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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第5話 川魚を捕まえろ

 草履のおかげで、少女の歩き方が少しだけ軽くなった。


 それでも、川までの道は慎重に選ぶ必要があった。

 昨日見た影のことを、まだ完全に忘れたわけじゃない。


「転ばないように、ゆっくりな」


 前を歩きながら声をかけると、後ろから小さな足音がついてくる。

 草履が土と葉を踏む音が、ほとんど聞こえないくらいに静かだった。


 川のせせらぎが大きくなってきた。

 木々の間が少し開け、光が水面に反射してまぶしい。


「……いたな、昨日も」


 川に出た瞬間、胸の奥が少しだけ固くなる。

 向こう岸の木陰で見た「何か」のことが、喉の奥に引っかかっていた。


「今のところ、対岸に目立った動きは検出されていません」


「そうか。……“今のところ”って、便利な逃げ言葉だよな」


「未来の事象について、確実な保証を行うことはできません」


「はいはい。分かってる」


 軽口を叩きながら、川岸にしゃがみ込む。

 手を伸ばして水に触れると、冷たさが指先から腕まで駆け上がった。


 澄んだ水の中を、小さな影がいくつか走る。

 細長い魚が、石の間をすばやく行き来していた。


 腹が、正直に鳴った。


「……なあ。あれ、食えたらだいぶ違うよな」


「タンパク質と脂質の供給源として有効です。ただし、捕獲手段が必要です」


「素手じゃ無理だよな。昨日も試そうとして、足滑らせかけたし」


「川底の石は滑りやすく、転倒の危険があります」


「それを踏まえたうえで聞いてるんだよ」


 俺は、昨日草履を編んだときに使った蔓の残りを取り出して眺めた。

 手の中で、柔らかくしなる。


「平たいのが編めたなら、筒みたいなものも作れるか?」


「はい。魚を捕獲する筒形の罠……現代世界では『魚籠』や『びんどう』に類似する構造の罠が存在します。川の流れを利用して、小魚やエビを捕まえる仕組みです」


「びんどう……名前は聞いたことあるな」


 画面を覗き込むと、草履のときと同じように、簡単な図がいくつか表示された。


 一枚目は、円筒形の編み模様。

 蔓を輪にして、その周りに縦の骨組みを立て、さらに横に編み込んでいく。


「まず、円形の枠を作ります。そこから縦に蔓を並べ、横糸を交互に通して筒を形成します」


 二枚目は、片方の口がすぼまった図だった。

 入り口部分だけ、漏斗状に内側へ細くなっている。


「入口は漏斗状に狭めることで、魚が入りやすく出にくい構造にします。流れに対して入口を向けると、自然に魚が入りやすくなります」


「……また妙に細かいな」


「元の世界で学習された漁法の資料を再構成しています」


「やっぱり、“最初から頭の中に入ってる”ってやつか」


「その理解で問題ありません」


 便利だ。

 便利すぎて、やっぱり少し怖い。


 俺は一度、顔を川面に映してみた。

 半分眠そうな五十代のおっさんの顔が、水の揺れに合わせて歪む。


「まあ、怖がってる余裕より、今は腹が優先だな」


 そう自分に言い聞かせて、立ち上がる。

 川岸近くの木々から、長めの蔓をいくつか拝借していく。


 草履で編み方の基礎は掴んでいたが、筒となると話は別だった。


 一回目は、枠の輪っかがうまく閉じず、途中でぐしゃっと潰れた。

 二回目は、途中まではそれっぽかったが、入口の漏斗部分の締め方が甘く、ただの筒になった。


「……こういうの得意な人生じゃなかったんだよな、俺」


「失敗の回数は、次の成功の精度を上げるためのサンプル数です」


「慰め方がフレームワークっぽいんだよ」


 三回目で、ようやく「罠っぽい何か」になった。

 縦の蔓の本数を増やし、横糸をきつめに編み、入口を内側に折り込んで狭くする。


 筒の長さは、子どもの腕一本分くらい。

 入り口の穴は、小さな魚がぎりぎり通れる程度に絞った。


「……どうだ」


「構造としては、魚が入りやすく出にくい形になっています。強度については、川底の石で擦れると破損する可能性があります」


「そこは、使いながら直すしかないな」


 俺は、できあがった罠を見て、腹がまた鳴るのを感じた。

 少女を見ると、草履のまま少し離れたところでじっとこちらを見ている。


「行ってみるか」


 川の流れの緩やかな場所を選び、膝下くらいの水深のところへ慎重に入っていく。

 草履は作ったのは少女用だが、裸足よりはマシだろうと、自分も足元に蔓を巻いて滑り止め代わりにした。


 冷たい水が、すぐに皮膚の感覚を奪っていく。

 石は想像以上に滑りやすく、少し体重をかけただけで足がぐらついた。


「転倒の危険があります。もう一歩右側の石の方が、表面が粗く滑りにくいです」


「そういうのは先に言ってくれ」


 AIの助言を聞きながら、罠を川底にそっと沈める。

 流れの方向に入口を向け、石を載せて動かないように固定した。


「これで、勝手に魚が入るのを待つ感じか?」


「はい。しばらく置くことで、魚やエビが中に入る可能性が高まります」


