第35話 こちら側の子どもたち
「歓迎します」
白い仮面の男が、鉄格子の奥でゆっくり腕を広げた。
「鍵よ。ようやく、こちら側へ来ましたね」
地下の空気は、冷たかった。
石の壁。
白い光。
鉄格子の向こうに座らされた子どもたち。
その中に、ユウがいる。
「ユウ」
俺が呼ぶと、ユウは小さく頷いた。
「……スズキ」
「大丈夫か」
「うん。でも、みんな、こわい」
ユウは、自分の隣にいる子どもたちを見る。
白い服。
ぼんやりした目。
声を出さない子もいる。
マリとナギが話していた「白い場所」は、ここなのか。
「ここから出してやれ」
俺は仮面の男へ言った。
「そのために来た」
「そのため?」
仮面の男は、少しだけ首を傾けた。
「違います。あなたは帰還のために来た」
「俺は帰還を拒否した」
「一度、です」
男の声には、感情がない。
「門は閉じかけました。しかし、完全には閉じていない。あなたがいるからです」
「俺が鍵だからか」
「正確には、あなたは接続対象です」
「同じようなもんだろ」
「違います」
男は言った。
「鍵は道具です。接続対象は、選択を行う存在です」
その言葉が、少しだけ引っかかった。
「選択」
「門は、あなたを一つの世界へ戻すことができます」
「一人と、一人だけ」
「はい」
「その条件を決めたのは誰だ」
「門です」
「またそれか」
「門は、多くを一度には運びません」
仮面の男が、白い壁に手をかざす。
壁に淡い図形が浮かんだ。
円がいくつもあり、細い線でつながっている。
「世界は、扉ではありません。器です。接続は細く、移動は重い」
「だから、子どもを集めたのか」
俺が聞くと、男の手が止まった。
「彼らは候補です」
「候補?」
「門へ反応する可能性を持つ者。接続を観測し、安定させるための存在」
「意味が分からない」
「理解する必要はありません」
その言葉で、腹の奥が熱くなる。
「理解しないまま、子どもをここへ閉じ込めてるのか」
「閉じ込めているのではない」
「じゃあ何だ」
「保護しています」
「またそれか」
俺は鉄格子へ近づいた。
「マリも、ナギも、ユウも、怖がってた。泣いてた。お前らにとっては“候補”でも、こいつらは子どもだ」
仮面の男は答えない。
代わりに、白い壁の図形が少し変わった。
北の森の石の門。
東の山の祠。
それに似た印が、いくつも浮かぶ。
「あなたが帰還を拒否したことで、接続は不安定になりました」
「俺のせいだと言いたいのか」
「事実を説明しています」
「子どもを連れてくる理由にはならない」
「彼らは、すでに接続に関与しています」
ユウが、鉄格子の向こうで小さく身を縮めた。
「……また、ひかる?」
仮面の男は、そちらへ目を向ける。
「必要なら」
「やだ」
「必要なら」
同じ声。
同じ調子。
ユウの目に涙が溜まる。
「やだ」
「ユウ」
俺は鉄格子へ手をかけた。
鍵はかかっている。
でも、錆びた普通の鍵じゃない。
白い石のような留め具が、鉄格子の中央に埋め込まれている。
「AI」
「はい」
「これ、開けられるか」
「白い石状の留め具から、門と同系統の反応が出ています」
「つまり」
「通常の物理的な鍵ではない可能性があります」
「また面倒なやつか」
「はい」
仮面の男が、少しだけ頭を傾けた。
「端末の補助機能は有効です。しかし、あなたはまだ理解していない」
「何をだ」
「あなたは、彼らを助けられません」
「勝手に決めるな」
「助ける方法が存在しない」
「なら作る」
その言葉を言った瞬間、自分でも少し驚いた。
前なら、そんなことは言えなかったかもしれない。
無職のおっさんが、異世界の地下施設で、何を作ると言うんだ。
でも、火はなかった。
草履もなかった。
罠も、薬草を乾かす場所もなかった。
ないなら、何とかして作るしかなかった。
「方法を作る?」
仮面の男が初めて、少しだけ声を変えた。
「門の構造を知らないあなたに?」
「知らないから、聞く」
俺は言った。
「子どもを出すには、何が必要だ」
「不可能です」
「一人だけなら?」
「……」
「一人を帰せるんだろ。なら、門を通す条件がある」
仮面の男は沈黙した。
その沈黙で、少しだけ確信した。
「あるんだな」
「一名の通過は、一定の条件下で可能です」
「何の条件だ」
「接続対象の選択」
「俺が選べば、ユウは帰せるのか」
「帰還先は保証されません」
「元の世界じゃなくてもいい。ここから出せるなら」
ユウが、俺を見る。
「……でられる?」
「まだ分からん」
「でも、だす?」
「ああ」
