第38話 北の門へ落ちる子どもたち
「対象者たちは、北の森の門へ移動している可能性があります」
スマホの声を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。
村の拠点ではない。
サヨも、ゴウダも、村の人たちもいる場所ではない。
北の森。
俺が帰還を拒否した石の門。
案内人が待っていた場所。
薬草を奪おうとし、マリを狙った連中が近くにいた場所。
「……違う」
俺は鉄格子を掴んだ。
「村側へ送るんじゃなかったのか」
「村側の代替経路は一時的に検出されました。しかし現在、北の森の接続点の反応が優先されています」
「どうして」
「不明です。接続網の状態が変化しています」
「また不明かよ」
「はい」
目の前で、二人目の子どもが白い光に包まれている。
「いや!」
小さな悲鳴。
白い石の首飾りが砕ける音。
ぱきんっ。
子どもの身体が、光の中へ消える。
「二人目の対象反応が、北の森側へ移りました」
「止めろ!」
俺は仮面の男へ怒鳴った。
「子どもたちを送るな!」
「こちらも、北の門へ送る予定ではありません」
仮面の男の声が、初めて低く揺れた。
「村側の封鎖経路が反応した時点で、移送先は固定されるはずでした」
「じゃあ、誰が変えた」
「……分かりません」
初めて聞いた。
白い仮面の男が、「分からない」と言った。
つまり、今起きていることは、相手の計画の外にある。
「AI」
「はい」
「北の門にいる子どもの数は」
「対象反応、二件を確認。二人目の反応は移送直後に弱くなっています」
「弱く?」
「首飾りの破損、門側の干渉、または対象者の意識低下が考えられます」
「つまり危ない」
「はい」
鉄格子の奥では、三人目の子どもの足元に白い円が浮かび始めていた。
このままなら、一人ずつ北の森へ送られる。
そこに誰がいるかも分からない。
子どもたちを守る者がいない。
「ハルキ」
「聞いてた」
ハルキは格子を押さえながら答えた。
「北の森へ向かうしかない」
「でも、ここの子どもたちは」
「全員をここで止められないなら、先に飛ばされた子どもを助ける手を作る」
「どうやって」
「村へ知らせろ。ゴウダに北の森へ人を出してもらう」
「村側から北の森へ回れば、少しは早い」
レオが石段の上を警戒しながら言った。
「ただし、こっちから戻って村を経由してたら、間に合わない」
白い仮面の男が、鉄格子の奥で手を上げた。
「それでも、鍵は残りなさい」
「嫌だ」
「あなたが離れれば、接続はさらに乱れる」
「子どもを飛ばしてるお前らに言われたくない」
「我々も止めようとしている」
「じゃあ止めろ」
「手段がありません」
「さっきからそればっかりだな」
仮面の男は答えない。
俺はスマホを見る。
北の森の門には、白い点が二つ。
鉄格子の奥には、まだ十人以上の子ども。
村側の代替経路は弱くなり、北の森だけが強く光っている。
「AI」
「はい」
「北の門へ、ここから直接行けないのか」
「現在の接続状態では、接続対象であるスズキ氏が移動を要求することで、北の門側へ転移する可能性があります」
「可能性」
「成功率は推定できません」
「失敗すると」
「転送先のずれ、接続中断、対象者への影響が考えられます」
「俺だけなら」
「リスクはあります」
「子どもを一人連れてなら」
「推奨しません」
ユウが、俺の服を掴む。
「スズキ」
「ん?」
「みんな、あっち?」
「ああ」
「ユウも、いく」
「だめだ」
「でも」
「ユウは、やっとここまで出た」
「でも、みんな、ひとり」
ユウの言葉に、何も返せなくなる。
子どもたちは、あっちにいる。
今、北の森へ送られている。
それなのに、自分だけ安全な場所にいるのは嫌なのだろう。
「ユウ」
俺はしゃがむ。
「お前が行く必要はない」
「……なんで」
「子どもが危ない場所へ行かなくていい」
「でも、スズキ、いく」
「俺は」
言葉が詰まる。
俺は大人だ。
だから行く。
そんな理由で、本当にいいのか。
「俺は、戻ってくるために行く」
俺は言った。
「北の森に飛ばされた子どもを、村へ連れて帰るために」
「……ユウも、まつ?」
「ああ。ハルキとレオと一緒に待つ」
ハルキが、少しだけ驚いた顔をした。
「俺たちが?」
「ユウを連れて、地上へ戻る。村へ知らせて、北の森の方から助けを出す」
