第41話 戻れない場所
『対象識別:ミナ』
『接続状態:不明』
『新規地点を検出』
スマホの画面に浮かぶ、見覚えのある街の形。
道路。
四角い建物。
川沿いの橋。
信号のある大きな交差点。
俺が、元の世界で暮らしていた街。
「……日本だ」
声が、勝手に漏れた。
北の森の石の門。
白い光の柱。
子どもたちの泣き声。
案内人の怒鳴り声。
その全部があるのに、画面の中だけは、俺が失ったはずの日常を映している。
「日本?」
ハルキが聞いた。
「俺がいた世界だ」
「ミナが、そこへ行ったのか」
「たぶん」
「帰れるのか」
その一言に、胸の奥が痛んだ。
帰れる。
帰還経路候補は、一度だけ出た。
俺は拒否した。
誰か一人を選ぶことができなかったから。
「分からない」
俺は答えた。
「でも、ミナの反応は、俺のいた世界側にある」
「じゃあ、あの子は助かったのか」
「それも分からない」
元の世界なら、食べ物はある。
建物もある。
誰か大人もいる。
でも、記憶の薄い子どもが、見知らぬ世界に一人で出たなら。
助かったと言い切れるはずがない。
「スズキ」
ヒナが、光の柱の中から小さく呼んだ。
「ミナ、いなくなった?」
「うん」
「……こわい」
「大丈夫だ」
俺は、すぐに言った。
「ミナは、どこかにいる。探せる」
「ほんと?」
「反応が残ってる。だから、消えてはいない」
それは事実だった。
画面の白い点は、まだ消えていない。
ただ、その点が今いる場所は、俺の手の届かない世界だった。
そのとき、案内人が倒れた白い玉を拾おうとした。
「逃がすな!」
ハルキが叫ぶ。
案内人は白い玉へ手を伸ばす。
だが、レオの石が先に飛んだ。
かんっ。
石が玉に当たり、白い玉が地面を転がる。
「くっ」
案内人が初めて、はっきりと舌打ちした。
「管理経路が失われる」
「子どもたちを返せ」
俺は言った。
「北の森へ送られた子も、ここにいる子も、全員だ」
「無理です」
「またそれか」
「北の門は不安定です。管理領域との経路も切断されつつある」
「じゃあ、切れ」
「切れれば、候補の位置を追えなくなります」
「追えるようにして、閉じ込めてたんだろ」
案内人は答えない。
白い光の柱の一本が、ぶつぶつと明滅し始めた。
中にいるヒナが、膝を抱えてうずくまる。
「……いたい」
「AI」
「柱の維持出力が低下しています」
「危ないのか」
「対象者への影響を推定できません。ただし、首飾りの破損と接続不安定化により、意識低下または再移送が起こる可能性があります」
「再移送?」
「別の接続先へ、意図せず移動する可能性があります」
ヒナまで、どこかへ飛ばされる。
俺は、白い柱のそばへ走った。
「スズキ!」
ハルキが呼ぶ。
「近づくな!」
「近づかないと、また消える!」
柱の周囲には、門の模様と同じ線が浮かんでいる。
さっきの鉄格子の留め具。
ユウの首飾り。
石台の下。
全部と同じ。
「AI」
「はい」
「柱の反応を弱められるか」
「最小干渉は可能です。ただし、対象者が移送中の場合、反応を弱めることで接続が切断される恐れがあります」
「切れたらどうなる」
「現在地へ留まる可能性があります」
「可能性か」
「はい」
「やる」
「スズキ」
ヒナが、柱の中で顔を上げた。
「……こわい」
「俺も怖い」
「でも、する?」
「ここに残すために」
ヒナは泣きながら頷いた。
「……うん」
「最小干渉を開始します」
スマホの画面が、淡い青色に変わった。
白い光の柱が、一度だけ強く明滅する。
「うっ」
ヒナが目を閉じた。
柱の線が、少しずつ薄くなる。
「成功するか」
ハルキが聞く。
「分からん」
「お前は分からんばかりだな」
「俺に言われても」
白い柱が、ゆっくり縮んでいく。
光が足元へ集まり、首飾りの石に吸い込まれるように消えた。
ぱきんっ。
ヒナの首飾りが砕ける。
ヒナが、地面へ倒れた。
「ヒナ!」
俺は駆け寄る。
身体を抱き起こす。
軽い。
でも、ちゃんと温かい。
「ヒナ。聞こえるか」
しばらくして、ヒナの瞼が動いた。
「……スズキ」
「ああ」
「ここ?」
「ここだ。北の森」
「……でた?」
「出た」
ヒナは、震える手で首元に触れる。
白い石は、もうない。
「いたくない」
「そうか」
俺は、思わず息を吐いた。
「よかった」
ハルキが、周囲を見回す。
「一人は出せた」
「でも、まだいる」
門の周囲には、光の柱がまだ五本。
その中には、別の子どもたちがいる。
泣いている子。
黙っている子。
立てない子。
「一人ずつやるしかない」
俺が言う。
「時間がかかる」
「案内人は」
レオが、石の影を指した。
案内人は、白い玉を抱えたまま後ろへ下がっていた。
逃げるつもりだ。
「待て!」
ハルキが走る。
案内人も、森の奥へ走り出した。
「追うな!」
俺は叫んだ。
だが、ハルキは止まらない。
「子どもたちを残して、逃がすわけにはいかん!」
「ハルキ!」
レオが後を追う。
俺は一瞬、迷った。
案内人を捕まえれば、白い場所のことが分かるかもしれない。
ミナを追う方法も、子どもたちを救う方法も。
でも、目の前にはヒナがいる。
光の柱の中にも、まだ子どもたちがいる。
「AI」
「はい」
「残っている柱の状態は」
「不安定化が進行中。次の対象者が無作為に移送されるまで、推定二分以内」
「二分?」
「時間がありません」
追えない。
俺は、ヒナを近くの岩陰へ寝かせる。
「ここにいろ」
「……うん」
「すぐ戻る」
次の柱へ走る。
中には、男の子がいた。
年はユウより少し上に見える。
「名前は」
男の子は、震える唇で言った。
「……レン」
「レン。少し痛いかもしれない。でも、ここに残す」
「……しろいの、こわい」
「分かる」
「おれ、かえれる?」
「帰れる」
俺は言った。
「村へ連れていく」
スマホを柱へ向ける。
「AI、次も最小干渉」
「了解しました」
青い光。
白い柱の明滅。
首飾りの破損。
レンが地面へ倒れ込む。
その瞬間、北の森の門が大きく震えた。
ごおおおおんっ。
「何だ」
俺が振り返る。
門の中央に、さっきまでなかった映像が浮かんでいる。
道路。
高い建物。
車の光。
夜の街。
俺のいた世界。
「また、日本が」
画面の白い点が、激しく点滅していた。
『対象識別:ミナ』
『位置情報:更新』
『接続状態:不安定』
ミナの点が、街の中を動いている。
「動いてる」
「自力移動、または第三者による移動の可能性があります」
「近くに誰かいるか」
「周辺に複数の移動反応を検出しています」
「白い人間か」
「不明です。映像上、白い服や仮面は確認できません」
そのとき、映像の向こうで、ミナらしい小さな影が走った。
夜の道路。
車のライト。
見知らぬ街。
ミナが、何かから逃げている。
『スズキ』
画面に、短い文字が浮かぶ。
『ひと、いる』
次の瞬間、映像が大きく揺れた。
ミナの前に、人影が立つ。
白い服ではない。
仮面もしていない。
でも、その人影は。
俺が元の世界で、何度も見たものを手にしていた。
スマホだった。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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