第70話 選んだあとのこと
『初期化完了』
仮面の男の首元には、確かにそう表示されていた。
その下に、もう二行。
『対象:白い側の管理権限』
『接続索引:保持』
俺は何度も読み直した。
「……勝ったのか?」
『現時点で、制御者端末への外部命令は停止しています』
AIの文字が、俺のスマホに浮かぶ。
「索引は」
『確認できる四十七件、すべて継続しています』
その言葉を見た瞬間。
膝から力が抜けそうになった。
東の山の地下。
俺たちが未選択領域から戻ってきた場所には、まだ割れた石柱が転がっている。
青い道も消えていない。
その奥には、白い霧とアオイたちがいる。
安全になったわけじゃない。
何も解決していないのかもしれない。
それでも。
今は、誰も消されていない。
「男の方は?」
俺が聞くと、仮面の男は自分の首元へ手を当てた。
もう、白い線は出ていない。
「……聞こえません」
「何が」
「命令です」
男は、信じられないという顔で俺を見る。
「今までは、次に何をすべきか分かりました」
「門を開けろ、とか?」
「はい。対象を移せ。不要な反応を消せ。経路を閉じろ」
「今は?」
男は目を伏せた。
「何も」
しばらくして。
小さく続けた。
「静かです」
それが嬉しいのか。
それとも、怖いのか。
俺には分からなかった。
霧の鈴木が、男の端末を覗き込む。
『四十七件、本当に全部残ってるのか』
「AI」
『索引の読み取りを試みます』
表示が流れる。
『第一件:接続可能』
『第二件:接続可能』
『第三件:接続可能』
四件。
五件。
十件。
二十件。
三十件。
「全部、声を出させるなよ」
俺は言った。
「確認するだけでいい」
『了解しました』
数字が進む。
四十。
四十五。
四十六。
そして。
『第四十七件:接続可能』
『全件の索引を読み取りました』
「……よし」
そこで初めて。
俺は大きく息を吐いた。
---
青い道を通って未選択領域へ戻る。
白い霧の中には、青い光が残っていた。
俺。
霧の鈴木。
今のアオイ。
少し離れた場所には、幼いアオイ。
三人目のアオイ。
そして。
声だけのもの。
小さな光のままのもの。
四十七件。
全員が人の姿をしているわけじゃない。
全員が、同じことを考えているわけでもない。
「アオイ」
俺は今のアオイへ聞いた。
「これから、どうしたい」
アオイはすぐには答えなかった。
代わりに。
三人目のアオイが先に口を開いた。
『帰る話の前に、聞いていい?』
「何だ」
『わたしたち、もう消されない?』
「今は索引が残ってる。白い側の命令も、あの男には届いてない」
『ずっと?』
「そこまでは約束できない」
三人目のアオイは、露骨に顔をしかめた。
『正直すぎる』
「嘘ついて、また待たせるよりはいい」
少し間があった。
『……それは、そう』
幼いアオイが、今のアオイを見る。
『わたし、おじさんと外に行きたい』
「うん」
今のアオイが頷く。
『あなたも来る?』
「まだ分からない」
『どうして?』
「あなたの手を取ったら、どちらかが消えるかもしれないって言われたから」
幼いアオイは、自分の手を見る。
『じゃあ、まだ、つながない』
「うん」
今のアオイが、優しく答えた。
「先に確かめよう」
それから。
俺を見る。
「わたしも帰りたい」
「ああ」
「でも、今すぐ全部を一つに戻すのは嫌」
「分かった」
「ここにいたい子も、いると思う」
霧の奥から。
かすかな声がした。
『……いる』
三人目のアオイだった。
『怒ってる間は、まだ帰りたくない』
「それも分かった」
霧の鈴木が、俺を見る。
『聞くだけで、何も決まらないな』
「決まっただろ」
『何が』
「今すぐ一つにしない」
俺は指を一本立てる。
「嫌がる反応を、勝手に動かさない」
二本目。
「先に、安全な道を調べる」
三本目。
「それから、一人ずつ聞く」
霧の鈴木が少し黙った。
『……結構決まったな』
「だろ」
今のアオイが。
少しだけ笑った。
---
ぴ。
スマホが鳴った。
画面に、岩と倒木の拠点が映る。
マリが石を抱え、サヨの隣に座っていた。
『スズキ?』
「いる」
俺はすぐ答える。
「マリは大丈夫か」
『ねむい』
マリの返事だった。
「眠いなら寝ろ」
『スズキ、かえる?』
「帰る」
『ほんと?』
「帰るために、今やってる」
マリは少し考えてから。
『うん』
石のひびは、さっきより増えていない。
サヨが画面を覗き込む。
『預かった控えは、まだ石に残ってる。でも、この子にはもう触らせないよ』
「ありがとう。危なくなったら切ってくれ」
『分かってる』
サヨが少しだけ眉を寄せる。
『鈴木も休みな』
「すぐには無理そうだ」
『知ってる』
「……だよな」
通信が切り替わる。
次は、北の森。
石人形が門の前に座り込んでいた。
首元はひびだらけだ。
それでも。
