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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第58話 選ばれなかった場所

 白い光の中から、ユラの手が伸びていた。


 俺の足元には、転がる杖。


 どちらか一つ。


 そう見えた。


 仮面の男が叫ぶ。


「触るな!」


 ユラが泣きそうな声で言う。


「鈴木」


 俺は息を吸った。


 そして――杖を掴んだ。


 同時に。


 もう片方の手で、ユラの手を掴む。


「二つとも、取る」


 白い光が爆ぜた。


 床に刻まれた記号が、激しく回り始める。


 ユラの首元の石。


 俺が握った杖。


 二つの白い光がぶつかった。


 ごおおおん!


 地下空間そのものが震える。


「鈴木!」


 ゴウダが叫ぶ。


 仮面の男が、こちらへ走った。


「戻せ!」


「戻さない!」


 男の手が杖へ伸びる。


 だが、その足を。


 床に倒れていたハルキが掴んだ。


「……どこへ行く気だ」


「離せ!」


「嫌だ」


 仮面の男が足を振り払おうとする。


 ハルキは傷ついた腕で、それでも離さない。


「お前……さっきから偉そうに言ってるけどな」


「離しなさい!」


「子どもを部品扱いするやつの命令なんか、聞くかよ」


 ゴウダが短槍を拾った。


 仮面の男の腕へ振るう。


 がきんっ。


 男の腕が弾かれる。


「杖は渡さん!」


「あなたたちは理解していない!」


 仮面の男の声が荒れた。


「未選択領域は、何も残らない場所です!」


「残ってる」


 俺は言った。


 白い霧の中で見た少女。


 一人で。


 誰にも選ばれず。


 誰にも迎えに来てもらえず。


 それでも、そこにいた。


「子どもが一人」


「それは残ったのではない!」


 男の仮面に、黒い文字が浮かんだ。


 知らない駅名。


 その下に。


 鈴木。


 文字が歪む。


「捨てられたのです!」


「だったら、なおさらだ」


 俺はユラの手を握り直した。


「助けに行く」


「鈴木……」


 ユラの手が震えている。


「だめ」


「何が」


「わたし、こわれる」


「壊させない」


「でも、石が……」


 ユラの首元を見る。


 白い石には、大きな亀裂が入っていた。


 半分近く割れている。


 その隙間から、白い光が漏れ続けていた。


「AI」


『はい』


 黒いスマホの画面に文字が出る。


「杖とユラの石。この二つを使って接続を逆にできるか」


『理論上は可能です』


「成功率は」


『推定十五パーセントです』


「下がってるじゃないか」


『複数対象の同時保持により、接続負荷が増大しています』


「どうすれば上がる」


『一方を手放してください』


「却下」


『成功率を上げるための提案です』


「ユラを離せってことだろ」


『はい』


「それはやらない」


『では杖を――』


「それも離さない」


 少し間があった。


『……了解しました』


「諦めるの早いな」


『マスターの意思決定傾向を学習しています』


「今それ言うか」


 俺は杖の先端を、床の記号へ向けた。


 杖から白い線が伸びる。


 ユラの首元からも、白い線。


 二つの光が床の上で絡み合った。


 その間に。


 細い青い光が、一瞬だけ走った。


「……青?」


 ゴウダが呟く。


 俺には分かった。


「マリだ」


 遠い拠点。


 岩と倒木。


 そこで待っているマリ。


 ひびの入った石を通して。


 あの子が、まだ俺たちを繋いでいる。


「マリ……」


 青い線は、すぐに消えた。


 だが。


 杖の先端が震える。


 床の記号の回転が遅くなった。


「何をした!」


 仮面の男が叫ぶ。


「俺じゃない」


 俺は答えた。


「マリだ」


「繋ぐ者……」


 仮面の男の声が低くなる。


「なぜ、ここまで……」


「知らない」


 俺は杖を床へ押しつけた。


「でも、あの子は俺が一人だって言った」


 五つに分かれかけた俺を。


 マリは、一人だと言った。


 だから。


「俺は一人でいい」


 白い記号の回転が止まる。


「でも」


 俺はユラの手を握る。


「帰る道は、一つじゃなくていい」


 杖をひねった。


 床の記号が。


 ゆっくり。


 逆方向へ回り始める。


「やめろ!」


 仮面の男が叫ぶ。


「そこは帰る場所ではない!」


「知ってる!」


「そこへ行けば、戻る道を失う!」


「それでも!」


 俺はユラの手を離さない。


「置いていかれた子がいる!」


 次の瞬間。


 床の記号が、黒く沈んだ。


 白い光。


 マリから届いた青い光。


 そして。


 俺のスマホの黒い画面。


 三つが、一つに重なる。


 足元が消えた。


「落ちるぞ!」


 ゴウダが叫ぶ。


 俺はユラを引き寄せた。


 ハルキがゴウダの腕を掴む。


 セナが俺の服へしがみついた。


 仮面の男だけが、俺の手にある杖へ腕を伸ばしていた。


「鈴木!」


 男が叫ぶ。


 初めてだった。


 命令でもない。


 管理対象を呼ぶ声でもない。


 俺自身を呼ぶような声だった。


 その声が聞こえた直後。


 全員の足元が、黒い光に飲み込まれた。


     ◇


 冷たい。


 最初に感じたのは、それだった。


 次に。


 音がない。


 目を開ける。


「……ここは」


 白い霧。


 どこまでも。


 上も下も分からない。


 空があるのかさえ分からない。


 地面はある。


 足は何かに触れている。


 でも。


 土でもない。


 石でもない。


 水でもない。


 踏んでいるという感覚だけがあった。