「鈴木はどうする」
「俺は北の門へ行く」
「一人で?」
「スマホが、俺を鍵だって言うなら」
俺は画面を見た。
「鍵として使われるだけじゃなく、鍵をこじ開けるくらいはしてやる」
「無茶だ」
「分かってる」
「本当にか」
「今回は本当に分かってる」
ハルキは、ため息をついた。
「その言葉、もう聞き飽きた」
「じゃあ、信じなくていい」
「信じるしかないだろ」
ハルキは、格子の方を見る。
「だが、一人では行かせない」
「どうする」
「レオとユウを地上へ出す。俺はお前と行く」
「ハルキ」
「子どものところへ行くんだろ」
ハルキは短く言った。
「森の道なら、お前より俺の方が役に立つ」
「でも、村へ知らせる役が」
「レオがいる」
「一人で戻らせるのか」
「走るのは俺より速い」
レオが石段の上から言った。
「二人分走れって言われるのは嫌だが、やる」
「頼む」
「帰ってきたら、薬草の仕分けを三日分やってもらう」
「それで済むなら安い」
そのとき、鉄格子の奥で四人目の子どもが光に包まれた。
「時間がない」
レオが言う。
「作戦を決めろ」
俺は画面を見た。
「AI。俺とハルキを北の門へつなげる方法は」
「現在の門反応を逆方向へたどり、接続対象の移動要求を送信します」
「成功率は」
「回答不能です」
「失敗した場合」
「途中で接続が切断される可能性があります」
「それでもやる」
「了解しました」
仮面の男が、初めて鉄格子へ近づいた。
「やめなさい」
「なぜ」
「北の門は、現在不安定です」
「お前らが子どもを送ったからだ」
「意図した移送ではありません」
「なら、こっちも意図しない移動をするだけだ」
「鈴木」
仮面の男の声が、少しだけ低くなる。
「北の門へ行けば、案内人がいます」
「知ってる」
「あなたが帰還を拒否したことを、彼は許していません」
「許されるつもりもない」
俺は、格子の向こうの子どもたちを見る。
「でも、あの子たちは置いていかない」
「スズキ」
ユウが、俺の袖を掴む。
「……もどる?」
「ああ」
「やくそく?」
「約束する」
ユウは少しだけ頷いた。
それから、俺の手を離した。
ハルキが、格子の近くに落ちていた白い石の欠片を拾う。
「これを使えるか」
「何だ」
「北の門の印と同じなら、接続の目印になるかもしれん」
AIがすぐに反応した。
「白い石片から、北の森の門と類似する反応を確認」
「使えるのか」
「接続先の補正材料として利用できる可能性があります」
「また可能性か」
「はい」
「でも、ないよりましだ」
ハルキが石片を俺へ渡す。
「持て」
「ああ」
レオはユウの手を引き、石段の方へ向かった。
「ユウ。上へ行くぞ」
「スズキ」
「大丈夫だ」
「……うん」
ユウは何度も振り返りながら、レオと石段を上っていく。
俺とハルキは、石の壁の前に立った。
スマホの画面には、北の森の門を示す白い点が大きく光っている。
「AI」
「はい」
「移動要求を出せ」
「接続対象:鈴木。補助対象:ハルキ。北の森の門への移動要求を送信します」
「ハルキ」
「何だ」
「途中で落ちても、文句言うなよ」
「お前に言われたくない」
白い光が、足元から広がる。
仮面の男が、こちらへ手を伸ばす。
「鍵を失うわけには――」
その声は、光に消された。
次の瞬間。
身体が、地面から引き剥がされるような感覚がした。
目の前が白くなる。
耳鳴り。
冷たい風。
誰かの声。
そして。
足が、湿った土を踏んだ。
「……着いたか」
白い光が消える。
目の前には、北の森の石の門があった。
でも、以前とは違う。
門の周囲には、白い光の柱が何本も立っている。
その中に、子どもたちが倒れていた。
一人。
二人。
三人。
首飾りを砕かれ、泣いている子。
動けずにいる子。
「急げ!」
ハルキが駆け出す。
俺も子どもたちへ向かおうとした。
そのとき。
石の門の奥から、拍手が聞こえた。
ぱん。
ぱん。
ぱん。
暗い石の陰から、布で顔を隠した男が現れる。
案内人だ。
「見事です、鈴木」
男はゆっくり手を叩きながら言った。
「あなたは自ら、北の門へ戻ってきた」
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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