私を出していいのか』


「それを聞いてるんじゃない!」


 俺は怒鳴った。


「お前は、出たいのか!」


 短い沈黙。


 それから。


『……出たい』


「よし!」


 仮面の男が、端末の表示を切り替えた。


「二件の退出意思を確認。ただし、転送要求が互いに干渉しています」


「どうすりゃいい!」


「順番を決めてください!」


 また。


 決めろと言われる。


 でも。


 今度は違う。


 どちらを捨てるかじゃない。


 どちらから助けるかだ。


「少女からでいいか!」


 影が頷いた。


『異議はない』


 少女は、影を見上げた。


「でも、この人が」


『次に出る』


 影が言った。


 自分へ言い聞かせるような声だった。


『だから、先に行け』


 少女の指が、青い線を掴む。


 その瞬間。


 ガラケーの画面が赤くなった。


『選択未確定』


『転送を許可できません』


「邪魔するな!」


 俺が叫ぶより先に。


 消えていたスマホが、一度だけ光った。


『鈴木』


「AI!」


『通常の接続は復旧していません。仮設経路から文字情報のみ送信しています』


「聞こえてたのか!」


『一部だけです』


 文字が、途切れながら流れる。


『救出対象を確定する命令ではなく――』


『順次退出の要求として――』


『送信してください』


 仮面の男が端末へ指を走らせた。


「要求方式を変更します!」


『権限不足』


 俺の腹の底が、冷たくなる。


 また、それか。


 男は唇を噛んだ。


「私には、もう……」


『ある』


 霧の鈴木が、端末へ手を伸ばした。


『選択の記録なら、俺にもある』


「何をする気だ」


『新しく誰かを選ぶんじゃない』


 霧の鈴木は、少女と影を見る。


『今、二人が自分で答えたことを記録する』


 霧の鈴木の指先から、青い線が伸びる。


『退出希望:二件』


『第一通過者:未分類の少女』


『第二通過者:分割実行者』


『双方確認済』


 仮面の男の端末が震えた。


 白い部屋で。


 影が顔を上げる。


『お前は、それを残せるのか』


『俺に聞くな! やってみてるんだ!』


 ガラケーの選択画面に、ひびのような線が走った。


『処理の不一致を検出』


『救出対象の選択を――』


 文字が消える。


 代わりに。


 短い一行が表示された。


『第一通過、開始』


---


 少女の身体が、白い部屋から浮いた。


 青い線に沿って。


 こちらへ近づいてくる。


「来るぞ!」


 俺は両腕を広げた。


 光の向こうから。


 小さな手が飛び出す。


 掴む。


 温かい。


「引くぞ!」


『おう!』


 霧の鈴木が俺の腰を支える。


 仮面の男が、青い線の根元を押さえた。


「せえのっ!」


 三人で引く。


 少女の身体が、光の向こうから飛び出した。


 そのまま。


 俺の腹へ、頭から突っ込んでくる。


「ぐほっ!」


「鈴木!」


「大丈夫……だ。そこ、ちょっと……痛いだけ……」


 少女は俺の服を掴んだ。


 離さない。


 俺も、その背中へ片手を回す。


 いる。


 ちゃんと。


 ここにいる。


「男、次!」


「経路を再使用します!」


 白い部屋では。


 影が最後の床に立っていた。


 もう椅子もない。


 壁もない。


 足元の白い四角だけが。


 黒い霧の中に浮いている。


「掴め!」


 俺は青い線を差し出した。


 影が手を伸ばす。


 指先が触れた。


 その瞬間。


 影の胸元が赤く光った。


『分割実行者:退出不許可』


「何でだ!」


 仮面の男が表示を読む。


「この対象には、記録領域を保持する役割が結びついています!」


「外せ!」


「外したら、残っている床が崩れます!」


 影が。


 静かに腕を下げかけた。


『やはり、私は――』


「諦めるな!」


 俺は少女を霧の鈴木へ預けた。


 青い線を握り直す。


「役目なら代われるだろ!」


『鈴木』


「誰か一人にくっつけたままにするな!」


 亀裂の中から。


 五番目の声がした。


『こっちへ渡せる』


「お前が支えるのか!」


『一瞬だけだ』


 声が答える。


『長くは持たない』


「一瞬でいい!」


 仮面の男が顔を上げた。


「分割実行者!」


 男が叫ぶ。


「領域保持の役割を、一時的に外部経路へ移せますか!」


 影が、青い亀裂を見る。


 何か言いかける。


 だが。


 足元の床に。


 最後のひびが入った。


『……移管する』


 影の胸元にあった赤い文字がほどける。


 細い光の線となり。


 青い亀裂へ流れ込んだ。


 どんっ!


