第32話 東の山へ
ユウが消えたあと、村の入口には白い石の欠片だけが残った。
誰も、すぐには動けなかった。
さっきまでそこにいた小さな子どもが、光に包まれて消えた。
泣きそうな声で、助けてと言った。
そのあとには、冷たい石だけ。
「……ユウ」
ナギが、柵の内側で呟いた。
マリは隣に立ったまま、何も言わない。
ただ、ナギの手を握っている。
「スズキ」
マリが、ようやく聞いた。
「ユウ、どこ?」
俺はスマホを見た。
画面には、地図のようなものが浮かんでいる。
村の位置。
北の森の石の門。
そして、そこから東へ離れた場所にある、小さな白い点。
「東の山だ」
「やま?」
「ああ。たぶん、かなり遠い」
「……いける?」
「行けるかどうか、今から考える」
言いながら、自分でも分かっていた。
助けを求められて、反応の場所まで出ている。
行かないという選択は、もうほとんど残っていない。
ゴウダが、石の欠片を布で包みながら言った。
「今すぐは無理だ」
「分かってる」
俺は答えた。
「村の見張りも、火事の後始末もある。北の森の連中も残ってる」
「それだけじゃない」
ゴウダは東の空を見た。
「東の山は、村の者でもあまり入らん。谷が深い。獣もいる。道もない」
「でも、ユウがいる」
ナギが言った。
声は小さい。
それでも、はっきりしていた。
「ユウ、また、こわい」
ゴウダは目を閉じた。
少しだけ、表情が苦しそうだった。
「分かっている」
「助ける?」
マリが聞く。
「助けるために、行ける形を作る」
ゴウダはそう言った。
「死にに行くのではなく、戻って来られるようにな」
それは厳しい言葉だった。
でも、正しい。
村を守る者としては、子ども一人を助けるために何人も危険な山へ入れるわけにはいかない。
鈴木としては、そんな理屈を聞いても、簡単には納得できない。
「俺が行く」
口から、また先に言葉が出た。
「鈴木」
ハルキが、すぐに名前を呼ぶ。
「一人で行く気か」
「違う。誰かと行く」
「誰を」
「……まだ分からない」
それが一番問題だった。
ハルキは森を知っている。
レオも村の周りの道を知っている。
でも、東の山を知る者がいるかは別だ。
「まず、村で聞く」
ゴウダが言った。
「東の山に入ったことのある者がいないか。古い道を知る者がいないか。今夜のうちに探す」
「それまで、ユウは」
ナギの声が震える。
「反応はまだ残ってる」
俺はスマホを見る。
「AI、ユウの場所は追えるか」
「対象識別:ユウに関連する反応は、現時点では維持されています」
「動いてるか」
「ゆっくり東へ移動している可能性があります。ただし、位置は推定です」
胸がざわつく。
「誰かが連れていってる」
「可能性があります」
「追えるか」
「直線距離では、村から一日以上の距離に相当します。実際の移動距離は地形により大幅に変化します」
「一日以上」
ハルキが呟く。
「山道なら、もっとかかる」
「待ってる時間はない」
「だからって、今夜に出ても迷うだけだ」
ハルキの言葉は正しかった。
でも、正しいから待てるわけじゃない。
その夜、村の集会所には数人の大人が集まった。
壁に炭で描かれた簡単な地図。
村。
北の森。
川。
東の山。
地図の端には、スマホに表示された白い点の位置を、俺ができるだけ写している。
「この辺りか」
年配の村人が、東の山の手前を指した。
「昔、炭焼きの者が入ったことがある」
「道はあるのか」
「道と呼べるほどじゃない。谷沿いに行けば、獣道はある」
「山を越えるのか」
「越えない。東の山には、横から入る」
別の老人が、炭の線を追加した。
「ここに古い祠の跡がある。そこまでは行ける。だが、その先は知らん」
「祠」
俺は、スマホの地図を見る。
白い点は、その祠のさらに東にある。
「祠の先に、何かあるのかもしれない」
「門の仲間か」
ハルキが言う。
「北の石の門と、東の山の白い場所」
「同じ印があるなら、関係はあるだろう」
ゴウダが頷く。
「だが、ここから先は村の仕事だけではない」
「どういう意味だ」
「村を守るために、人を出す。だが、村の全員が門の話へ巻き込まれる必要はない」
少し冷たい言い方にも聞こえた。
でも、村の立場としては当然だ。
「行くのは少人数にする」
