第71話 四十七番目の地図
仮面の男の首元で、端末が震えている。
表示欄には、たった一行。
『接続元:――』
「白い側の命令か!」
「違います」
男が即答した。
「命令なら、私にも分かる。これは……誰かが入口を探している」
「誰が」
「それを表示しようとして、止まっています」
画面の向こうでは、ミナと同じ顔の少女が黙っている。
駅前の歩道。
高層ビル。
車の列。
そして、少女を囲む白い服の者たち。
だが、誰も彼女へ近づこうとはしない。
「お前がやってるのか」
俺が聞くと、少女は首を横に振った。
「わたしは、接続を申し出ただけ」
「なら、誰が入口を探してる」
「たぶん、向こうの子たち」
少女の視線が、俺の背後へ動く。
青い道の先。
未選択領域に残る、アオイたちの方へ。
「勝手に開けるなよ」
「開けない」
「三十八件を預かれるって話も、まだ了承してない」
「分かってる」
返事が速い。
速すぎて、少し腹が立った。
「だったら先に説明しろ。どうしてお前に、四十七件全部の索引がある」
少女は胸元の青い文字を見下ろした。
『接続索引:四十七件』
「これは、わたしの中に四十七人いるって意味じゃない」
「じゃあ何だ」
「地図」
「地図?」
「あの子たちを見つけるための道が、どこにあるか。それを示す地図」
「男の端末と同じものか?」
「似てる。でも、同じじゃない」
男が顔を上げる。
「私の端末は、それぞれの反応へ再接続できます」
「わたしのは、場所までしか分からない」
少女が続ける。
「声を呼び出せない。移すこともできない。だから、あなたの端末が消されたら、わたしの地図だけじゃ迎えに行けなかった」
「今は?」
「今は、両方ある」
少女は画面越しに俺を見た。
「だから、三十八件にも控えを作れる……と思う」
「思う?」
「やったことがないから」
「最初に言え!」
「今、言った」
横から、霧の鈴木が画面を覗き込む。
『鈴木。こいつ、お前に似てるぞ』
「どこが」
『危ないことを言ったあとに説明するところ』
「俺は先に説明する!」
『たまにな』
少女が、ほんの少し笑った。
俺は笑えなかった。
三十八件。
今は男の端末にしか索引がない。
控えを増やせるなら増やしたい。
だが、保存先が何なのかも分からずに任せるわけにはいかない。
「何に保存するつもりだ」
「街の中にある、使われていない領域」
「人間じゃないんだな」
「うん」
「保存したあと、白い側が触れられる可能性は」
少女は、今度は少し考えてから答えた。
「ある」
「あるのかよ」
「この街は、まだ白い側のものだから」
その瞬間。
男の端末が、ぶるっと震えた。
『接続元:――』
文字は、まだ出ない。
---
「鈴木!」
青い道から、今のアオイが駆けてきた。
その後ろには、幼いアオイと三人目のアオイもいる。
全員で来る必要はない。
そう言いかけて、やめた。
俺だけで話を聞いて。
あとから結果だけを伝える。
それでは、今までと同じだ。
「今、別都市のミナと話してる」
「見えてる」
今のアオイは、画面の少女を見つめた。
「あなたも、ミナなの?」
「そう呼ばれてる」
「わたしたちのこと、知ってるの?」
「全部は知らない」
三人目のアオイが眉を上げる。
『なのに、四十七件の地図を持ってるんだ』
「うん」
『どうして?』
少女は、すぐには答えなかった。
代わりに。
「最初に分けたのは誰か」
少女が言った。
「さっきの質問、答えていい?」
「言え」
俺が促すと、少女はアオイたちを見た。
「分けたのは、白い側」
三人目のアオイの表情が変わる。
『そんなの、知ってる』
「違う」
少女は首を横に振った。
「わたしが聞いたのは、四十七件に分けたのが誰かじゃない」
「どういうことだ」
「最初に、アオイを一つの反応として扱わないと決めたのが誰か」
少女は胸元を指した。
青い文字が、別の表示へ切り替わる。
『分類要求:単一化』
次の行。
『応答:拒否』
さらに。
『応答者:アオイ』
今のアオイが息をのんだ。
「……わたし?」
「どのアオイかは分からない。でも、最初の記録にはそう残ってる」
幼いアオイが、小さな声で聞いた。
『一つに、されたくなかったの?』
「たぶん」
少女は言い切らなかった。
「白い側は、アオイを一つに戻せば管理しやすいと考えた。でも、その要求は拒否された。それから、別々の反応として数え始めたの」
