第33話 祠に残る声
東の山へ入ってから、半日が過ぎていた。
村の近くにある森とは、木の生え方が違う。
枝は高く、地面には岩が多い。
谷沿いを進んでいるはずなのに、水の音さえ遠い。
「足元を見ろ」
先を歩くハルキが言った。
「ここの岩は濡れてなくても滑る」
「分かってる」
「本当にか」
「今のところ転んでない」
「まだな」
レオが後ろから小さく笑った。
村を出てすぐのころは、俺も少し焦っていた。
スマホの地図には、東の山の奥に白い点が増え続けている。
ユウに関連する反応。
それに似た、複数の反応。
急がなければならない。
でも、急げば迷う。
結局、村で言われた通りだった。
「AI」
「はい」
「ユウの反応は」
「対象識別:ユウに関連する反応は、現在も維持されています」
「動いてるか」
「大きな移動は検出されていません。直近一時間では、東北東方向へわずかに変化している可能性があります」
「わずか、か」
「位置情報は推定です。山地の地形、遮蔽物、門由来の信号干渉により誤差が拡大しています」
「つまり、あまり当てにするなってことだな」
「完全に当てにしないことは推奨しません」
「そこは否定するのか」
「記録は存在します」
ハルキが振り返る。
「何か分かったか」
「ユウの反応は、まだ消えてない。ただ、山のせいで誤差が大きいらしい」
「生きてるかどうかは」
「分からない」
その答えに、誰も何も言わなかった。
谷沿いの獣道を、さらに進む。
途中で、木の幹に古い傷を見つけた。
斜めに三本。
そして、その下に丸い印。
「これ」
俺が立ち止まると、レオが近づいてきた。
「獣の爪痕じゃないな」
「人がつけたのか」
「たぶん」
スマホを近づける。
「AI、記録して」
「画像を保存します」
画面に映った印を見て、俺は息を止めた。
北の森の石の門。
白い場所の記憶。
ユウの首元に下がっていた石。
それらにあったものと、似た形だった。
「同一の記号か」
ハルキが聞く。
「完全には同じじゃない。でも、同じ系統に見える」
「案内の印かもしれないな」
レオが言った。
「この山に入った人間が、迷わないようにつけた」
「でも、普通の山道なら矢印とかにしないか」
「普通の人間じゃないんだろ」
ハルキの言葉に、少しだけ寒気がした。
少し進むと、木々の向こうに石段が見えた。
苔むして、半分ほど土に埋もれている。
人が歩くためのものだったはずなのに、今は森に飲まれかけていた。
「祠か」
ハルキが呟く。
石段の上には、小さな建物がある。
屋根は傾き、壁も一部崩れている。
でも、完全な廃墟ではない。
入口には、古い縄が残っていた。
「村で聞いた祠の跡だな」
レオが周囲を見回す。
「ここまでは来られる、って言ってた場所」
俺はスマホを見る。
「AI、ユウの反応は」
「祠の東側、推定八百メートル前後です」
「近いな」
「直線距離です。実際の移動距離は地形により変化します」
「それでも、さっきよりは近い」
ハルキは、祠の入口で止まった。
「休むならここだ」
「中に入るのか」
「入る前に、周りを見ろ」
言われて、俺は石段の端へ目を向けた。
泥の上に、足跡があった。
小さな足跡。
裸足のようにも見える。
その周りには、大人の足跡がいくつも重なっている。
「子どもがいる」
俺が言う。
「いた、かもしれん」
ハルキはしゃがみ込む。
「新しくはない。雨の前の跡だ」
「どれくらい前だ」
「分からん。だが、数日前よりは前かもしれない」
「ユウじゃない?」
「可能性はある」
レオは、祠の裏手へ回った。
「こっちにもある」
そこには、引きずったような跡が残っていた。
荷物か。
それとも、人か。
「嫌な跡だな」
俺が言うと、ハルキは答えなかった。
祠の中は暗かった。
光が入る隙間は少ない。
中央には、崩れた石の台がある。
その表面に、あの記号が刻まれていた。
丸い形。
線が伸びている。
石の門にあったものと、似ている。
「まただ」
俺は近づき、スマホを取り出した。
