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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第7話 名前のある朝

 朝の冷えは、前より少しだけましになっていた。


 焚き火の残り香が、岩と倒木の拠点にうっすら残っている。

 夜のあいだに何度か火を足したおかげで、完全に冷え切ることはなかったらしい。


 俺は目を開けて、まず横を見た。


 マリは、着ているセーターの裾を胸元へ抱え込むようにして、まだ眠っている。


 昨日、名前を渡した。

 それだけのことなのに、朝になってからも、妙に現実感が続いていた。


「起きたか」


 小さく声をかけると、マリはぴくりと肩を動かした。

 それから、ゆっくり目を開ける。


「……おはよう」


 まだ舌が音になじんでいないような、か細い声だった。

 それでも、昨日までの「必要なときに一言だけ話す」という感じとは、少し違う。


「おはよう。寒くなかったか」


 マリは少し考えてから、首を横に振った。


「……へいき」


「そうか」


 俺は立ち上がり、足元に散らばった枝をまとめた。


 火種はまだ生きていた。

 乾いた葉と細い枝を重ね、何度か息を吹き込むと、赤い炭の奥から小さな炎が戻ってくる。


「水、温めるぞ」


 昨日と同じように、大きな葉と樹皮で作った水受けへ、川から汲んできた水を移す。


 火の中で十分に熱した乾いた石を、二本の枝で挟み、水の中へ静かに沈めた。


 じゅっ、と小さな音がする。

 水面に細かな波が広がり、うっすらと湯気が立ち始めた。


「……あついの?」


「熱い石を入れてるからな。飲めるようになるまで、少し待て」


 マリはしゃがんだまま、水面をじっと見つめていた。


 その視線は、ただ珍しがっているというより、これが自分たちの生活なのかと確かめているようにも見える。


 俺は、立ち上る薄い湯気を眺めながら、ふと思った。


 この子は今、何を日常として覚えていくのだろう。


 名前のある朝。

 火のそばで温めた水。

 川までの道。

 草履の感触。


 それとも、俺とスマホから聞こえる声だろうか。


「マリ」


 呼ぶと、マリはすぐに顔を上げた。


 昨日までなら、呼びかけに反応するまで少し間があった。

 でも今は、自分を呼ぶ音だと分かるせいか、反応が少しだけ早い。


「……なに?」


「魚、食うか。昨日の残りじゃなくて、今日はまた捕まえに行く」


 マリは小さく頷いた。


 それから少し迷うように視線を揺らし、俺の方を見たまま口を開く。


「スズキも、たべる?」


「当然だろ」


「いっしょ?」


「一緒だ」


 その短いやり取りだけで、朝の空気が少し柔らかくなった。


 名前を持つというのは、こういうことなのかもしれない。


 相手を呼ぶための音が一つ増える。

 たったそれだけのことで、そこに確かに関係が生まれる。


 昨日までは、俺はこの子を、森で拾った子どもとして見ていた。


 今は少し違う。


 拾ったのではなく、ここで一緒に暮らしている。

 そんな感覚に近づき始めていた。


 朝飯を取るための支度をする。


 昨日作った筒形の魚罠は、多少歪んでいるものの、まだ使えそうだった。

 魚を入れて運ぶため、残っていた草と蔓でもう一つ、小さな袋も編んでおく。


「昨日のやつ、覚えてるか」


「……うん」


「じゃあ、行こう」


 マリは足元の草履を確かめる。


 片方の紐が少し緩んでいたので、俺はしゃがみ込んで結び直した。


「これでよし」


 立ち上がると、マリは俺の少し後ろをついてくる。


 最初のころのように、ぴったり背中へくっついてくるわけではない。

 けれど、離れすぎることもない。


 その距離が、妙にちょうどよかった。


 川は、朝の光を受けて銀色に輝いていた。


 水面には小さな虫が飛び、岸辺の草が風に揺れている。


 俺は足を止め、昨日罠を置いた浅瀬を確認した。


 流れは穏やかだ。

 石の位置も、大きくは変わっていない。


「今日も、あそこだな」


 そう言うと、マリは俺の視線を追って川を見た。


 どこへ罠を置くのか、覚えようとしているらしい。


「見えるか」


「……うん、ちょっと」


「よし。静かにな」


 俺は水の中へ入り、昨日と同じ向きに罠を沈めた。


 入口を流れへ向け、上から石を載せて固定する。


「これで、しばらく待つ」


「まつ?」


「ああ。魚が勝手に入ってくるのを待つんだ」


