第67話 帰還対象:アオイ
暗い霧の奥で。
三人目のアオイが、拍手をしていた。
ぱち。
ぱち、ぱち。
薄い青の服。
今のアオイより、少し年上に見える。
幼いアオイとも違う表情。
笑っている。
でも。
その笑顔は、少しも楽しそうじゃなかった。
『帰るの?』
声はアオイだった。
けれど、冷たい。
今のアオイが、一歩前へ出る。
「あなたも、アオイ?」
三人目のアオイは、首を傾げた。
『そうだよ』
幼いアオイを見る。
『あなたも』
次に、今のアオイを見る。
『あなたも』
そして。
霧の奥に浮かぶ、いくつもの青い光を見る。
『みんな、アオイ』
背中が冷たくなる。
「AI」
『はい』
「今、青い光はいくつある」
画面に数字が流れる。
十。
二十。
三十。
まだ止まらない。
『アオイ氏に由来する接続反応を、四十七件確認』
「四十七?」
今のアオイの顔が青ざめる。
「わたしが……四十七人?」
『正確には違います』
スマホの文字が、一つずつ浮かぶ。
『門は、アオイ氏を四十七人に複製したわけではありません』
「じゃあ、何なんだ」
『異なる時点の記憶』
『選ばれなかった可能性』
『切り離された恐怖』
『迷い』
『帰還できなかった時点』
『それらが別々の接続状態として残留している可能性があります』
「可能性……」
俺は霧の奥を見る。
青い光のすべてに、人の形があるわけではない。
ただの光。
声だけのもの。
小さな影。
そして。
はっきりとアオイの姿を持つもの。
いろいろだった。
「全部が、別のアオイってわけじゃないのか」
『現時点では断定できません』
「そこは断定してくれよ」
『情報が不足しています』
「だろうな」
三人目のアオイが、少し笑った。
『でも、全部わたしだよ』
今のアオイが胸元を押さえる。
「いらないもの?」
三人目のアオイの笑みが消えた。
『そう』
『泣くアオイ』
『帰りたいアオイ』
『おじさんを待つアオイ』
『誰も信じないアオイ』
少し間を置く。
『帰るためなら、誰かを置いていくアオイ』
その言葉に。
仮面の男の身体が強張った。
「やめなさい」
三人目のアオイが、男を見る。
『どうして?』
「彼女たちは、いらないものではない」
『でも、おじさんは選んだ』
男の目が揺れる。
『一人だけを帰すために』
「私は……」
『わたしを見なかった』
三人目のアオイの笑顔が、完全に消えた。
『泣いても』
『呼んでも』
『ここにいるって言っても』
『おじさんは、一人だけを見た』
「違う」
男の声が震える。
「私は、全員を助けようとした」
『でも、できなかった』
静かな声だった。
『だから、わたしたちは残った』
青い光が、一つ。
また一つと強くなる。
暗い霧の中に。
いくつものアオイの影が浮かんだ。
小さな子。
今のアオイと同じくらいの子。
少し年上の子。
泣いている子。
座り込んでいる子。
誰かへ手を伸ばしている子。
姿すらなく、声だけのものもある。
全部。
アオイから切り離されたものだった。
「……こんなの」
今のアオイが呟く。
「わたしじゃない」
『違う?』
三人目のアオイが聞く。
『あなたは、帰るために残されたアオイ』
自分の胸を指す。
『わたしは、帰りたいって言えなかったアオイ』
幼いアオイを見る。
『あの子は、おじさんを信じて待っているアオイ』
霧の奥を指す。
『向こうにいる子は、もう誰も信じないアオイ』
幼いアオイが、仮面の男の服を掴んだ。
『おじさん』
男は、幼いアオイを見る。
『わたし、いらない?』
「違う」
男は、すぐに答えた。
「誰も、いらない子ではない」
『でも、置いていった』
「置いていない」
幼いアオイは。
静かに言った。
『ここにいる』
その一言で。
男の言葉が止まった。
置いていくつもりだったのか。
助けようとしたのか。
