第75話 鈴木と呼ばれた少女
ぴりりりり。
ぴりりりり。
手の中のスマホが、震え続けている。
画面に出ている名前は。
『鈴木』
「……誰だよ」
白い部屋の少女が、俺をまっすぐ見ていた。
アオイでもない。
ミナでもない。
見たことのない顔。
それなのに。
胸元に浮かぶ青い文字は。
『対象識別:鈴木』
そして、俺の着信画面にも。
『鈴木』
俺と同じ名前が、二つ並んでいた。
「やっと、来た」
少女が言った。
今のアオイが、息をのむ。
「鈴木を知ってるの?」
少女は答えない。
代わりに。
俺のスマホを見る。
「出て」
「出るな!」
仮面の男が叫んだ。
それまで聞いたことのないほど、強い声だった。
「まだ接続の構造が分かりません。応答すれば、双方向の経路が固定される可能性がある」
「分かった」
俺は通話ボタンから指を離した。
着信は鳴り続ける。
ぴりりりり。
ぴりりりり。
耳障りなのに。
切ることもできなかった。
「AI。出ないまま、誰からの着信か確認できるか」
『解析します』
画面に文字が流れる。
『発信元:分岐以前の記録』
『発信者識別:鈴木』
『照合結果:現在の鈴木と、一部の識別情報が一致』
「一部?」
『一致率は、四十二パーセントです』
「低いな」
『低いとは断定できません。比較対象に、霧の鈴木を含めた場合――』
表示が止まった。
「何だ」
『一致率が上昇します』
霧の鈴木が、俺の隣で固まった。
『……どれくらいだ』
『現在の鈴木、霧の鈴木、および白い部屋の対象を合わせた場合、識別情報の一致率は九十六パーセントです』
「三人で?」
『はい』
背中が冷たくなった。
俺。
霧の鈴木。
白い部屋の少女。
三つを合わせて。
ようやく「鈴木」に近づく。
そんな意味に聞こえた。
『それ、俺たちが一つになればいいって話じゃないよな』
霧の鈴木が低く聞く。
「違う」
俺はすぐに答えた。
「一致してるからって、一つにしていい理由にはならない」
今のアオイが、こちらを見る。
少しだけ。
安心した顔をした。
少女は、白い部屋の椅子から降りる。
小さな足で。
一歩。
また一歩。
扉の方へ近づいた。
「会いたかった」
「俺に?」
「うん」
「何で」
「あなたが、わたしを置いていったから」
その言葉が。
胸に刺さった。
「俺は、お前を知らない」
「知ってる」
少女は言った。
「だから、呼んだ」
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『再初期化開始まで:34』
数字が、容赦なく減っていく。
別都市のミナが、画面の向こうで扉の隙間を見つめていた。
「鈴木、時間がない」
「分かってる」
分かっている。
でも。
この少女を助けるために扉を開けば、閲覧接続している十二件のアオイが引っ張られる。
その先で。
何が起きるか分からない。
少女を置けば。
白い側の再初期化で、消されるかもしれない。
「お前は、扉の中から出たいのか」
「うん」
「未選択領域へ?」
少女は少し考えてから。
首を横に振った。
「そこには、行かない」
今のアオイの肩から。
少しだけ力が抜けた。
「じゃあ、どこへ行きたい」
「あなたのところ」
「俺のいる場所?」
「違う」
少女は。
俺の胸元を指した。
画面越しなのに。
確かに、そこを指した。
「あなたが忘れたところ」
「何だよ、それ」
少女が答えるより先に。
AIが警告を出した。
『再初期化開始まで:25』
仮面の男が端末を睨む。
「閲覧接続を維持したまま、対象を移す方法が一つあります」
「早く言え」
「ただし、危険です」
「今さらだろ」
「対象を未選択領域へ出すのではなく、鈴木の識別情報へ一時接続する」
「俺の中に入れるってことか」
「違います」
男は首を横に振った。
「あなたの内部へ対象を保存するのではありません。あなたと対象の間に、仮の経路を作る」
「何が違う」
「経路なら、切断できます」
「切れなかったら」
男が黙る。
「……対象の記録が、あなたの識別情報へ重なります」
霧の鈴木が、俺の前へ出た。
『駄目だ』