「“しばらく”って、どれくらいだ」


「水の透明度、魚影の数、流速にもよりますが、おおよそ一時間から数時間程度を想定しています」


「腹がもつかどうかの話も考慮してくれ」


「それは私の管轄外です」


「管轄って言ったな、今。……いや、ツッコまないでおこう」


 岸に戻ると、少女が少しだけ安心したように息をついていた。

 足元の草履が、川の水で少し湿っている。


「ちょっと待つ時間がいる。そこで座ってていい」


 岩に腰を下ろし、スマホを膝の上に置く。

 少女も隣に座り、セーターの裾を軽く握った。


「さっきの、怖かったか?」


 問いかけると、少女は少しだけ考え――小さく頷いた。

 言葉にはしないが、足先が俺の方へ寄ってくる。


「怖いのは、俺もだよ」


 正直に言ってしまう。

 自分の不安を隠すほど器用じゃない。


「でも、何もしないと、このままずっと腹が鳴りっぱなしだからな」


 少女は、俺の腹のあたりをちらっと見て、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 声にはならないが、「ぐう」という音を真似しているようにも見える。


 待つあいだ、木の枝を拾っては折り、周囲の草をスマホで撮ってはAIに訊ねる。

 食べられそうなものは相変わらず少ない。


「このキノコは?」


「色と形状から、毒性の可能性が高いと推定されます」


「これは?」


「この実も、危険性が否定できません」


「これは?」


「安全性を判断するためのデータが不足しています」


「役に立つんだか、慎重すぎるんだか……」


「死亡リスクの高い情報は、避ける方針です」


「それはそうなんだけどな」


 そんなやり取りを何度か繰り返しているうちに、川の中の罠に小さな影が集まり始めていた。


「そろそろ確認してもいい頃です」


「マジか」


 俺は立ち上がり、慎重に川へ入る。

 さっきよりも動きは少しだけ滑らかだ。石のどこが滑りやすいか、なんとなく足で覚え始めていた。


 罠を持ち上げると、中で水と一緒に何かが暴れた。

 細い魚が数匹、蔓の隙間から銀色の腹を見せて跳ねている。


「……入ってる」


 思わず、声が漏れた。

 罠の中で、魚の体がぶつかり合う感触が手に伝わる。


「この大きさなら、焼いて食べることで、今日一回分の食事になります」


「“一回分”ね……」


 それでも、昨日の「ほぼ空腹」の夜に比べれば、雲泥の差だ。

俺は罠を抱えたまま、慎重に岸へ戻った。


 少女が目を丸くして罠を見つめる。

 水と一緒に、小さな魚が二匹、三匹と跳ねた。


「ほら。今日の晩ごはん候補」


 少女は罠の中を覗き込み、一匹の魚を指さす。

 目が、ほんの少しだけ輝いていた。


「この魚を食べる前に、加熱処理が必要です。内臓には寄生虫のリスクがあります」


「だろうな。……火か」


 川岸の少し上の、平らな場所を見つける。

 そこに石を並べ、焚き火の跡地を作った。


 細い枝を集め、乾いていそうな葉を選び、組んでいく。

 火の起こし方は、元の世界で見たキャンプ動画の記憶と、AIの説明を総動員した。


「摩擦式の火起こしは、現在の体力では非効率です。手元にある紙類……レシートを使用してはいかがでしょうか」


「ああ、そういえばあったな」


 ポケットから、くしゃくしゃになったコンビニのレシートを取り出す。

 異世界ではまったく価値のない紙切れだが、今日は着火剤としての役割があった。


 小さな火花が紙に移り、じわりと燃え広がる。

 俺は息を吹きかけながら、細い枝を少しずつかぶせていった。


 やがて、かすかな炎が、枝を舐めるように立ち上がった。

 心臓が、少しだけ早くなる。


「火がついたな」


「はい。これで水の煮沸と、魚の加熱が可能になります」


 魚の内臓をどうにか取り除き、枝に刺して火の上へかざす。

 焼き加減も塩も何も分からない。ただ、きちんと火が通ることだけを優先した。


 脂が少しだけ落ちて、煙が立つ。

 焦げた匂いが、空腹の胃袋に直接訴えかけてきた。


「……よし。先に俺が味見する」


 少し冷ましてから、端の方をかじる。

 正直、うまいとは言えない。けれど、ちゃんとした「食べ物」の味がした。


「急激な体調変化は検出されません」


「腹壊したら、お前が看病してくれよ」


「物理的な看病はできません」


「だろうな」


 串を少女の前に差し出す。

 少女は一瞬ためらってから、小さく一口かぶりついた。


 熱さに少しだけ顔をしかめ、それからゆっくりと噛む。

 飲み込んだあと、ちらりと俺を見る。


「……どうだ?」


 少女は、ほんの少しだけ笑った。

 声にはならないが、それで十分だった。


 五十代無職のおっさんの異世界AI生活は、

 草履で足を守り、筒罠で魚を捕まえ、レシートで火を起こして――


 ようやく、「ちゃんとした一口」を、この世界で手に入れた。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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