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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第59話 霧の中の鈴木

 ぴりりりり。


 ぴりりりり。


 白い霧の向こうで鳴る着信音と、俺の手の中で鳴る着信音が重なっていた。


 画面に表示された名前は、どちらも同じ。


 鈴木。


「……また俺かよ」


 俺は黒いスマホを見下ろした。


 画面には細かなひびが入っている。


 ほとんど何も映らないはずなのに、着信表示だけが白く浮かんでいた。


「出るの?」


 ユラが、小さく聞いた。


「分からん」


「でも、出る?」


「……たぶんな」


 セナが俺の服の裾をつかむ。


「気をつけて」


「ああ」


 俺は通話ボタンへ指を置いた。


 少しだけ迷う。


 これまで、門の向こうから来たものに、まともなものはほとんどなかった。


 白い服。


 案内人。


 子どもを選ばせる仕組み。


 帰還を餌にして、誰かを置いていかせる門。


 それでも。


 霧の向こうにいる人影は、俺と同じスマホを持っている。


 そして、鈴木という名前を使っている。


「……出るぞ」


 指を押した。


 ぴ。


 着信音が止まる。


 同時に。


 霧の向こうの着信音も止まった。


「もしもし」


 雑音。


 ざああああ。


 だが、前より近い。


 遠い世界から届く音ではない。


 すぐ目の前。


 霧の向こうで、誰かが息をしている。


 そんな音だった。


『……出たか』


 俺の声だった。


 間違いない。


 少し疲れている。


 少しかすれている。


 それでも、自分の声だと分かる。


「お前は誰だ」


『分かってるだろ』


「分からないから聞いてる」


『鈴木だ』


「俺も鈴木だ」


『だから困ってる』


「俺だって困ってるよ」


 ユラが不安そうに俺を見る。


 セナも、青い服の少女も黙っていた。


 霧の向こうの人影は動かない。


 顔はまだ見えない。


 ただ、手にしたスマホの白い画面だけが、ぼんやり浮かんでいる。


「近づいていいか」


『来るな』


「何で」


『俺に触れると、今のお前まで未選択になる』


「未選択って何だ」


『どこにも固定されなくなる』


「分かるように言え」


『帰る場所がなくなる』


 ユラが、俺の手を強く握った。


「だめ」


「まだ行かない」


 俺は霧の向こうを見た。


「お前は、ここにいるのか」


『いる』


「どれくらい」


『分からない』


「お前も分からないばっかりだな」


『お前のAIよりはマシだ』


「聞こえてるぞ」


 黒いスマホに文字が浮かぶ。


『比較基準が不明です』


「今は黙ってろ」


『了解しました』


 霧の向こうから、小さな笑い声がした。


『……変わってないな』


「何が」


『そういうところだ』


「俺を知ってるのか」


 返事がない。


「俺がここへ来たことがあるのか」


 少し間があった。


『ある』


 背中が冷えた。


「いつだ」


『お前が、まだ帰ることしか考えてなかった頃だ』


「そんな記憶はない」


『だろうな』


「どういう意味だ」


『その記憶を持ってるのは、俺だからだ』


 俺は言葉を失った。


 白い霧が、ゆっくり流れる。


 青い服の少女が、俺と人影を交互に見ていた。


「俺とお前は、別れたのか」


『たぶん』


「たぶん?」


『俺にも全部は残ってない』


「じゃあ、何を覚えてる」


 人影のスマホが白く明滅した。


『帰りたかった』


「……ああ」


『何でもいいから、元の世界へ帰りたかった』


「それは分かる」


 異世界へ来たばかりの頃。


 森。


 火もない。


 食べ物もない。


 何が安全かも分からない。


 スマホだけを握って、歩いていた。


 あの頃なら。


 帰れると言われれば、飛びついていたかもしれない。


『そのとき、門が出た』


「北の森の門か」


『違う』


「じゃあ、どこだ」


『覚えてない』


「またか」


『ただ、白かった』


 俺は青い服の少女を見る。


 少女の肩が、小さく揺れた。


『そこに、この子がいた』


 霧の向こうの鈴木が言った。


 少女が目を伏せる。


「この子を知ってるのか」


『知ってる』


「名前は」


『分からない』


「本人も忘れてる」


『……そうか』


 その声が、少しだけ沈んだ。


 少女が口を開いた。


「その人」


 俺は少女を見る。


「一度、わたしを助けようとした」


「本当に?」


