第68話 戻りたくない声
「四十七全部を、一人のアオイへ戻す方法を探す」
言った瞬間。
今のアオイが、俺を見た。
嬉しそうな顔ではなかった。
「……一人に?」
その声で気づいた。
俺はまた、本人に聞く前に答えを決めていた。
「悪い」
俺はスマホを下ろした。
「戻せるかどうかも分からない。それに、戻りたいかどうかは、お前たちが決めることだ」
三人目のアオイが、目を細める。
『今さら聞くの?』
「ああ。遅かった」
そのとき。
白い杖が光った。
「初期化を続行します」
青い影の一つへ、白い線が伸びる。
『いや!』
泣き声。
考えている時間はない。
「仮面の男!」
俺は叫んだ。
「いや、もう仮面は割れたか。とにかく、あの光を止められるか!」
男が、白い杖を見る。
「制御者の権限は、まだ首元に残っています」
「使えるのか」
「使えば、白い側にも私の位置が分かります」
「もう目の前にいる!」
「……そうですね」
男は、自分の首元の端末に手を当てた。
「私が前へ出ます。あなたは、アオイたちの話を聞いてください」
「一人で持つなよ」
「分かっています」
男は俺を見た。
「今回は、助けを求めます」
その言葉を聞いて、俺は頷いた。
「霧の鈴木!」
七本目の道の入口で、もう一人の俺が振り返る。
『聞こえてる!』
「出口を頼む! 閉じそうになったら言え!」
『お前は?』
「こっちで話す!」
『この状況でか!』
「この状況だからだ!」
仮面の男が、白い仮面たちの前へ出る。
首元の黒い端末が青く点滅する。
「初期化命令を保留します」
「権限不足」
「分かっています」
男は床へ手をついた。
「だから、時間だけ稼ぐ」
青い光が、霧の地面を走った。
白い線とぶつかる。
ばちんっ!
男の肩が大きく揺れた。
「長くは持ちません!」
「十分だ!」
俺は、今のアオイの前にしゃがんだ。
「聞いてくれ」
「うん」
「俺は、お前を一人に戻せば助かると思った。でも、それで今のお前や、ここにいる誰かが消えるなら違う」
アオイは、霧の中に浮かぶ青い光を見た。
「わたしも、分からない」
「それでいい。今、決めなくていい」
「でも、あの子たちが消される」
「ああ」
俺は、三人目のアオイを見る。
「お前は、戻りたいか」
三人目のアオイは、すぐには答えなかった。
『戻ったら、怒ってたことも消える?』
「分からない」
『じゃあ、嫌』
はっきりした声だった。
『わたしは怒ってる。この気持ちまで、いらないことにしないで』
「しない」
幼いアオイが、仮面の男の背中を見つめる。
『わたしは、おじさんと帰りたい』
「分かった」
霧の奥から、別の声がした。
『帰るの、こわい』
姿はない。
光だけの反応だった。
『ここも、こわい』
また、別の声。
『どこに行けばいいか、分からない』
俺は黒いスマホを見た。
「AI。四十七件を今すぐ一つにまとめるな」
『はい』
「ここから消されないように、一時的に守る方法はあるか」
『全件の帰還処理ではなく、接続記録の退避ですか』
「退避?」
『各反応の状態を維持したまま、別の経路へ移す処理です。ただし、移動先の安全は保証できません』
「どこへ退避できる」
『六本目――東の山地下への経路が利用可能です』
「東の山か」
『はい。ただし、接続先の制御状態は不安定です』
危険だ。
だが。
ここで消されるのを待つよりはいい。
「アオイ」
俺は、今のアオイを見る。
「六本目へ移して、そこで話を続けられるかもしれない。ただ、安全だとは言えない」
「みんな、一緒?」
「反応をばらばらにせず運べるか、まず確かめる」
アオイは少し考えた。
それから頷く。
「聞いてみよう」
自分で、霧の奥へ向き直った。
「行きたい子は、来て」
少し間があった。
「まだ決められない子は、ここで待ってて」
アオイは続ける。
「置いていかない方法を探すから」
三人目のアオイが、俺を見る。
『それも、“すぐ戻る”って約束?』
「違う」
俺は答えた。
「戻れると言う前に、道が残るか確かめる。お前たちが嫌だと言えるかも確かめる」
三人目のアオイは、ふっと笑った。
『面倒くさいおじさん』
「よく言われる」
『今、初めて言ったよ』
「これから言われそうなんだよ」
青い光が一つ。
今のアオイへ近づいた。
それから、もう一つ。
さらに一つ。
全員ではない。
動かない光もある。
でも。
