第54話 五つに分かれる光
ユラの手を掴んでいた俺の指先が、白い光に透け始めた。
痛みはない。
その代わり。
自分の手が、自分のものではなくなるような気持ち悪さがあった。
「鈴木!」
ゴウダが叫ぶ。
「手を離すな!」
「離してない!」
ユラの腕を掴む手に力を入れる。
でも、指先の感覚が薄い。
白い光が、腕を登ってくる。
手首。
肘。
肩。
俺の身体を、五つの方向へ引っ張っている。
「AI」
『接続対象の分岐を確認』
「止めろ!」
『停止手段を検索中』
「検索じゃなくて、今すぐ!」
『現在、利用可能な出力が不足しています』
「役に立て!」
『努力します』
「……珍しく素直だな」
『緊急時です』
次の瞬間。
視界が、ぶれた。
東の山の地下。
ユラ。
ハルキ。
ゴウダ。
セナ。
仮面の男。
その景色が、白く溶ける。
代わりに。
コンビニ前の道路が見えた。
赤い警光灯。
警察車両。
規制線。
白い門。
そして、ミナ。
「ミナ!」
声は出た。
でも、俺の身体は東の山にある。
ミナの方へ走れない。
ただ、目だけが向こうにある。
スマホを持った男が、ミナのそばにいた。
画面に文字が浮かぶ。
『鈴木?』
「聞こえるか」
『文字が出た』
「ミナを門から離してくれ」
『警察が動かしてる』
「もっと遠くへ。門が暴走してる」
『何が起きてる』
「説明は後だ。今は頼む」
男は一瞬だけ、白い門を見る。
それからミナの手を握り、警察官へ何かを言った。
警察官たちが動く。
ミナを乗せた車が、ゆっくりコンビニ前を離れ始めた。
「ありがとう」
『まだ信じてない』
「知ってる」
『でも、子どもは守る』
その言葉に、胸が熱くなる。
視界がまた揺れた。
次に見えたのは、北の森だった。
白い石の門の前に、誰かが立っている。
ハルキではない。
白い服でもない。
石人形だった。
顔のない石人形が、門の前で片膝をついている。
その首元の石が、ひび割れていた。
周囲には、白い服の者たちがいる。
石人形は、彼らの前に立ちはだかっていた。
『案内された者は、道を選べない』
俺のスマホに文字が浮かぶ。
「お前、誰だ」
『かつて、子どもだったもの』
喉が詰まる。
「……何をされた」
『選ばれた』
『繋がれた』
『残った』
白い服の者たちが、石人形へ杖を向ける。
白い光が走る。
石人形の肩が砕ける。
それでも、石人形は動かない。
門の前を塞いでいる。
『今度は、選べ』
「俺に何を」
『子どもを、置いていくか』
「置いていかない」
『なら、急げ』
石人形の首元が、強く光った。
北の森の門が揺れる。
白い服の者たちが、門へ引き寄せられる。
石人形が、自分ごと門の前へ飛び込む。
「待て!」
白い光が爆ぜた。
北の森の景色が消える。
次に見えたのは。
岩と倒木の拠点だった。
マリが、両手で石を握っている。
サヨとナギが、そのそばにいる。
子どもたちも、岩陰からこちらを見ていた。
マリの石は、ひびだらけだった。
白い光が、石の中から漏れている。
「マリ!」
マリが顔を上げる。
俺が見えているのか。
分からない。
でも、マリはまっすぐこちらを見た。
「スズキ」
今度は、声が聞こえた。
地下道の壁からじゃない。
マリ本人の声だった。
「いるよ」
「俺もいる」
「うそ」
「うそじゃない」
「スズキ、いっぱい、いる」
その言葉に、言い返せない。
俺の視界は、いくつもの場所にある。
俺自身も、どこにいるのか分からなくなりそうだった。
「マリ」
「うん」
「俺は、何人に見える」
マリは石を抱えたまま、少し考える。
「……ひとり」
「一人?」
「スズキは、ひとりだよ」
その瞬間。
マリの石が、初めて青く光った。
白ではない。
深い、青い光。
ひびの間から伸びた青い線が、俺の胸へ向かってくる。
東の山の地下。
コンビニ前。
北の森。
拠点。
そして、白い霧の世界。
ばらばらになっていた俺の視界が、少しずつ戻ってくる。
「AI」
『接続の再統合を確認』
「マリがやったのか」
『因果関係は断定できません』
「今はいい」
マリの青い光が、俺を一つに繋ぎ止めている。
でも、視界の端にはまだ白い霧が残っていた。
白い霧の中。
薄い青の服を着た少女が立っている。
少し年上の、ミナに似た少女。
さっきより近い。
俺の「影」のようなものが、彼女の前に立っていた。
影は俺の形をしている。
でも、顔がない。
少女が、その影へ手を伸ばす。
「……鈴木?」
俺は息をのんだ。
「俺の名前を知ってるのか」
返事はない。
少女は俺の影の胸元を指した。
そこに。
黒いスマホと同じ形の、暗い光が浮かんでいた。
『最初の鍵』
スマホに文字が出る。
「お前が?」
少女は首を横に振った。
『ちがう』
『わたしは、最初に置いていかれた』
胸の奥が痛くなる。
「誰に」
少女は白い霧の向こうを指した。
そこには、ぼんやりと人影が見えた。
白い服。
仮面。
そして。
仮面の男と同じように、日本語の記憶が焼き付いた面。
『あの人たちは、わたしを鍵にできなかった』
『だから、ここに捨てた』
「じゃあ、ミナに似てるのは」
『わからない』
『でも、わたしは、ミナじゃない』
少女が、俺の影の手を掴んだ。
触れた瞬間。
白い霧に、青い線が走る。
「AI」
『未選択領域への接続が安定化しています』
「マリの石か」
『推定されます』
少女が、初めて少しだけ笑った。
『ここから、出られるかも』
その直後。
白い霧の奥から、鈴の音が鳴った。
ちりん。
ちりん。
少女の顔から、笑みが消える。
『来た』
「誰が」
霧の中で、白い光が揺れる。
いくつもの足音。
仮面の影が、ゆっくり近づいてくる。
そして。
俺の東の山にある身体のすぐ後ろで、仮面の男が囁いた。
「一人に戻れて、よかったですね」
首筋が凍る。
「ですが」
男の杖が、俺の背中へ触れた。
「次は、その一人を――誰のために使いますか」
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




