第37話 十分後の拠点
『接続開始まで:00:09:59』
画面の数字が、容赦なく減っていく。
九分。
八分。
村から東の山の地下まで、今から走っても間に合う距離じゃない。
そして、村から岩と倒木の拠点までは、ハルキたちがいなければ誰が向かうのかも分からない。
「スズキ」
ユウの小さな手が、俺の手を握っていた。
「……どうする?」
俺にも分からない。
でも、分からないと答えれば、ユウはまた怖がる。
「村に知らせる」
俺はスマホを見た。
「AI。村へ連絡できるか」
「通常の通信機能は利用できません」
「分かってる」
「ただし、接続網の反応を利用した短文信号の送信を試みることは可能です」
「村側に届く?」
「成功は保証できません」
「最近、そればっかりだな」
「保証できないことを保証することはできません」
「……やってくれ」
「了解しました」
スマホの画面に、村側の地図らしいものが浮かぶ。
その上に、細い白い線が伸びた。
岩と倒木の拠点。
村。
東の山の地下。
三つの場所を、白い線がつないでいく。
「送信内容を指定してください」
「ハルキ、ゴウダ、サヨ。誰でもいい」
「内容は」
「拠点で門が開く。危ない。マリとナギを近づけるな」
言ってから、少し迷う。
マリに「近づくな」と言っても、聞くとは限らない。
「……いや」
「訂正しますか」
「マリとナギを、一人にするな。拠点に光が出たら、村の人を集めろ」
「了解しました」
白い線が、画面から消えた。
「送信完了。受信確認はできません」
「確認できないのか」
「はい」
それでも、やるしかない。
その間にも、仮面の男は後ずさりしていた。
白い壁に浮かぶ図形を見つめ、何かを計算しているように見える。
「封鎖経路が開く」
仮面の男が呟いた。
「不可能なはずだ」
「お前らが封鎖したんだろ」
俺は言う。
「なら、開け方も知ってるはずだ」
「知らない」
男の声が、初めてわずかに揺れた。
「封鎖は、閉じるためのものではない。接続対象を切り離すためのものだ」
「何を言ってる」
「村側の経路が開けば、候補たちの反応が引かれる」
子どもたちの首元の石が、また淡く光る。
ユウが怯えたように俺の手を強く握る。
「……また、いたい?」
「分からない」
「やだ」
「やらせない」
俺は仮面の男を睨んだ。
「候補って呼ぶな。名前がある」
「名前は接続に関係ありません」
「俺には関係ある」
鉄格子の奥で、別の子どもが泣き始めた。
その声に反応するように、白い石がいくつも明滅する。
「AI」
「はい」
「この子たちが村側へ引かれるって、どういうことだ」
「推定ですが、村側の経路が新たな接続点として認識された場合、既存の接続対象が移動、または転送される可能性があります」
「子どもたちが拠点に出る?」
「可能性があります」
「それなら、いいじゃないか」
「制御されていない転送の場合、到着地点、人数、身体状態は保証できません」
「また保証なしか」
「はい」
つまり、子どもたちが助かる可能性もある。
でも、岩にぶつかるかもしれない。
川へ落ちるかもしれない。
白い側の人間まで一緒に出てくるかもしれない。
拠点は、村のすぐ中じゃない。
マリたちが光を見て駆けつけたら、危ない。
「ハルキ」
俺は格子を引きながら言った。
「ユウを先に出す」
「ああ」
「そのあと、子どもたち全員を出せるか」
「今は無理だ」
ハルキは、格子の奥を見る。
「一人ずつ引き抜くならできるかもしれん。だが、白い連中が邪魔をする」
「だったら、時間を作る」
レオが石段の方を見たまま言った。
「上から、また来るぞ」
白い服の人間が、石段を下りてくる。
先ほど追い返した三人だけじゃない。
その後ろにも、白い影が見える。
「何人いる」
「数える余裕がない」
「それは困る」
「困ってる場合か」
レオの声は鋭い。
でも、足は退いていない。
ハルキが、俺の横で格子を引く。
「鈴木。ユウを引っ張れ」
「分かった」
「レオ、石段を塞げ」
「了解」
「俺は、格子を開ける」
ぎぎぎ、と鉄格子がさらに開く。
子ども一人が通れるくらいの隙間。
「ユウ!」
「うん!」
ユウは、格子の奥から這うように近づいた。
白い服の者が、その背中を掴もうとする。
「候補を戻せ」
「嫌だ!」
ユウが、初めて大きな声を出した。
「スズキ、いる!」
「いる!」
俺は腕を伸ばす。
ユウの手が、俺の手に触れる。
その瞬間、地下の壁が大きく揺れた。
ごおおおおんっ。
白い光が、壁の模様を走る。
子どもたちの首飾りが、いっせいに反応した。
「接続開始まで、残り六分」
