第50話 繋ぐ者の声
マリの石が、強く白く光った。
地下道の入口から伸びた細い光が、まっすぐマリの胸元へ向かう。
「マリ!」
俺は反射的に前へ出た。
だが、光はマリを貫かなかった。
石だけを包み込むように、白く揺れている。
マリは両手で石を握ったまま、動けずにいた。
「……あつい」
「離せ!」
「はなれない」
指が石に張りついているわけじゃない。
でも、マリは石を落とせない。
サヨがすぐに抱き寄せる。
「大丈夫だよ。息をして」
「うん」
マリは頷こうとする。
だが、白い光が一度、強く脈打った。
拠点の地面が揺れる。
地下道の奥から、低い音が響いた。
ごおおおん。
「AI」
「地下道が、適合者の接続を要求しています」
「マリを連れていく気か」
「現時点では、対象の移動は確認されていません」
「確認されてないだけだろ」
「可能性としては」
「今は黙ってろ」
石人形が、ゆっくり腕を上げた。
地下道の奥を指す。
『繋ぐ者が、必要』
「子どもを使うな」
俺は言った。
「マリは、ここに残る」
石人形の首元が光る。
『道は、選んだ』
「道が選んでも、俺は選ばない」
俺はマリの前に立った。
「鈴木」
ゴウダが低く言う。
「どうする」
「代わりを探す」
「そんなものがあるのか」
「AI」
「はい」
「マリを使わずに、地下道を通す方法は」
数秒、返事がなかった。
いつもならすぐに「可能性があります」と言うAIが、黙っている。
「AI」
「解析中です」
「急げ」
「……代替案を一件、検出しました」
「何だ」
「マリ氏が所持する石を、接続点として使用する方法です」
マリの顔がこわばる。
「石だけ?」
俺は聞く。
「石を地下道の起点へ設置すれば、対象本人を通路へ入れずに経路を維持できる可能性があります」
「可能性か」
「推定成功率は四十七パーセントです」
「低いな」
「失敗した場合、通路内にいる者が閉じ込められる、または転送先が変質する危険があります」
「変質って」
「東の山以外へ接続される可能性があります」
北の森。
日本側。
別の日本。
白い側の施設。
どこへ飛ぶか分からない。
「却下だ」
俺は言った。
「鈴木」
マリが、俺の服を掴んだ。
「石、つかって」
「だめだ」
「わたし、ここにいる」
「それでもだ」
「スズキ、ユラのところ行くんでしょ」
「行く」
「ハルキも」
「行く」
「ミナも」
その名前を出されて、息が詰まる。
「……助ける」
「じゃあ、石、つかって」
マリは石を胸に押し当てた。
「わたし、こわい。でも、みんなも、こわい」
子どもたちが、こちらを見ている。
ヒナ。
レン。
セナ。
サヨは何も言わない。
止めたいはずだ。
でも、マリの気持ちを奪えない。
「AI」
俺は言う。
「石だけを使う場合。マリへの危険は」
「接続反応による負荷が発生する可能性があります」
「具体的に」
「痛み、失神、意識混濁、記憶への影響」
「記憶?」
「接続対象の記憶情報が、経路に残留する可能性があります」
「残るって」
「本人ではない反応、または記憶の断片が、別経路に形成される危険があります」
嫌な言葉だった。
別経路。
別の日本。
ミナと同じ顔の少女。
俺はマリを見る。
「使わない」
今度は、迷わず言った。
「マリの記憶まで、門に持っていかせるわけにはいかない」
「でも」
「だめだ」
マリが唇を噛んだ。
泣きそうな顔。
でも、石を抱きしめたまま、俺を見る。
「じゃあ、スズキ、どうするの」
答えは、もう決まっていた。
俺は自分のスマホを見た。
白い画面。
AI。
門に繋がった端末。
白い側が俺を「鍵の男」と呼ぶ理由。
俺自身も、接続対象だ。
「AI」
「はい」
「俺が代わりになる」
「推奨しません」
「珍しいな。止めるのか」