預けた一件を示す青い点は、消えていない。
『一つ、覚えている』
「無理するな」
『案内された者には、覚えることができる』
「……そうか」
それが返事らしかった。
最後に。
日本側。
スマホを持った男が、警察車両のそばにいる。
ミナを乗せた車は、コンビニから少し離れた場所に停まっていた。
『子どもは無事だ』
「よかった」
本当に。
その一言だけで、少し息ができる。
『預かった情報も、画面に残ってる』
「ああ」
『だが、まだ何なのか分からない』
「子どもを探し直すための目印だ。勝手に開こうとするな」
『開けるつもりもない』
返事は速かった。
『それより』
「何だ」
『名前を聞いておく』
「俺の?」
『俺のだ』
「……自分から言うのか」
『ずっと「スマホを持った男」じゃ話しづらいだろ』
思わず笑った。
「確かに」
画面に文字が出かける。
だが。
その前に、警察官が男へ声をかけた。
映像が大きく揺れる。
『あとで送る』
「分かった」
俺は画面の奥にいるミナを見る。
「ミナを頼む」
『今は警察がついてる。俺も見てる』
「ありがとう」
通信が途切れた。
「名前、聞きそびれたな」
霧の鈴木が言う。
『また聞けるさ』
「そうだな」
また。
その言葉が。
今度こそ普通に使える気がした。
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「鈴木」
東の山側から、男の声がした。
「索引を、もう一度見てください」
「さっき確認しただろ」
「件数は四十七です」
「それが?」
「控えとの照合結果が出ました」
俺は青い道を戻る。
東の山の地下。
男の端末と、俺のスマホに。
同じ一覧が表示された。
古いスマホへ複製した索引。
六件。
拠点。
北の森。
日本側。
同意を得て置いた控えが、各一件。
合計九件。
その下に。
『未複製索引:三十八件』
「残りだな」
「はい」
「これから保存先を探す」
「その前に」
男の声が少し低くなる。
「確認すべきことがあります」
「何だ」
男が、画面の一番下を指した。
『外部接続要求:一件』
嫌な感じがした。
「白い側か」
「違います」
「じゃあ誰だ」
「保存先を申し出ています」
「保存先?」
「はい」
俺は画面を見る。
接続先は。
日本側でもない。
拠点でもない。
北の森でもない。
『別接続先・都市領域』
高層ビルのある街。
もう一つの日本に見える場所。
以前。
ミナと同じ顔の少女が、白い服の者たちに囲まれていた場所。
「向こうから?」
『はい』
AIが答える。
『未複製索引三十八件すべてを保存可能と申告しています』
「……都合がよすぎる」
「同感です」
男も、すぐに答えた。
俺は接続要求を開かなかった。
「保留」
『了解しました』
「誰が申し出てるのか、先に見せろ」
『接続元へ映像情報を要求します』
画面が暗くなる。
一秒。
二秒。
三秒。
やがて。
映像が出た。
駅前の歩道。
高層ビル。
車の列。
大きな看板。
そして。
白い服の者たち。
その中心に。
少女が立っていた。
ミナと同じ顔。
同じくらいの背丈。
でも。
日本側にいるミナとは違う。
少女はスマホを持っていなかった。
首元にも。
白い石はない。
なのに。
白い服の者たちは。
少女から、一歩。
また一歩と。
離れていく。
まるで。
近づくことを怖がっているみたいに。
「何をした」
俺は画面へ聞いた。
少女は。
まっすぐこちらを見た。
『三十八件、預かれるよ』
「どうやって」
少女が、自分の胸元へ手を当てる。
そこに浮かんだのは。
白い石ではなかった。
青い文字。
『対象識別:ミナ』
「……また、ミナ」
文字が消える。
そして。
次の表示へ変わった。
『接続索引:四十七件』
俺の呼吸が止まった。
「何で」
男も画面を見つめている。
「なぜ、そちらにも全件が」
少女は答えない。
ただ。
俺の背後。
青い道の先。
未選択領域にいるアオイたちを見る。
まるで。
最初から全部を知っているみたいに。
「スズキ」
少女が言った。
今度は文字ではない。
声だった。
「先に聞いて」
「何を」
少女の表情から。
笑みが消える。
「その四十七件を――」
一瞬。
男の首元の端末が震えた。
「最初に分けたのは、誰か」
ぴりりりり。
着信音。
俺と男が、同時に端末を見る。
初期化されたはずの。
白い側の管理権限。
その表示欄に。
新しい文字が浮かび始めていた。
『接続元:――』
そこで。
表示が乱れた。
男の顔色が変わる。
「鈴木」
「何だ」
「これは……」
首元の端末が。
再び震え始める。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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