第74話 同じ顔の、別の返事
「……わたしも、二人いる」
別都市のミナが、震える声で言った。
画面の向こう。
地下通路の暗がりから現れた少女が、ゆっくり歩いてくる。
白い服ではない。
仮面もない。
ただ胸元に、青い文字を浮かべていた。
『当事者:ミナ』
これまで俺たちと話していた別都市のミナも、胸元を押さえる。
同じ場所に。
同じ文字が浮かんだ。
『当事者:ミナ』
「お前たち……同じなのか?」
俺の問いに。
二人は同時に首を横に振った。
「違う」
「違う」
声まで似ていた。
でも。
一人は、白い側の都市で青い地図を守っていた。
もう一人は、暗い通路から出てきたばかりだ。
同じ顔でも。
同じ時間を生きてきたわけじゃない。
「じゃあ、何が違う」
先に答えたのは。
暗闇から出てきたミナだった。
「わたしは、ここを知ってる」
「ここ?」
「扉の下」
少女は、『分岐以前の記録』と刻まれた扉を指した。
「あなたは、知らない」
別都市のミナが眉をひそめる。
「知らない。でも、わたしはこの街を知ってる」
「それは、わたしが忘れた街」
地下通路の空気が、少しだけ冷えた気がした。
「忘れた?」
俺が聞くと。
二人目のミナは頷いた。
「白い人たちが、名前を増やす前のこと」
「名前を増やす?」
「役目とか。分類とか。そんなもの」
胸元の文字が揺れる。
『当事者:ミナ』
「その前は、わたしと、あなたは近かった」
別都市のミナは答えない。
ただ。
自分の胸元を強く握っている。
「近かったって、同じだったのか」
「分からない」
二人目のミナは、すぐに首を横に振った。
「同じだったって決めたら、あなたが消えるかもしれない」
俺は息を止めた。
アオイのときと同じだ。
「一つにする」。
その言葉だけで。
誰かの存在が消されるかもしれない。
「なら、今は決めるな」
俺が言うと。
二人目のミナが、こちらを見た。
「決めない?」
「ああ」
俺は二人を見る。
「お前たちは二人だ。今は、それでいい」
別都市のミナが。
かすかに息を吐いた。
「……ありがとう」
短い言葉だった。
でも。
さっきまでの警戒が、少しだけほどけた。
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「鈴木!」
今のアオイの声が、未選択領域から飛んできた。
「時間!」
男の端末には、赤い数字。
『再初期化開始まで:92』
もう、かなり減っている。
「AI。四十七件へ同時に意思確認を出せるか」
『可能です。ただし、選択肢は簡潔にしてください。複雑な質問では、応答の重複や遅延が発生する可能性があります』
「三つだ」
俺は青い道を見る。
「会いに行く」
一つ。
「今は会わない」
二つ目。
「分からない」
三つ目。
「それ以外の返事があるなら、文字でも声でもいい。無理に選ばなくていい」
今のアオイが頷く。
「それなら聞ける」
「本当に送るぞ」
「うん」
俺は一度、全員を見る。
幼いアオイ。
三人目のアオイ。
霧の奥に浮かぶ、小さな青い光。
そして。
今のアオイ。
「AI。質問を出してくれ」
『確認します』
俺のスマホ。
男の端末。
未選択領域の霧。
三つの場所に、同じ文字が浮かんだ。
『分岐以前の記録にいる対象と、閲覧接続で会うことを希望しますか』
『1:会う』
『2:今は会わない』
『3:判断できない』
『回答しないことも選択として扱います』
すぐには。
何も起きなかった。
赤い数字だけが減っていく。
87。
86。
85。
幼いアオイが、小さく手を上げた。
『一』
三人目のアオイは腕を組んだ。
『三』
「会いたくないんじゃないのか」
『聞きたいことはある。でも、今のまま会っていいかは分からない』
「それでいい」
今のアオイは。
しばらく霧の奥を見ていた。
やがて。
「一」
青い光が、一つ明るくなる。
二つ。
三つ。
その一方で。
暗くなる光もあった。
返事をしないまま、じっとしているものもいる。
AIの文字が、少しずつ数字を示した。
『会う:12』