「あなたの接続情報は不安定です。石の代替として使用した場合、経路そのものに巻き込まれる可能性があります」
「つまり」
「あなたが、帰還できなくなる可能性があります」
少し静かになった。
帰還できない。
元の世界へ。
ミナのいる日本へ。
どこにも。
「鈴木」
ゴウダが言う。
「お前まで子どもみたいなことをするな」
「子どもを使うよりはいい」
「お前が消えたら、子どもたちはどうする」
「俺が消えると決まったわけじゃない」
「四十七よりは高いのか」
「AI」
「推定成功率は、五十二パーセントです」
「微妙にしか上がってないな」
「条件が不足しています」
「条件って何だ」
「経路の向きを指定できる補助反応です」
俺は、マリの石を見る。
マリは俺を見る。
「わたし?」
「違う」
俺はすぐに言った。
「マリはここにいる」
「でも、石は」
マリが石を少し持ち上げる。
「石だけなら、いい?」
「さっきだめって」
「わたしじゃない。石だけ」
俺は言葉に詰まる。
本人を連れて行かない。
石を接続の補助に使う。
それでも危険はある。
だが、俺が接続の中心になり、石が行き先の補助だけをするなら。
マリの負担を、少しでも減らせるかもしれない。
「AI」
「はい」
「俺を接続点にする。マリの石は、行き先を東の山に固定する補助だけに使う」
「実行可能性を再計算します」
表示が流れる。
「推定成功率、六十八パーセント」
「上がった」
「ただし、接続中に石が破損した場合」
「場合」
「あなたの接続情報が、複数の経路へ分裂する可能性があります」
「分裂?」
「あなた自身ではない反応体、または記録の断片が、異なる接続先へ残留する危険があります」
俺は苦笑いした。
「俺の影みたいなものが、別の場所に残るってことか」
「近似表現としては、そうです」
「それが一番怖い」
マリが、石を両手で俺へ差し出した。
「これ、かえして」
「必ず」
「ほんと?」
「今度は努力じゃない」
俺は石を受け取る。
「必ず帰す」
地下道の入口に立つ。
ゴウダが槍を握る。
セナは震えながらも、前を見ている。
石人形が、こちらへ腕を伸ばした。
『繋ぐ者』
「俺だ」
俺はスマホを掲げる。
「マリは使わない」
『石は、使う』
「補助だ。本人じゃない」
石人形は答えない。
俺はマリの石を、石段の最初の段へ置いた。
白い線が石から伸びる。
俺のスマホへ。
スマホから、地下道の奥へ。
ごおおおん。
空気が震える。
「AI」
「接続を開始します」
「マリ」
俺は振り返る。
「ここにいろ」
「うん」
「サヨのそばから離れるな」
「うん」
「絶対に」
「うん」
マリが泣きそうな顔で頷く。
俺はスマホを握る。
「行くぞ」
ゴウダが先に石段へ足をかける。
セナが続く。
俺は最後に、マリの石を見る。
石は白く光っている。
だが、細いひびが入っていた。
「AI」
「損傷率、十二パーセント」
「まだいけるか」
「保証できません」
「だろうな」
俺は地下道へ踏み込んだ。
冷たい空気が、首筋を撫でる。
背後で、拠点の光が遠ざかる。
一歩。
二歩。
三歩。
そのとき。
石の壁から、誰かの声がした。
「スズキ」
俺は止まった。
マリの声だった。
「……マリ?」
ゴウダが振り返る。
「どうした」
「聞こえないのか」
「何がだ」
石の壁の奥から。
もう一度、マリの声がした。
「スズキ、わたし、ここにいるよ」
拠点に残っているはずのマリの声が。
今度は。
地下道の、俺たちよりずっと奥から聞こえた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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