「でも、このままだとあの子が消える」
『だからって、お前が消えるかもしれない方法を選ぶな』
「俺だけの話じゃない」
俺は青い線を見る。
今のアオイ。
幼いアオイ。
そして。
参加を選んだ、ほか十件の反応。
「このまま引っ張られてる子たちも危ない」
『なら切れ』
「切ったら、扉の中の子が消えるかもしれない」
『……』
答えは出ない。
少女が。
白い部屋で言った。
「いいよ」
「何が」
「助けなくていい」
「勝手に決めるな」
「だって、あなたが困ってる」
「困ってるからって、お前を消す理由にはならない」
少女の目が。
少しだけ大きく開いた。
まるで。
初めてそんな言葉を聞いたみたいに。
「でも、わたしは……」
言葉が続かない。
白い部屋の光が。
赤く染まり始めた。
『再初期化開始まで:16』
別都市のミナが、もう一人のミナの手を掴んだ。
「わたしたちも、当事者なんでしょ」
「何をする気だ」
「扉の外側から、経路を支える」
「危ない!」
「分かってる」
別都市のミナは、まっすぐ答えた。
「でも」
もう一人のミナの手を、強く握る。
「鈴木だけに選ばせない」
二人目のミナも頷いた。
「わたしも」
男が端末を見る。
「ミナ二件が外側の固定点になれば、鈴木へ重なる危険を下げられるかもしれません」
「かもしれない、か」
「はい」
今のアオイが、青い線の中から言う。
「わたしたちもいる」
「お前たちは、もうつながってる」
「だから」
今のアオイは、苦しそうに息をしながら笑った。
「引っ張られるだけじゃない」
青い線を握る。
「自分で、支える」
幼いアオイも。
青い線へ、小さな手を添えた。
『わたしも』
三人目のアオイは、接続の外にいる。
さっき「判断できない」と答えたからだ。
それでも。
『……勝手に消えるのは、気に入らない』
「お前は入らなくていい」
『分かってる』
三人目のアオイは、白い部屋の少女を睨んだ。
『でも、出てくるなら』
少し間を置く。
『あとで、ちゃんと話せ』
少女は。
小さく頷いた。
「うん」
『再初期化開始まで:8』
「男!」
「準備完了!」
「AI!」
『仮設経路を構成します』
俺のスマホから。
青い光が伸びる。
一本。
また一本。
別都市のミナ。
二人目のミナ。
十二件のアオイ。
霧の鈴木。
仮面の男。
そして。
白い部屋の少女。
一本の太い道じゃない。
細い線が。
それぞれ別の場所から伸びて。
互いを支えるように絡み合っていく。
誰か一人へ。
全部を押しつけないために。
『再初期化開始まで:3』
少女が、こちらへ手を伸ばした。
「鈴木」
「何だ」
「今度は、置いていかない?」
俺も。
光の向こうへ手を伸ばす。
「置いていかない」
『2』
「でも」
少女の手へ。
もう少し。
「お前がどこへ行くかは、一緒に決める」
少女の目に。
涙が浮かんだ。
『1』
『仮設経路、接続』
白い部屋が。
真っ白に弾けた。
画面が消える。
青い線が。
全部ほどけた。
俺のスマホが。
真っ暗になる。
「……成功したのか?」
返事はない。
AIも。
男の端末も。
別都市のミナの画面も。
何も映さない。
静かだった。
静かすぎた。
そのとき。
胸元で。
聞き覚えのない音が鳴った。
ぴりりりり。
ぴりりりり。
「……何だ?」
スマホじゃない。
音が違う。
俺は胸ポケットへ手を入れた。
指先に。
硬いものが触れる。
「……は?」
取り出した瞬間。
息が止まった。
古い。
折り畳み式のガラケーだった。
こんなもの。
持っていない。
この世界へ来たときも。
日本にいた最後の日も。
俺の持ち物に、こんなものはなかった。
なのに。
手の中で。
確かに鳴っている。
ぴりりりり。
ぴりりりり。
小さな画面には。
着信相手の名前が表示されていた。
『おかあさん』
俺は。
その文字から。
目を離せなかった。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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