自分から動くものが、少しずつ現れ始めた。
「AI」
『はい』
「退避の条件は」
『反応を保持する媒体と、六本目までの経路維持が必要です』
「媒体?」
俺は、手の中の黒いスマホを見る。
『現在の端末では容量が不足しています』
「だと思った」
三人目のアオイが、ひび割れた古いスマホを持ち上げる。
『これは?』
『旧式の接続記録媒体と推定します』
「使えるか」
『解析中です』
白い杖の光が、また強くなった。
仮面の男が膝をつく。
「鈴木!」
「まだか!」
『記録媒体として利用可能』
「何件入る」
『推定十二件です』
「十二……」
四十七件のうち、十二。
残り三十五件。
全然足りない。
「ほかの媒体は」
『現在、この領域内では確認できません』
「くそ……」
そのとき。
七本目の入口から、霧の鈴木が叫んだ。
『鈴木! 道の向こうを見ろ!』
俺は振り返る。
東の山地下へ続く青い道。
その向こうで、ユラとセナが手を振っていた。
さらに奥。
俺のスマホの画面が、勝手に切り替わる。
拠点。
北の森。
日本側。
別の都市。
それぞれの景色に。
青い小さな点が灯っていた。
「何だ、これ」
『外部からの保存先応答を確認』
「保存先?」
画面に文字が並ぶ。
『岩と倒木の拠点:一件』
『北の森:一件』
『日本側:一件』
俺は息をのんだ。
拠点の映像。
マリが、ひびの入った石を抱えている。
北の森。
壊れかけた石人形が、石の門の前にいる。
日本側。
警察車両のそばで、スマホを持った男が画面を見ている。
みんな。
違う場所にいる。
なのに。
こちらからの問いを聞いたみたいに、同じタイミングで反応していた。
『現在確認できる退避容量は、合計十五件分です』
「十五……」
十二件。
外部に三件。
それでも。
残り三十二件。
まだ足りない。
でも。
俺一人のスマホだけが、保存先じゃない。
「AI」
『はい』
「俺たちだけで、四十七件全部を抱える必要はないんだな」
『はい。ただし、各接続先の同意と、安全性の確認が必要です』
「ああ」
俺は頷いた。
「勝手には送らない」
誰かを助けるために。
別の誰かへ勝手に背負わせる。
それをやったら。
白い側と同じだ。
「まず十二件を退避させる」
『対象者の同意が必要です』
「一人ずつ聞く」
『時間を要します』
「分かってる」
俺は、白い光と向き合う仮面の男を見る。
「残りは、道の向こうの人たちと相談する」
「急いでください!」
男の首元から。
黒い液体が、一筋落ちた。
白い仮面の一人が、杖を振り上げる。
「初期化対象を変更します」
「何だと」
杖の先は。
青い光を向いていなかった。
今のアオイでもない。
幼いアオイでもない。
三人目のアオイでもない。
白い杖が向いた先。
そこにいたのは。
仮面の男だった。
「制御者の記録を初期化します」
男の首元の青い端末に、赤い文字が浮かんだ。
『保存対象:四十七件』
俺の呼吸が止まった。
「……四十七?」
「AI!」
『解析します』
表示が高速で流れる。
『警告』
『制御者端末内部に、アオイ氏由来の全四十七反応への接続索引を確認』
「索引?」
『はい』
「つまり、こいつの中に四十七人が入ってるんじゃない」
『違います』
AIが答える。
『四十七件すべてを識別し、再接続するための情報が保存されています』
ようやく分かった。
霧の中に散らばる四十七の反応。
それぞれがどこにいるのか。
どれが誰なのか。
どの記憶へつながっているのか。
その道しるべを。
この男が持っている。
「じゃあ、こいつを初期化されたら」
『各反応そのものが即座に消失するとは限りません』
「でも」
『再接続できなくなる可能性があります』
見つけられなくなる。
今度こそ。
本当に。
置いていくことになる。
仮面の男も、それを理解したらしい。
自分の首元を押さえる。
「鈴木」
初めて。
あいつの声が。
はっきり震えた。
「私は……」
白い杖が振り上げられる。
「ここでは、消えられない」
俺は立ち上がった。
男が俺を見る。
「私を――」
白い光が膨れ上がる。
「ここから連れ出してください」
白い杖が。
振り下ろされた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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