そんなことは、残された側には関係ない。
今もここにいる。
それが、アオイたちにとっての事実だった。
「……すまない」
男が膝をつく。
白い側の制御者。
仮面の案内人。
ずっと子どもたちを「候補」と呼んでいた男が。
初めて。
アオイたちへ頭を下げた。
「私は、助けられなかった」
青い光が揺れる。
「だが」
男は顔を上げる。
「今なら、もう一度できる」
三人目のアオイは、冷たい目で男を見る。
『また、戻るって言うの?』
「言わない」
男は答えた。
「ここで待てとも言わない」
今のアオイが聞く。
「じゃあ、どうするの」
「一緒に出る」
男は言った。
「今度は、全員で」
三人目のアオイが、ほんの少しだけ笑う。
『できるの?』
男は答えなかった。
代わりに。
俺を見る。
……おい。
「鈴木」
男が言う。
「できるのか」
「無茶振りするな」
俺はスマホを見る。
「AI」
『はい』
「ここに残ってるアオイの反応を、全部連れて出られるか」
少し間があった。
『現在確認できる四十七件すべてを、同時に帰還経路へ接続するには出力が不足しています』
「何件まで」
『既存の六経路を維持した状態では――』
表示が止まる。
『一件です』
「一つだけ?」
『はい』
まただ。
四十七のアオイ。
帰せるのは、一つ。
三人目のアオイが、俺へ近づく。
その手には。
小さな黒いスマホがあった。
俺のものより古い。
画面はひび割れている。
『全部を連れて帰りたいなら』
三人目のアオイは、そのスマホを俺へ差し出した。
『今度は、あなたが選んで』
画面に、白い文字が浮かぶ。
『帰還対象:アオイ 1/47』
次。
『帰還対象:アオイ 2/47』
さらに。
『帰還対象:アオイ 3/47』
次々に表示が切り替わる。
泣いているアオイ。
待っているアオイ。
怒っているアオイ。
誰も信じなくなったアオイ。
帰りたいと言えなかったアオイ。
画面は。
俺の指を待っていた。
「……選ばせる気か」
三人目のアオイは答えない。
ただ。
俺を見る。
そのとき。
深部の奥から、白い光が走った。
「未選択反応を検出」
冷たい声。
「不要な残留情報を初期化します」
「初期化?」
霧の鈴木が顔を上げる。
『消す気だ!』
白い仮面たちが、霧の中へ入ってくる。
一人。
二人。
三人。
杖の先に、白い光が集まる。
青い影の一つへ。
光が伸びた。
『いや!』
子どもの悲鳴。
青い光が、一つ消えかける。
「やめろ!」
俺はスマホを握る。
白い仮面たちは止まらない。
「初期化を開始します」
「待て!」
青い光が。
また一つ、弱くなる。
三人目のアオイが呟いた。
『来た』
そして。
四十七の反応が、一斉に仮面の男を見る。
『おじさん』
幼い声。
泣いている声。
怒っている声。
震えている声。
いくつものアオイの声が重なる。
『今度は――』
仮面の男の顔が歪んだ。
『どのわたしを連れて帰るの?』
俺は、手の中の画面を見る。
『帰還対象:アオイ 1/47』
指を置けば。
一つだけ帰せる。
でも。
俺は画面から指を離した。
「AI」
『はい』
「帰還対象を選ぶ画面を閉じろ」
『選択を行わない場合、帰還処理は――』
「帰還処理をするな」
仮面の男が俺を見る。
三人目のアオイも。
四十七の青い光も。
「また選ばないの?」
三人目のアオイが聞いた。
「違う」
俺は答えた。
「今度は、選ぶ」
黒いスマホを握り直す。
「帰すアオイを選ぶんじゃない」
白い仮面たちが、杖を上げる。
「四十七全部を――」
俺は、霧の奥に浮かぶ青い光を見る。
「一人のアオイへ戻す方法を探す」
今のアオイが。
ゆっくり顔を上げた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