「AI、これも」
「記録します」
画面に石の模様を映した、その瞬間。
スマホが小さく震えた。
「スズキ」
「何だ」
「石台の内部、または下部から、微弱な同系統反応を検出しました」
「中?」
「はい。石台の下、または奥に空間が存在する可能性があります」
レオが、石台の周囲を見た。
「隙間がある」
台の横に、細い割れ目がある。
手を入れるほどではないが、下へ続く暗い空間が見えた。
「地下か」
ハルキが言う。
「昔の貯蔵穴かもしれん」
「入るのか」
「まだだ」
ハルキは即答した。
「先に出口を確認する。中へ入って、後ろを塞がれたら終わりだ」
その慎重さに、俺も頷いた。
祠の外へ出て、周囲を回る。
裏手には、崩れた石垣があった。
その向こうに、細い道が続いている。
でも、道の先には何も見えない。
「ここから東へ行けば、ユウの反応に近づく」
俺が言う。
「ただ、祠の下にも反応がある」
「二つあるなら、どっちが本物だ」
レオが言った。
「片方は罠かもしれない」
「門の連中なら、どっちも罠にできる」
ハルキの声は低かった。
そのとき。
祠の中から、かすかな音が聞こえた。
こつ。
石を叩くような、小さな音。
全員が動きを止める。
「風か」
レオが小声で言う。
「地下から風が抜けてるのかもしれない」
こつ。
もう一度。
今度は、はっきり聞こえた。
「誰かいる」
俺は祠の入口を見る。
「子どもかもしれん」
ハルキが、短い刃物を抜く。
「近づくな。俺が見る」
「一人で行くな」
「入口までだ」
ハルキが祠へ入る。
レオは外で周囲を警戒する。
俺は石段の下を見張る。
数秒後。
ハルキの声が、祠の中からした。
「鈴木」
「どうした」
「聞こえるか」
耳を澄ます。
最初は、何も聞こえなかった。
風が木を揺らす音。
鳥の声。
遠くで石が転がる音。
その下に。
「……マリ」
小さな声がした。
俺の呼吸が止まる。
「……マリ?」
子どもの声だった。
でも、マリは村にいる。
ナギも、村にいる。
俺は祠の入口へ駆け寄った。
「待て!」
ハルキの声が飛ぶ。
でも、石台の下から、もう一度声がした。
「……マリ、いる?」
その声は、震えていた。
助けを求める声だった。
「AI」
俺はスマホを握る。
「声の方向は」
「石台下部からの反響音が強く検出されています。地下空間の可能性が高いです」
「子どもの声か」
「年齢推定は困難です。ただし、小児の声質に近いと判断します」
ハルキが石台の横にしゃがみ込む。
「鈴木。ここは狭い」
「分かってる」
「俺が先に入る」
「でも、声はマリを知ってる」
「だから罠かもしれん」
「本当に子どもだったら」
「助ける」
ハルキは、俺をまっすぐ見た。
「だが、全員で罠に落ちるのは助けることじゃない」
その言葉で、俺は止まった。
助けたい。
今すぐ石をどけて、下へ行きたい。
でも、子どもの声を使う相手がいることを、俺たちはもう知っている。
「レオ」
ハルキが言う。
「外を見てろ。何か来たら笛を吹け」
「分かった」
「鈴木、お前は入口で光を使え。俺が下へ入る」
「スマホの光は狙われる」
「今は必要だ」
俺は頷いた。
画面の明るさを少し上げる。
石台の割れ目へ向けると、地下へ続く細い穴が見えた。
人一人が、這って入れるかどうか。
中は暗い。
「行くぞ」
ハルキが穴へ身体を入れかける。
そのとき。
祠の外から、レオの短い笛が鳴った。
ぴいっ。
「何だ」
ハルキが止まる。
レオの声が、外から飛んできた。
「足跡がある!」
「誰のだ」
「新しい! 祠の裏から、こっちへ向かってる!」
俺たちは、同時に振り返った。
石段の上。
木々の間。
誰もいないはずの場所に、白い布が一瞬だけ揺れた。
その直後、地下から聞こえていた声が、急に変わった。
子どもの声ではない。
低く、平らな声。
「鍵を、降ろせ」
石台の下から、白い光が漏れ始めた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