三人目のアオイが、ぎゅっと拳を握る。
『じゃあ、わたしたちがバラバラになったのは――』
「拒否したせいじゃない」
少女の声が強くなった。
「そこは間違えないで」
三人目のアオイが黙る。
「分けたのは白い側」
少女は、もう一度はっきり言った。
「拒否の記録は、分けられたあとも『勝手に一つに戻さないで』という意思があった証拠」
霧の鈴木が、俺を見る。
『ずっと探してた答えの一つは、これか』
「まだ全部じゃない」
俺は画面を見る。
「何でお前が、その記録を持ってる」
少女の顔から、また笑みが消えた。
「それを話すには、ここへ来てもらわないと」
「そんな理由で行くと思うか?」
「思わない」
「なら――」
「だから、先に見せる」
少女が手を上げた。
周囲にいた白い服の者たちが、一斉に身構える。
だが。
少女はそちらを見ない。
「映像だけ」
俺を見る。
「道は開かない」
「AI、確認」
『映像信号のみです。物体・反応・索引の転送要求はありません』
「よし」
俺は頷いた。
「見せろ」
---
駅前の映像が切り替わった。
地下へ続く階段。
古い改札。
照明の消えた通路。
少女が歩くたび。
壁に、青い点が浮かんでいく。
一つ。
二つ。
三つ。
十。
もっと。
数えきれない。
「四十七個あるのか?」
「ううん」
少女は歩き続ける。
「もっとある」
「え?」
突き当たりに。
大きな扉があった。
白い服の者が二人、その前に立っている。
少女が近づく。
二人は何も言わず。
道を空けた。
扉には。
文字が刻まれている。
『分岐以前の記録』
男が息をのんだ。
「それは……存在しないはずです」
「白い側は、そう言ってたね」
少女は扉には触れない。
映像だけを近づける。
扉の脇。
小さな画面があった。
『閲覧条件:当事者の同意』
その下に。
名前が並んでいる。
『アオイ:未確認』
『ミナ:確認済』
『制御者:未確認』
「制御者って、お前か」
俺が男へ聞く。
男は、しばらく画面を見つめてから頷いた。
「おそらく」
「じゃあ、今ここで同意したら開くのか」
「私だけでは足りません」
男はアオイたちを見る。
「アオイの同意も必要です」
「どのアオイだ」
「……分かりません」
男の声が低くなる。
「それが問題です」
今のアオイ。
幼いアオイ。
三人目のアオイ。
そして、霧の奥にいる四十四件の反応。
画面には。
ただ一言。
『アオイ』
それしか書かれていない。
一人が代表して決めていい話じゃない。
「今は開けない」
俺が言った。
少女はすぐに頷いた。
「それでいい」
「三十八件の控えも保留だ」
「うん」
「まず、保存先が何なのか調べる」
「うん」
「ただ」
俺は扉を見る。
「この場所は覚えた」
少女が。
少しだけ笑った。
「そこまでは、見せたかった」
---
東の山の地下に。
静けさが戻った。
男の端末は、もう震えていない。
「結局、接続元は分からなかったな」
『確認します』
AIが端末の記録を読み直す。
数秒。
『未完了の接続要求が一件残っています』
「別都市のミナからの要求か」
『いいえ』
「違う?」
『別件です』
俺は顔を上げた。
少女との通信は、まだつながっている。
「お前じゃないのか」
「違う」
『接続元の表示が復旧しました』
男の首元に。
文字が浮かぶ。
『接続元:分岐以前の記録』
少女が。
画面の向こうで扉を振り返った。
「おい」
俺は思わず聞いた。
「あれ、開けてないよな」
「開けてない」
男の端末に。
二行目が浮かぶ。
『閲覧要求:なし』
「閲覧じゃない?」
そして。
三行目。
『退出要求:一件』
誰も動かなかった。
男の顔から。
血の気が引いていく。
「……中から」
「何だ」
「中から、出ようとしている」
「誰が」
返事はなかった。
その代わり。
画面の向こう。
『分岐以前の記録』
そう刻まれた扉の奥から。
こん。
小さな音がした。
少女が振り返る。
こん。
二回目。
白い服の者たちが、一斉に扉から距離を取る。
そして。
こん。
三回目。
誰かが。
扉の内側から。
ノックしていた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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