 少女は頷いた。


「手を、つないでくれた」


 霧の向こうの人影の手が、わずかに動いた。


『やめろ』


「どうして」


『その話をするな』


「聞かせてくれ」


 少女は少し迷った。


 それから、自分の手を見る。


「わたし、ここで、ずっと泣いてた」


「一人で?」


「うん」


「そこへ、鈴木が来た」


 少女は人影を見る。


「この人が来た」


「それで?」


「帰ろうって言った」


 胸が詰まった。


「どこへ」


「分からない」


「でも、そのあと」


 少女の声が小さくなる。


「その人、いなくなった」


 俺は人影を見る。


「お前が置いていったのか」


『違う』


「じゃあ、何があった」


『助けようとした』


「それで」


『門が開いた』


「それで?」


『一人しか通れなかった』


 白い霧の流れが止まったように感じた。


「……誰が通った」


 人影は答えない。


「誰だ」


『今のお前だ』


 呼吸が止まる。


「俺?」


『そうだ』


「でも俺は、ここに来た記憶がない」


『だから言っただろ』


 人影の声が少し荒くなる。


『その記憶は俺に残った』


「じゃあ、お前は」


『お前が帰るために、ここへ残った』


 ユラが、俺の手を強く握る。


 セナが青い服の少女を見る。


 少女は何も言わない。


「待て」


 俺は頭を押さえた。


「俺が帰った。お前が残った。だったら、この子は?」


『……』


「この子も残ったのか」


『助けられなかった』


「置いていったんだろ」


『違う!』


 霧が大きく揺れた。


『俺は最後まで手を伸ばした!』


「でも、この子はここにいる!」


『分かってる!』


 自分の声で怒鳴られる。


 気持ちの悪い感覚だった。


『分かってるから、俺はここにいる!』


「どういう意味だ」


『俺は帰れなかった』


「それは聞いた」


『違う』


 人影が一歩だけ動いた。


 霧の中から、身体の輪郭が少し見える。


 俺と同じくらいの身長。


 同じような体格。


『帰らなかったんじゃない』


「……」


『帰れなかったんだ』


「今の俺を帰すために?」


『そうだ』


「誰が決めた」


『門だ』


「また門かよ」


『俺だってそう思った』


 俺は黒いスマホを見る。


「AI」


『はい』


「こいつの話と、俺の記録を比べられるか」


『照合可能な範囲で実行します』


「頼む」


 画面に文字が流れる。


 北の森の門。


 帰還経路。


 接続対象。


 残留反応体。


 未選択領域。


 いくつもの言葉が並ぶ。


『照合結果』


「どうだ」


『霧の中の人物の発言と、現在保持している門の記録には、部分的な整合性があります』


「部分的?」


『はい』


「どこが合ってる」


『接続対象が複数の反応へ分岐する現象は、すでに確認されています』


 俺自身が、いくつもの世界へ分かれかけた。


「じゃあ、こいつも俺から分かれた可能性がある」


『あります』


「俺本人なのか」


『断定できません』


「じゃあ、こいつの記憶は本物か」


『断定できません』


「何なら断定できる」


 少し間があった。


『三者の記憶が一致していません』


「三者?」


『現在の鈴木氏』


 文字が出る。


『未選択領域の鈴木反応』


 そして。


『青い服の少女』


 俺は少女を見る。


「この子の記憶も?」


『はい』


「どこが違う」


『霧の鈴木反応は、「少女を助けようとしたが間に合わなかった」と認識しています』


「少女は?」


『少女本人へ確認が必要です』


 俺は、しゃがんだ。


 青い服の少女と目線を合わせる。


「無理に答えなくていい」


 少女は俺を見る。


「でも、覚えてるなら教えてほしい」


「……うん」


「あのとき、この鈴木はお前を助けようとした?」


「うん」


「手をつないだ?」


「うん」


「それから?」


 少女の目に、涙が溜まる。


「白いの、出た」


「門?」


「たぶん」


「それで」


「この人、わたしの手、つないでた」


 人影が動かなくなる。


「でも」


 少女の声が震える。


「急に、手がなくなった」


「なくなった?」


「うん」


「離したんじゃなくて?」


 少女は、少し考えた。


「分からない」


「そのあと?」


「ひとりだった」


 涙が落ちる。


「ずっと」


 俺は何も言えなかった。


 少女にとって。


 意図的だったかどうかなんて関係ない。


 手をつないでいた人間が消えた。


 自分だけ残された。


 それが、この子の記憶だ。


