第64話 名前を呼んだ人
六本目の青い道の先で。
仮面の男が、アオイを見ていた。
「まだ、帰っていないのか」
掠れた声。
白い仮面の下から覗く目は、冷たくなかった。
だが。
男の周囲へ集まる白い光には、容赦がない。
腕。
足。
首元。
白い線が、次々と身体へ絡みついていく。
「制御者の異常を確認」
どこからともなく、平らな声が響いた。
「対象を回収します」
「回収?」
アオイの顔が強張る。
「この人を?」
白い光が、仮面の男の身体を引きずる。
倒れた石柱の方へ。
床の記号が、男の足元で白く輝いた。
「待て!」
俺は六本目の青い道へ走った。
「アオイ!」
「行く!」
アオイが俺より先に、一歩を踏み出す。
青い道が揺れる。
白い霧と、東の山の地下。
二つの場所をつなぐ、足場のない光の道。
「危ない!」
「ひとりじゃない!」
アオイが振り返る。
「スズキがいる!」
その言葉を聞いたら。
もう止められなかった。
「霧の鈴木!」
『いる!』
「セナ、ユラを頼む!」
「うん!」
セナがユラの手を握る。
ユラは不安そうに青い道を見る。
「スズキ」
「大丈夫だ」
「ほんと?」
「……行って、帰ってくる」
絶対とは言えない。
でも。
戻るつもりで行く。
ユラは少し黙ってから、頷いた。
「まってる」
「ああ」
俺とアオイ。
そして霧の鈴木。
三人で六本目の道へ踏み込んだ。
青い光が足元に広がる。
その下には、白い霧しかない。
落ちたらどこへ行くのか。
それすら分からない。
それでも。
引き返す理由にはならなかった。
東の山の地下へ出る。
空気が重い。
さっきまで俺たちがいた場所。
倒れた石柱。
散らばった白い石。
崩れかけた床の記号。
その中央で。
仮面の男は、白い光に引きずられていた。
身体の半分が、床へ沈みかけている。
「アオイ!」
男が叫んだ。
驚いたような声だった。
「来るな!」
「どうして!」
アオイが走る。
「また、置いていくの?」
男の動きが止まった。
白い光が、首元へ巻きつく。
「私は……」
声が途切れる。
「私は、お前を置いていない」
「でも、戻らなかった」
「戻れなかった」
その言葉に。
霧の鈴木が低く言った。
『便利な言葉だな』
男がこちらを見る。
仮面の額には、もう「鈴木」の文字はない。
代わりに。
青い文字で――
アオイ。
その名前が揺れている。
「あなたは……」
男が霧の鈴木を見る。
「未選択領域に残った反応」
『ああ』
「あなたが、彼女を――」
『違う』
霧の鈴木の声が硬くなる。
『俺は助けようとした。門が俺を切った』
「それは知っています」
『知ってたのか』
「記録としては」
霧の鈴木が拳を握る。
『記録……』
「記録じゃない」
俺は二人の間へ入った。
「アオイは今ここにいる」
アオイを見る。
「お前もここにいる」
仮面の男を見る。
「だったら、昔の記録じゃなくて、今の話をしろ」
仮面の男は黙った。
白い光が、さらに強くなる。
「回収まで、残り三十秒」
冷たい声が地下へ響いた。
「AI」
『はい』
「白い線を止められるか」
『六本目の経路を維持するには、アオイ氏の反応が必要です』
「また子どもか」
『この経路は、アオイ氏が自身の名前を取り戻したことで形成されています』
「だからって、アオイにやらせる必要は――」
「やる」
アオイが言った。
「アオイ」
「わたしが決める」
小さな声。
でも。
震えていなかった。
「この人が」
仮面の男を見る。
「わたしの名前を呼んだ人なら」
一歩、前へ出る。
「わたしが、聞く」
俺はアオイを見る。
止めたい。
でも。
ここまで来て、アオイ自身の意思まで奪ったら。
白い側と同じになってしまう。
「……分かった」
俺は言った。