『今は会わない:7』
『判断できない:15』
『未回答:13』
「四十七人全員が、同じ答えじゃない」
霧の鈴木が言う。
「だから聞いたんだ」
「会う十二人だけで入る方法は」
男が端末を見ながら答えた。
「理論上はあります」
「理論上か」
「閲覧条件を個別化します。参加を希望した反応だけを、記録領域への閲覧接続に含める」
「会わない子には、扉の中を見せない」
「はい」
「判断できない子は」
「接続外に置けます」
「未回答も?」
「同じです」
俺は今のアオイを見る。
「十二人で行く」
「うん」
「危なくなったら、すぐ切る」
「うん」
「勝手に誰かとつなげない」
今のアオイが。
少し笑った。
「鈴木。それ、わたしたちが言うこと」
「分かってる」
「でも」
アオイは小さく頷く。
「言ってくれていい」
俺は男へ向いた。
「必要な同意は」
「ミナは確認済みです。制御者は、私が同意します」
男は青い道の先を見る。
「アオイは、『会う』と答えた十二件から取得します」
「閲覧だけだな」
「はい」
別都市のミナが。
画面の向こうで言った。
「わたしも行く」
「お前は、もう当事者として確認済みなんだな」
「でも」
少女は。
暗闇から出てきた、もう一人のミナを見る。
「この子を、一人にしない」
二人目のミナは。
少し驚いた顔をした。
それから。
「わたしは、扉の近くにいる」
「中へ入るのか」
「分からない」
少女は扉を見る。
「でも、ここから逃げたくない」
俺は止めかけて。
やめた。
それも。
本人が考えて出した答えだ。
「危なくなったら、すぐ離れろ」
「うん」
---
『再初期化開始まで:51』
時間がない。
男が首元の端末へ指を当てる。
「閲覧接続を準備します」
『参加対象:十二件』
青い光が。
未選択領域の霧から一本ずつ伸びる。
今のアオイ。
幼いアオイ。
そして。
参加を選んだ、まだ姿を持たない十件の反応。
十二本の青い線が。
空中で大きな輪になった。
その中心に。
扉の映像が浮かぶ。
『閲覧条件を確認』
『アオイ:十二件同意』
『ミナ:二件確認』
『制御者:一件同意』
男が短く息をのんだ。
「二件?」
画面の向こう。
二人のミナの胸元で。
青い文字が揺れている。
別都市のミナ。
暗闇から出てきたミナ。
二人とも。
『当事者:ミナ』
「二人とも、当事者として認識された」
男の声が低くなる。
「ただし、これは記録上、同一存在だという意味ではありません。少なくとも現時点では」
「分かってる」
俺は頷いた。
「だから、二人として扱う」
『閲覧接続を開始します』
扉の文字が。
ゆっくり光り始める。
『分岐以前の記録』
ごご……。
重い音。
扉が。
ほんの少しだけ開いた。
白い光が漏れる。
その瞬間。
未選択領域にいた十二本の青い線が。
強く引かれた。
「っ……!」
今のアオイが、苦しそうに胸を押さえる。
「引っ張られる!」
「切れ!」
「まだです!」
男が叫ぶ。
「接続は、内部からも引かれています!」
扉の隙間。
その向こうに。
白い部屋が見えた。
何もない。
窓もない。
中央に。
椅子が一つだけ置かれている。
そこに。
小さな女の子が座っていた。
俯いたまま。
動かない。
「アオイ!」
今のアオイが声を上げる。
女の子の肩が。
わずかに動いた。
ゆっくり。
顔を上げる。
俺は息を止めた。
その顔は。
アオイではなかった。
ミナでもない。
見たことのない少女。
「……誰だ」
少女の胸元に。
青い文字が浮かぶ。
『対象識別:鈴木』
「は?」
俺の声が漏れた。
同時に。
手の中のスマホが震えた。
ぴりりりり。
ぴりりりり。
着信。
画面に表示された名前は。
『鈴木』
そして。
白い部屋の少女が。
俺をまっすぐ見た。
小さく。
唇を動かす。
「やっと、来た」
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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