AIが言う。
「村側の経路の出力が上昇しています」
「急に早くなってないか」
「接続が不安定化しています」
「それを最初に言え」
「現在、初めて確認しました」
ユウの身体が、格子の隙間へ半分出た。
「もう少し!」
俺とハルキで引く。
そのとき、仮面の男が手を上げた。
「接続を固定しろ」
白い服の人間たちが、壁際の装置らしき石柱へ向かう。
石柱には、子どもたちの首飾りと同じ印が刻まれている。
「何してる」
「村側の経路へ候補を流す気か」
仮面の男が言う。
「なら、こちらで制御する」
「子どもたちを勝手に送るな!」
「あなたが選択を拒否した結果です」
石柱が、眩しく光る。
白い光が、鉄格子の奥へ広がっていく。
「ユウ!」
ユウの身体が、俺の手の中で軽くなる。
「スズキ!」
「離すな!」
ユウの首飾りが、熱を持ったように白く輝く。
このままでは、ユウまでどこかへ飛ばされる。
「AI!」
「はい」
「ユウの首飾りを弱めろ!」
「最小干渉を開始します」
スマホの画面が青く光る。
ユウの首飾りの光が、一瞬だけ揺らぐ。
その隙に、ハルキがユウの腕を掴んだ。
「引け!」
俺たちは同時に力を入れた。
ユウが、格子の外へ転がり出る。
「出た!」
ユウは地面に倒れた。
でも、息をしている。
「ユウ!」
俺が抱き起こす。
「……スズキ」
「いる」
「外?」
「ああ。外だ」
ユウは、震える手で鉄格子の向こうを指した。
「みんな」
「分かってる」
でも、そのとき。
子どもたちの足元に、白い円が浮かび始めた。
一人。
二人。
何人もの子どもの下に。
仮面の男が、低く言う。
「転送を開始します」
「やめろ!」
俺は格子へ駆け寄る。
でも、白い服の人間が内側から格子を押さえる。
さっき開けた隙間を、再び閉じようとしている。
「ハルキ!」
「分かってる!」
ハルキが格子へ手をかける。
レオは石段の上へ石を投げ、白い人間の動きを止めようとしている。
それでも、光は広がる。
「残り三分」
AIの声が言う。
「村側の接続反応が、対象者の位置情報と同期しています」
「子どもたちが拠点に出るのか」
「可能性があります」
「可能性じゃ困る!」
「確定はできません」
今度はAIの声も、少しだけ強くなった。
そのとき。
スマホの画面に、村側からの反応が入った。
『短距離信号:受信』
『送信元推定:サヨ』
俺の手が止まる。
「届いた」
「断片的な信号です。表示します」
画面に短い文字が出た。
『光が出た。マリとナギは止めている。ゴウダたちは拠点へ向かった』
少しだけ、息が戻る。
村側は動いている。
マリもナギも、今はサヨが守っている。
「サヨに返せるか」
「短い応答なら可能です」
「子どもたちが拠点に出るかもしれない。白い服の連中も来る可能性がある。絶対に一人で近づくな」
「送信します」
その直後。
鉄格子の奥で、最初の子どもが光に包まれた。
「いや!」
小さな悲鳴。
白い光が、その子の足元から全身へ広がる。
「止めろ!」
俺は格子を叩く。
仮面の男は、こちらを見ない。
「接続は始まりました」
「子どもたちをどこへ送る」
「村側の経路です」
「何人だ」
「不明です」
「白い連中は」
仮面の男が、少しだけ沈黙した。
「対象外です」
その言葉に、ほんの少しだけ希望が生まれる。
子どもたちだけが、拠点へ出る。
なら、村が受け止められれば助かる。
だが。
白い光に包まれた子どもが、消える直前。
首飾りの石が砕けた。
ぱきんっ。
光の中で、子どもが泣き叫ぶ。
「いたい!」
画面の村側の地図が、激しく明滅する。
「AI!」
「接続状態が変化!」
「何だ!」
「村側の出力が急激に低下しています」
「低下?」
「子どもたちの転送先が、拠点ではありません」
背中が冷たくなる。
「じゃあ、どこだ」
スマホの画面に、白い線が一本だけ伸びる。
村。
拠点。
東の山。
そのどこにも重ならない。
白い線は、村の北側を抜け――。
北の森の石の門へ向かっていた。
「接続先が変更されました」
AIが言う。
「対象者たちは、北の森の門へ移動している可能性があります」
あの石の門。
俺が帰還を拒否した場所。
案内人が待っていた場所。
そして、その門には。
まだ、布の男たちがいるかもしれない。
鉄格子の奥で、二人目の子どもが光に包まれた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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