第57話 選ばれた子
白い線が、俺たちの身体へ絡みついていた。
俺の腕。
ユラの首元。
ハルキの足。
ゴウダの短槍。
セナの足首。
床に刻まれた記号が、ゆっくり回っている。
逃げようとしても、足が動かない。
「……くそ」
俺は白い線を掴んだ。
冷たい。
でも、触れた場所から手の感覚が薄くなる。
「触るな」
仮面の男が言った。
「接続が深くなる」
「じゃあ、外せ」
「できません」
「できないんじゃなくて、外す気がないんだろ」
男は答えない。
白い仮面に浮かんでいた、知らない駅名。
その下の小さな文字。
鈴木。
文字はまだ残っている。
「お前は、誰なんだ」
「案内人です」
「またそれか」
「それ以外ではありません」
「じゃあ何で、鈴木って出てる」
仮面の男の杖が、わずかに揺れた。
「残留情報です」
「便利な言葉だな」
「事実です」
俺の黒いスマホが、かすかに震える。
画面は暗い。
でも、一行だけ文字が出た。
『未選択領域:接続維持』
「AI」
『はい』
「さっきの電話の相手と話せるか」
『通話は不安定です』
「繋げ」
『接続を試みます』
画面に小さな白い点が浮かぶ。
雑音。
ざああああ。
『……鈴木』
電話の向こうの俺の声だった。
「聞こえるか」
『少しだけ』
「杖は何だ」
少し間があった。
『壊すな』
「それは聞いた」
『あれは、戻る道だ』
「何の」
『最初に、誰かを帰すために作られた道』
俺は仮面の男を見る。
男は動かない。
でも、杖を握る指に力が入っている。
「誰を帰した」
『分からない』
「分からない?」
『俺は……帰れなかった方だから』
雑音が強くなる。
『でも、あれを壊したら』
声が途切れそうになる。
『戻る道じゃなくなる』
「どういう意味だ」
『帰りたいって願った人を、一人だけ残す道になる』
胸が重くなる。
ユラに触れれば、鈴木が望んだ世界だけが残る。
杖を壊せば、その選別の仕組みそのものが強くなる。
壊すのは駄目だ。
でも。
「なら、奪う」
俺は言った。
「仮面の男から、杖を奪う」
「無理だ」
ゴウダが低く言う。
「俺たちは繋がれてる」
「分かってる」
「分かってない顔をしてる」
「分かってる」
ゴウダは短槍を見る。
白い線が、柄の途中に絡んでいる。
「これを投げても届かん」
「届かせる」
「どうやって」
俺はスマホを見る。
「AI。白い線は何に繋がってる」
『床面記号、ユラ氏の首元の石、仮面の男が保持する杖に接続しています』
「全部が一つの輪か」
『その可能性があります』
「杖を動かせば、線も動く」
「だから何だ」
ゴウダが言う。
「杖を動かした瞬間、記号の向きを変える」
「誰が」
「俺が」
「お前は床に縛られてる」
「スマホは動く」
俺は黒いスマホを床へ向ける。
「AI。床の記号を映せ」
『表示します』
画面に、複雑な白い線が浮かぶ。
中央にユラ。
その周囲を俺たちの線が回っている。
そして、一番外側に杖の反応。
「……分からん」
ゴウダが言った。
「俺も半分しか分からん」
「半分でやるのか」
「全部分かるまで待ってたら、ユラが先に壊れる」
ユラの首元の白い石が、小さく鳴った。
ぴしっ。
細いひび。
「ユラ?」
ユラが自分の首元を押さえる。
「鈴木」
声が震えていた。
「わたし、もう……選ばれちゃった」
「何が」
「わたしの中で、道が、ひとつ、光ってる」
仮面の男が、初めて顔を伏せた。
「遅すぎた」
「何だと」
「ユラは、すでに接続先を選び始めている」
「ユラが?」
「いいえ」
仮面の男は顔を上げる。
「あなたが、彼女を通して選び始めている」
俺の頭に、一瞬だけ映像が流れ込む。
日本の道路。
ミナ。
警察車両。
コンビニの看板。
白い光。
俺の心臓が跳ねた。
「……日本側か」
「あなたは帰りたい」
「帰りたいに決まってる」
「ならば、門は最短の願いを選びます」
「でも、そこにミナがいる」
「だからこそです」
仮面の男の声が静かになる。
「あなたは、ミナを救うためなら、他を捨てる」
「捨てない」
「口では」
「俺は」
言葉が続かない。
ミナの顔が浮かぶ。
日本側で泣いていた顔。
俺に「くる?」と聞いた声。
今すぐ行けるなら。
俺は行きたい。
それが、本当だ。
「鈴木」
ユラが小さく言う。
「わたし、いや」
俺を見る。
「ひとつだけ、いや」
「分かってる」
「でも、石、われる」
「割らせない」
「どうやって」
俺は黒いスマホを強く握った。
「AI」
『はい』
「杖を壊さず、接続の向きを逆にできるか」
『理論上は可能です』
「成功率」
『推定十八パーセントです』
「低いな」
『成功した場合、接続対象全員が未選択領域へ移動する可能性があります』
「……全員?」
ゴウダが眉をひそめる。
「霧の場所か」
「たぶん」
「そこに行けば、戻れるのか」
「分からない」
「またか」
「でも」
俺は仮面の男を見る。
「一つだけ選んで、他を消すよりはましだ」
「未選択領域は、戻れない者が残る場所です」
仮面の男が言った。
「そこへ全員を送るのですか」
「送るんじゃない」
俺は答える。
「そこにも、置いていかれた子がいる」
「だから?」
「だから、助けに行く」
ゴウダが短槍を握る。
「作戦は」
「杖を動かす」
「誰が」
「お前が投げる」
「届かんと言った」
「届くようにする」
俺は床の記号を見る。
「AI。ユラの石が割れる前に、白い線を杖へ寄せろ」
『出力が不足しています』
「マリの石の反応を借りられないか」
『拠点側の補助反応を確認』
遠く。
ずっと遠い場所。
青い光が一瞬だけ、石床に落ちた。
マリだ。
俺の姿は見えていないはずなのに。
それでも、石を握っている。
『補助反応、接続』
白い線が、わずかにゆるむ。
「今だ!」
ゴウダが短槍を振る。
白い線が槍の柄から滑る。
ゴウダは短槍を投げた。
まっすぐ。
仮面の男の杖へ。
だが。
仮面の男は避けなかった。
短槍が杖に当たる。
がきんっ。
杖は折れない。
でも。
仮面の男の手から、杖が弾かれた。
床の上を滑っていく。
「鈴木!」
ユラが叫ぶ。
杖が、俺の足元へ転がってきた。
掴めばいい。
接続を逆にするなら、今しかない。
俺は手を伸ばした。
その瞬間。
ユラの首元の石が、ぱきん、と大きく割れた。
白い光が、ユラの身体を包む。
仮面の男が、初めて叫んだ。
「触るな!」
俺の指先と。
転がる杖。
その間に。
白い光の中から伸びた、小さなユラの手があった。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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