俺は頷いた。
「出す」
仮面の男が、白い壁へ手をかざす。
「選択してください」
壁に、あの文字が浮かんだ。
『接続対象:鈴木』
『通過対象を選択してください』
空欄が一つ。
ユウの名前を入れればいい。
そうすれば、ユウをここから出せるかもしれない。
でも、ナギは。
他の子どもたちは。
マリは。
一人だけを選ぶ。
また、それだ。
「いやだ」
俺は言った。
「また一人だけか」
「門の許容量です」
「許容量なんて言葉で、子どもを順番に選ばせるな」
「選ばなければ、誰も通過できません」
「なら、俺を選べ」
「……あなたを?」
「俺が接続対象なんだろ」
「はい」
「俺がこっちに残る。俺を固定すれば、子どもたちを一人ずつ出せるかもしれない」
「それは推奨されません」
「できないとは言わないんだな」
仮面の男は、すぐに答えなかった。
そのとき、鉄格子の奥で、別の子どもが泣き始めた。
「やだ……」
小さな声。
それに釣られるように、何人かの子どもが顔を伏せる。
白い光が、壁の上を走った。
「接続が不安定です」
仮面の男が言う。
「あなたが選択を遅らせるほど、維持は困難になります」
「脅してるのか」
「説明です」
「同じだ」
そのとき、スマホが短く震えた。
「スズキ」
「何だ」
「外部からの振動を検知しました」
「また門か」
「違います。ハルキ氏の位置に近い地上側で、構造変化が発生している可能性があります」
「ハルキ?」
祠の上。
白い人間たちと戦っているはずの場所。
「何が起きた」
「地上側の通路が、閉鎖される可能性があります」
胸が冷える。
俺が地下へ入ったあと、上の通路が塞がれれば。
ハルキもレオも。
俺も。
「仮面」
俺は男を睨む。
「地上で何をしてる」
「施設の保全です」
「子どもを閉じ込めるために?」
「接続の安定を保つために」
「同じだろ!」
俺が一歩前へ出た瞬間、足元の床が大きく揺れた。
ごおおおお……。
天井から、細かな石の粉が落ちてくる。
鉄格子の子どもたちが、一斉に怯えた。
「スズキ!」
ユウが、格子へ近づく。
「うえ、なくなる?」
「大丈夫だ」
俺は言った。
正直、何も大丈夫じゃない。
でも、ここで「分からない」と言えば、子どもたちはもっと怖がる。
「ハルキがいる。レオもいる」
「でも、しろいひと、いっぱい」
「それでも、いる」
仮面の男が、白い壁を見たまま言った。
「残り時間がありません」
「何の時間だ」
「選択可能な接続時間です」
壁の文字が変わる。
『接続可能時間:00:00:59』
また、数字が減り始めた。
五十九秒。
ユウを選べば、一人は助かるかもしれない。
選ばなければ、全員が閉じ込められるかもしれない。
そして、地上のハルキたちまで危ない。
俺の手元で、スマホが新しい表示を出す。
『接続先:複数』
『未接続経路を検出』
『代替経路候補:存在』
俺は、画面を見つめた。
「AI」
「はい」
「代替経路って何だ」
「不明です。ただし、複数の接続先のうち、現在の門を経由しない経路が存在する可能性があります」
「どこにある」
「解析には時間が必要です」
「どれくらい」
「現状では回答不能です」
残り時間は、四十秒。
仮面の男が、初めて少しだけ声を強くした。
「選びなさい、鈴木」
鉄格子の向こうで、ユウがこちらを見ている。
他の子どもたちも。
俺は、画面の空欄へ指を伸ばした。
ユウの名前を入れるためではない。
俺は、接続対象の欄を選んだ。
『接続対象:鈴木』
その文字の上に指を置く。
「何を」
仮面の男が、初めて一歩前へ出た。
「鍵が必要なら」
俺は言った。
「鍵を、ここから外す」
画面の表示が変わる。
『接続対象の解除を要求しますか?』
残り時間、二十七秒。
仮面の男の声が、初めて乱れた。
「それは許可されません」
「許可されるつもりもない」
俺は、解除の文字へ指を近づけた。
その瞬間。
鉄格子の奥で、ユウの首元が白く光った。
「スズキ!」
ユウが苦しそうに胸元を押さえる。
「いたい!」
同時に、子どもたち全員の首元で、白い光が点いた。
白い石。
小さな首飾り。
そこに、門の印が浮かんでいる。
仮面の男が叫ぶ。
「触るな! 解除すれば、候補たちの接続が――」
言葉の続きは、光に飲まれた。
白い壁が、ひび割れるように明滅する。
そして、スマホの画面に一行だけ、新しい文字が浮かんだ。
『代替経路候補を検出:村』
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