「……ごめん」


 口から出た。


『謝るな』


 霧の鈴木が言う。


「俺の顔で言うな」


『お前のせいじゃない』


「お前のせいでもないって言うのか」


『分からない』


「じゃあ謝ってもいいだろ」


『……』


 青い服の少女が、俺を見る。


「スズキ」


「ん?」


「あなたも、いなくなる?」


 胸が痛んだ。


「分からない」


 嘘はつけなかった。


「でも」


 俺は少女へ手を出す。


「勝手にはいなくならない」


「ほんと?」


「もし離れるなら、ちゃんと言う」


「……うん」


「それに」


 俺は霧の向こうの人影を見る。


「こいつも連れていく」


『は?』


「お前だよ」


『俺は無理だ』


「何で」


『俺は未選択だ』


「だから何だ」


『外へ出れば、今のお前と重なる』


「重なったら」


『どっちかが消えるかもしれない』


「また“かもしれない”か」


『お前のAIみたいに言うな』


「似てきたんじゃないか」


 ユラが、ほんの少しだけ笑った。


 セナも、緊張が少し抜けたように見える。


 だが。


 次の瞬間。


 霧の鈴木が、急に顔を上げた。


『まずい』


「何だ」


 遠くから鈴の音。


 ちりん。


 ちりん。


 青い服の少女の顔が青ざめる。


「来た」


「白い奴らか」


 少女が頷く。


 白い霧の奥に、人影が浮かび始める。


 一人。


 二人。


 三人。


 白い仮面。


 白い服。


 その手には、細い杖。


『鈴木』


 霧の鈴木が言った。


『今すぐ戻れ』


「お前たちは」


『残る』


「却下」


『馬鹿か!』


「それ、さっきも言われた」


『今度は本当にまずい!』


「いつもまずいんだよ」


 俺はユラの手を握り直した。


「AI」


『はい』


「出口は」


『現在、未選択領域と東の山地下の接続は不安定です』


「戻れるか」


『可能性はあります』


「全員で?」


 返事が止まった。


「AI」


『……現在の接続出力では、四名まで』


 俺。


 ユラ。


 セナ。


 青い服の少女。


 四人。


 霧の鈴木を入れれば、五人。


 まただ。


 また一人足りない。


『だから言っただろ』


 霧の鈴木が言う。


『俺を置いていけ』


「嫌だ」


『俺は最初から、残った方だ』


「それを理由にするな」


『じゃあどうする』


「考える」


『時間がない』


 白い仮面たちが近づく。


 杖の先が光る。


 青い服の少女が俺の服をつかむ。


「こわい」


「大丈夫だ」


『大丈夫じゃない!』


「お前はどっちの味方だ!」


『現実の味方だ!』


 その言葉に。


 俺は一瞬だけ笑った。


「じゃあ、現実的に考える」


『何を』


「五人で帰る方法だ」


『ない』


「ないなら作る」


『……お前、そればっかりだな』


「最近よく言われる」


 俺は黒いスマホを見る。


「AI」


『はい』


「俺と霧の鈴木。同じ接続対象として扱われてるか」


『解析します』


 白い仮面たちが、さらに近づく。


 残り二十歩。


 十五歩。


『解析結果』


「早く」


『現在の鈴木氏と未選択領域の鈴木反応は、異なる個体として認識されています』


「駄目か」


『ただし』


「ただし?」


『接続識別情報の基底部分は一致しています』


 俺は霧の鈴木を見る。


「同じ鈴木なら」


『何を考えてる』


「一人分として通れるかもしれない」


『やめろ』


「まだ何もしてない」


『顔で分かる』


「俺の顔だからな」


 白い仮面の一人が杖を上げた。


「未選択対象を回収します」


 青い服の少女が震える。


「いや」


「大丈夫だ」


 俺は一歩、少女の前へ出た。


「もう一人にはしない」


 霧の鈴木が、俺を見ている。


『本当にやるのか』


「お前ならどうする」


 少し間があった。


『……たぶん、やる』


「だろ」


『だから困ってる』


 俺はスマホを握った。


「AI」


『はい』


「二人の鈴木を、一つの接続対象として出口へ通す」


『重大な危険があります』


「具体的に」


『記憶情報の混合、人格情報の競合、一方または双方の反応消失』


「成功率」


『推定三十一パーセント』


「低いな」


『推奨しません』


「でも、五人で帰れる可能性はある」

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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