「でも、無理だと思ったらすぐやめろ」
「うん」
「怖かったら言え」
「うん」
「一人でやろうとするな」
アオイが、ほんの少し笑った。
「スズキもね」
「……それは努力する」
霧の鈴木が横から言う。
『そこは約束しろよ』
「うるさい」
アオイが、青い道の中央へ立つ。
胸へ手を当てる。
そして。
「アオイ」
自分の名前を、ゆっくり口にした。
青い光が。
足元から広がる。
六本目の道が、一気に太くなった。
白い線が。
一瞬だけ緩む。
「今だ!」
霧の鈴木が仮面の男の腕を掴む。
俺は男の足を掴んだ。
「引け!」
『分かってる!』
白い光と。
俺たちの手が。
男の身体を挟んで引っ張り合う。
「ぐっ……!」
床へ沈んでいた身体が。
少しずつ抜けてくる。
「もう少しだ!」
そのとき。
男の首元が強く光った。
「離せ!」
仮面の男が叫ぶ。
「そこには触れるな!」
「何だ!」
俺は首元を見る。
白い服の者たちと同じ場所。
制御用の石があると思っていた。
だが。
違った。
「……何だ、これ」
白い石ではない。
黒い。
小さな黒い板のようなものが、男の皮膚へ埋め込まれている。
薄い。
四角い。
画面らしきものまである。
見覚えがあった。
俺のスマホ。
霧の鈴木のスマホ。
ミナが持っていた三台目の端末。
形が似ている。
「……スマホ?」
その瞬間。
男の首元から。
着信音が鳴った。
ぴりりりり。
俺の黒いスマホも震える。
霧の鈴木の白いスマホも。
そして。
六本の経路の向こう。
未選択領域に残した三台目の端末まで。
同時に反応した。
「何だ、これ」
俺は男の首元を見る。
埋め込まれた黒い端末の画面に。
文字が浮かんでいる。
『着信:鈴木』
「……また俺かよ」
『違う』
仮面の男が言った。
苦しそうな声だった。
「それは、あなたではない」
「じゃあ誰だ」
男は答えない。
白い光が、再び身体を引きずり始める。
「回収まで、残り十五秒」
「時間がない!」
俺は男をさらに引く。
「お前は誰だ!」
仮面の下。
割れた隙間から、男の顔が少し見えた。
鈴木ではない。
知らない男だ。
年齢も分からない。
ただ。
疲れ切った、人間の顔だった。
「名前を言え!」
今度は。
アオイが叫んだ。
男の目が、アオイを見る。
揺れる。
「私は……」
首元の黒い端末が、強く白く光った。
「私は、門の――」
ざっ。
声がノイズに変わった。
「何だ!」
次の瞬間。
白い光が爆ぜる。
ばきんっ!
仮面が大きく割れた。
白い破片が床へ飛び散る。
そして。
男の顔が、完全に露わになった。
知らない男だった。
俺でもない。
霧の鈴木でもない。
案内人としてしか知らなかった。
一人の人間。
その首元に埋め込まれた黒い端末だけが。
不自然なほど明るく光っている。
「AI」
俺は自分のスマホを見る。
「同じものなのか」
『完全一致ではありません』
「じゃあ何だ」
『私と同系統の処理構造を検出しています』
「こいつにもAIがいるのか」
『その可能性があります』
男の首元の画面に。
新しい文字が表示された。
『新規接続対象を確認』
その直後。
着信表示が変わる。
『着信:鈴木』
その文字が消え。
一文字ずつ。
別の名前へ書き換わっていく。
ア。
オ。
イ。
アオイが息をのむ。
男も。
その表示を見て、目を見開いた。
『着信:アオイ』
地下に。
もう一度。
着信音が鳴り始めた。
ぴりりりり。
ぴりりりり。
そして。
アオイの胸元からも。
同じ着信音が鳴った。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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