 マリは罠の沈んだ場所をじっと見てから、小さく頷いた。


 俺たちは少し離れた岩へ腰を下ろした。


 待っているあいだ、俺は周囲の枝を集める。

 マリは川辺の小石を拾い、手のひらの上で転がしていた。


 ときどき罠の方を確認する。


 やがて、筒の入口付近に小さな魚影が集まり始めた。

 そのうち一匹は、昨日捕まえた魚より少し大きく見える。


「そろそろ、見てみるか」


 俺が立ち上がると、マリもすぐに立った。


 慎重に川へ入り、罠を押さえている石をどける。


 ゆっくり持ち上げた瞬間、中で何かが勢いよく跳ねた。


「お」


 思わず声が漏れる。


 罠の中では、小魚が数匹、銀色の腹を見せながら暴れていた。

 その中に、昨日より明らかに大きな一匹がいる。


 マリの目が、ぱっと大きくなった。


「とれた」


「取れたな」


 俺は罠を抱え、慎重に岸へ戻った。


「今日は当たりだ」


 昨日は魚を見て驚いているだけだったマリも、今日は罠と魚を交互に見ている。


 少しずつ、この暮らしの手順を覚え始めているらしい。


 魚を草袋へ移すと、マリは帰り道で何度も袋の方を気にした。


 自分たちの食べ物を、自分たちの手で確保できた。


 その事実が、少しずつ彼女の中へ積み重なっているのだろう。


 拠点へ戻ると、俺はすぐに魚を処理した。


 火を起こし、内臓を取り除いた魚を串に刺して焼く。


 脂が火へ落ちるたび、じゅっと音が鳴った。

 香ばしい匂いが立ちのぼると、マリは自然とそちらを見る。


「待て。まだ熱いからな」


「……わかる」


「分かるならいい」


 焼けた魚の身をほぐし、食べやすい大きさに分ける。


 マリは差し出された魚を両手で受け取ってから、少しだけ戸惑った。


「骨の避け方、覚えてるか?」


 尋ねると、マリは小さく首をかしげた。


 完全に忘れたわけではなさそうだが、まだ自信がないらしい。


「……んー」


「じゃあ、見てろ」


 俺は魚の身を少しずつ開き、細い骨を指で取り除いてみせた。


 それから一口かじる。


 マリも俺の手元を見ながら、ぎこちなく真似をした。


「そう。それなら大丈夫だ」


 マリは慎重に一口食べる。


 昨日よりずっと自然だった。


「うまいか」


「……うん」


 短い返事だったが、少しだけ嬉しそうでもあった。


 口元に、ほんのわずかに笑みらしいものが浮かぶ。


 それを見て、俺は思わず息をついた。


 こんな小さな反応一つで、救われたような気持ちになる。


 それはたぶん、俺の方も、少しずつこの暮らしに馴染み始めている証拠だった。


「スズキ」


 マリが不意に俺を呼んだ。


「ん?」


「これ、またたべる?」


 俺は少しだけ考え、それから頷いた。


「ああ。捕れればな」


「じゃあ、わたしも、いく」


「おう。一緒に行こう」


 その瞬間、マリはほんの少しだけ胸を張った。


 森で震え、俺の服の裾をつまんでいるだけだった少女が、少しずつ、ここで一緒に生きる側へ近づいている。


 昼前には、焚き火の横へ並んで座る余裕も出てきた。


 マリは川で拾った小石を地面に並べたり、草の束を指でいじったりしている。


 俺はその横で、次に必要なものを考えていた。


 水をもっと安全に温められる器。

 雨を防げる、もう少しましな屋根。

 夜に明かりと火を長く保つ方法。


 やるべきことは多い。


「スズキ」


「なんだ」


「……マリ、ここ」


 マリは自分の胸を指さし、次に地面を指さした。


 うまく言葉にできないらしい。


「ここが、どうした?」


「……いる」


 俺は一瞬だけ黙った。


 言いたいことは、たぶん分かる。


 ここに、自分がいる。


 ここにいていい。


 そんな確認なのだろう。


「そうだな」


 俺は短く答えた。


「マリはここにいる。俺もいる。だから、今日はそれでいい」


 マリは少し考えてから、小さく頷いた。


 それだけで、十分だった。


 朝より高くなった日差しが、拠点の岩をゆっくりと温め始めている。


 小さな焚き火。

 小さな食事。

 小さな会話。


 この世界での生活は、まだほとんど何も持っていない。


 それでも、名前のある朝は、昨日より少しだけ確かな形をしていた。


 そしてその確かさは、たぶん明日も続いていく。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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