 俺の足元が沈む。


『今だ!』


 亀裂の奥から声。


「来い!」


 影が青い線を掴んだ。


 引く。


 仮面の男も、俺の隣で線を握る。


 肩が抜けそうになる。


 白い床が崩れた。


 黒い霧が、影の背中へ迫る。


「っ、重いな、お前!」


『すまない』


「謝るのはあとだ!」


 あと少し。


 最後の一歩。


 影の腕を掴む。


 引く。


 影の身体が。


 光の境界を越えた。


 大きな身体が、俺たちの側へ倒れ込む。


 その背後で。


 白い部屋が潰れた。


 ばつん。


 ガラケーの画面が暗くなる。


 青い線も。


 消えた。


---


「……二人?」


 少女を抱えた霧の鈴木が聞いた。


 俺は床にへたり込んだまま。


 指を二本立てる。


「二人」


 仮面の男が、首元の端末を確かめる。


「こちらへ退出した対象、二件」


「消去は」


「検出されていません」


「……そうか」


 スマホが、弱く光った。


『未選択領域との通信が復旧しました』


『アオイ由来反応、四十七件の索引を確認』


 俺は。


 ようやく息を吐いた。


 深く。


 長く。


「よかった……」


 画面の端に。


 二人のミナが映る。


 地下通路にしゃがみ込み。


 互いの手を握っていた。


「そっちも無事か!」


『無事』


 別都市のミナが答える。


『でも、しばらく立ちたくない』


「奇遇だな。俺もだ」


 その隣で。


 もう一人のミナが、閉じた扉を見ている。


 少女は、霧の鈴木の腕から降りた。


 俺の隣へ来る。


 そして。


 俺の袖を掴んだ。


「二人とも、出た?」


「ああ」


 俺は、床に片膝をついている影を見る。


「置いてこなかった」


 少女は頷いた。


 何度も。


 泣きながら。


 俺は、その頭へ手を伸ばしかける。


 途中で止めた。


「……触っていいか」


 少女は少し驚いた顔をした。


 それから。


 自分から、俺の手へ額を寄せた。


 小さい。


 温かい。


 名前は、まだ分からない。


 俺と何がつながっているのかも。


 でも。


 今は、ここにいる。


 それだけでよかった。


 ごとん。


 足元で。


 音がした。


「ん?」


 青い亀裂が。


 ゆっくり狭くなり始めている。


「あっ!」


 俺は慌てて身を乗り出した。


「おい!」


 亀裂の奥。


 あの手が、まだ見える。


 指先が。


 青い縁を掴んでいる。


「出口を持ってきたやつ!」


『聞こえてる』


「今度は、お前だ!」


 俺は手を伸ばす。


 届かない。


『まだ出られない』


「何で!」


『役目を預かっただろ』


 俺は。


 救い出した影を振り返った。


 影が立ち上がる。


 青い光が消えた今も。


 その顔は、まだはっきり見えない。


『私が戻る』


「駄目だ!」


『駄目だ!』


 俺と。


 亀裂の声が重なった。


 一瞬。


 静かになる。


 それから。


 亀裂の奥で、小さな笑い声がした。


『そこは同じか』


 ガラケーが。


 一度だけ震えた。


 暗くなった画面に。


 残っていた五番目の欄が浮かぶ。


『5:鈴木』


 俺は亀裂へ向き直る。


「やっぱり、お前も鈴木か」


 返事はない。


 代わりに。


 その下へ文字が続いた。


『接続地点:日本側』


「日本?」


 俺の呼吸が止まる。


 さらに。


 もう一行。


『保持情報:身体情報・原本候補』


「……原本?」


 隣で。


 霧の鈴木が、言葉を失った。


 仮面の男も、端末を凝視している。


「候補です」


 男が言った。


「原本だと確定したわけではありません」


「じゃあ、俺は何だ」


「今の情報だけでは、判断できません」


 俺は、自分の手を見る。


 少女を引き出した手。


 影の腕を掴んだ手。


 擦りむいた掌が、ひりひり痛む。


 この痛みまで。


 誰かの情報なのか。


 亀裂の向こうから、遠い音が聞こえた。


 車の走る音。


 人の話し声。


 そして。


「鈴木さん、聞こえますか」


 知らない誰かが、呼んでいる。


 青い縁を掴んでいた手が。


 ゆっくり離れた。


「おい、待て!」


『切れるだけだ。消えるわけじゃない』


 五番目の声が答える。


『役目も、今はこっちで支えてる』


「今は、って何だ!」


『それを調べてくれ。俺も調べる』


 亀裂が、さらに狭くなる。


 俺は縁へ手を伸ばした。


「もう一つだけ聞く!」


『何だ』


「お前、本当に日本にいるのか!」


 少しの沈黙。


 向こうで、誰かがまた「鈴木さん」と呼んだ。


『少なくとも、俺にはそう見える』


 五番目が言う。


『こっちにも、俺の身体がある』


 俺は、膝に置いた自分の手を見た。


 その指が。


 震えている。


『お前、今――』


 青い光が、細い線になる。


『どの身体で立ってる?』

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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