「ゴウダ!」


 俺は叫んだ。


 返事はない。


「ハルキ!」


 何も聞こえない。


「ユラ!」


 手の中に、小さな感触があった。


「……いる」


 すぐそば。


 俺は息を吐いた。


「よかった」


 ユラの手は冷たい。


 でも、ちゃんと握り返してくる。


「セナ!」


「ここ」


 少し後ろから声がした。


 振り返る。


 白い霧の中に、セナが立っていた。


 俺。


 ユラ。


 セナ。


 三人。


「ゴウダは?」


 返事がない。


「ハルキ!」


 やはり、返事はない。


「……一緒に落ちたはずだろ」


 俺はスマホを見る。


 画面は黒いまま。


「AI」


 数秒後。


 白い文字が浮かんだ。


『未選択領域への移動を確認』


「全員は」


『確認中です』


「急げ」


『通信条件が不安定です』


「それはもう聞き飽きた」


『事実です』


「ゴウダとハルキを探せ」


『対象情報を検索します』


 白い点が二つ、画面に浮かぶ。


「いるのか」


『反応は存在します』


「どこだ」


『現在地とは異なる接続層に分離された可能性があります』


「生きてる?」


 少し間があった。


『生命反応に相当する情報は継続しています』


 完全には安心できない。


 でも。


 消えてはいない。


「分かった」


 今は、それでいい。


「まず、ここにいる三人で動く」


「鈴木」


 ユラが俺の手を強く握った。


「ここ、こわい」


「俺も怖い」


「帰れる?」


 答えられなかった。


 ここは。


 選ばれなかった場所。


 帰る先を失ったものが残る場所。


 俺自身が、ここへ来ることを選んだ。


「帰る道を探す」


 俺は言った。


「なかったら?」


「作る」


 ユラが、少しだけ俺を見る。


「また?」


「ああ。まただ」


 セナが、小さく笑った。


「鈴木、そればっかり」


「俺もそう思う」


 そのとき。


 ユラが霧の奥を指した。


「鈴木」


「何だ」


「あの子」


 白い霧の中。


 薄い青の服を着た少女が立っていた。


 ミナによく似ている。


 だが。


 コンビニ前へ飛ばされたミナではない。


 別の日本で見た少女とも違う。


 少し年上に見える。


 ずっと一人でいた。


 最初に置いていかれた、と言っていた少女。


「大丈夫か」


 俺はゆっくり近づいた。


 少女は逃げない。


 ただ。


 俺たちの顔を順番に見る。


 俺。


 ユラ。


 セナ。


 そして最後に。


 俺の手にある黒いスマホを見た。


「……それ」


 初めて。


 直接、声が聞こえた。


 文字じゃない。


 門を介した通信でもない。


 少女自身の声だった。


「これか」


 俺はスマホを少し持ち上げる。


 少女が頷く。


「前にも……同じの、あった」


 背中に冷たいものが走った。


「同じスマホ?」


「名前、知らない」


「どこで見た」


「ここ」


「誰が持ってた」


 少女の表情が強張った。


「わたしを、ここに置いた人」


 ユラが、一歩前へ出る。


「白い人?」


「ちがう」


 少女は首を横に振った。


「白い服じゃなかった」


「仮面は?」


「なかった」


 俺は息を止める。


「普通の人間だった?」


 少女は少し考えた。


「たぶん」


「男?」


「うん」


「どんな人だった」


 少女は、俺を見る。


 その視線が。


 妙に怖かった。


「おじさん」


「……俺くらい?」


 少女は答えない。


 代わりに。


 俺のスマホを指した。


「それ、持ってた」


「しゃべった?」


「うん」


「AIが?」


 少女には意味が分からないらしい。


 でも、頷いた。


「女の人みたいな声」


 俺は黒いスマホを見る。


「AI」


『はい』


「お前と同じものが、前にもここに来た可能性は」


『否定できません』


「記録は」


『現在の端末内には存在しません』


「門側には?」


『未選択領域に残留情報が存在する可能性があります』


「探せ」


『検索を開始します』


 少女が、少し後ろへ下がった。


「どうした」


「来る」


「誰が」


 白い霧の向こう。


 ちりん。


 鈴の音がした。


 ユラの手が強くなる。


「白い人?」


 少女は首を横に振る。


「ちがう」


 ちりん。


 また。


 少し近い。


「わたしを置いていった人」


 セナが俺の服を掴んだ。


「鈴木」


「ああ」


「何かいる」


「分かってる」


 白い霧が、ゆっくり割れていく。


 向こうに。


 人影。


 一人。


 その手に。


 小さな黒い光。


「スマホ……」


 俺と同じ形。


 画面だけが白く光っている。


 ぴりりりり。


 着信音。


 俺の黒いスマホも。


 同時に震え始めた。


「またかよ」


 画面を見る。


 着信。


 発信者名は。


 鈴木。


 俺は、少女を見る。


「さっき、名前を忘れたって言ったな」


「うん」


「自分の名前は、まだ思い出せない?」


 少女は首を横に振った。


「でも」


 震える声。


「置いていった人の名前は……思い出した」


 俺の喉が鳴った。


「誰だ」


 少女の目から、涙が落ちる。


「……鈴木」


 ぴりりりり。


 霧の中の人影が、一歩近づく。


 俺のスマホは鳴り続ける。


 画面には。


 ただ一つ。


 俺と同じ名前が表示されていた。


 鈴木。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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