ゴウダは指を折る。
「森を知るハルキ。足の速いレオ。鈴木」
「わたしも行く」
マリが言った。
集会所が静かになる。
「だめだ」
俺はすぐに答えた。
「でも、ユウ」
「分かってる」
「ナギも」
マリはナギを見る。
「みんな、しろいところ、いた」
「だからこそ、マリは行かない」
「なんで」
「危ないからだ」
「わたしも、しってる」
「知ってるから危ない」
言葉が強くなった。
マリの目が揺れる。
「スズキ、いく」
「ああ」
「ハルキ、いく」
「ああ」
「レオ、いく」
「ああ」
「なんで、わたし、いない」
返す言葉が、すぐには出なかった。
マリは、ただ守られるだけの子どもではなくなっている。
薬草を覚えた。
村の人に挨拶した。
空き小屋を守ろうとした。
ナギやユウを、自分と同じように怖がる子として見ている。
だから、「危ないから待ってろ」だけでは納得できない。
「マリ」
俺は、ゆっくり言った。
「俺が行くのは、マリを助けるためでもある」
「わたし、ここ」
「そうだ」
「でも、わたし、だいじょうぶ」
「大丈夫じゃない」
口にしてから、少し後悔した。
マリの顔が、傷ついたように見えたからだ。
「違う」
俺は言い直す。
「マリが弱いからじゃない。俺が、マリを危ない場所へ連れていきたくない」
「……スズキ、こわい?」
「ああ。怖い」
「わたしも」
「だから、マリには村で待っていてほしい」
「でも、まつの、こわい」
その言葉に、胸が詰まった。
待つことは、何もできないことじゃない。
でも、置いていかれる側には、そう感じない。
そのとき、ナギが小さく手を上げた。
「……マリ」
「なに?」
「いっしょに、いる」
マリがナギを見る。
「ナギも、こわい」
「うん」
「でも、マリ、いたら、ちょっと、だいじょうぶ」
マリの表情が、少しだけ変わる。
「ナギも?」
「うん」
「……わたしも、ナギといる」
その一言に、サヨが静かに頷いた。
「二人には、村でできることがある」
「しごと?」
「そう。白い場所で覚えていることを、少しずつ思い出して。門の印や、白い服の人のことも」
マリは、しばらく考えていた。
やがて、ゆっくり頷いた。
「……おぼえる」
「頼む」
俺が言うと、マリは俺の方を見た。
「スズキも、もどる」
「ああ」
「やくそく」
「約束する」
出発は、夜明け前に決まった。
できるだけ早く。
でも、暗い森で迷わないよう、空が白み始めるころ。
食料。
水。
火起こし用の木片。
麻ひも。
薬草。
ハルキとレオが持つ短い刃物。
俺は、拠点で覚えた「足りないものを数える癖」を使って、何度も荷を確認した。
「多すぎる」
ハルキが言う。
「何が」
「その袋。背負って山を行くなら、もっと減らせ」
「でも水が」
「水は必要だ。だが、食料を持ちすぎると足が遅くなる」
「分かった」
結局、保存食の一部を置いていくことになった。
マリが、出発前に俺のところへ来る。
手には、昨日と同じ香り草の袋。
「また、これ」
「今度もくれるのか」
「なくさない?」
「なくさない」
「ほんと?」
「本当」
俺は袋を受け取った。
「これがあれば、マリが待ってる匂いを思い出せる」
「……へん」
「そうか?」
「でも、いい」
マリは少しだけ笑った。
ナギもその隣にいた。
「スズキ」
「なんだ」
「しろいところ、こわい」
「ああ」
「でも、ユウ、ひとり」
「分かってる」
「……たすけて」
「ああ」
俺は頷いた。
「必ず探す。連れて帰る方法を、諦めない」
村の入口で、ゴウダが俺たちを見送る。
「無理なら戻れ」
「分かってる」
「門を見つけても、すぐに触るな」
「それも分かってる」
「相手が現れたら、子どもを優先しろ。だが、鈴木自身も捕まるな」
「難しい注文だな」
「難しいから言っている」
ハルキが肩をすくめる。
「行くぞ。日が上がる」
俺たちは、東の山へ向かって歩き始めた。
村の外れを抜ける。
北の森とは違う方向。
見慣れない木々。
誰も通らない細い谷。
背中に、村の視線を感じる。
マリとナギがいる。
サヨがいる。
ハルキとレオが前を歩く。
そして、東の山の向こうにはユウがいる。
俺たちは、もう戻れない場所へ向かっている気がした。
しばらく進んだころ、スマホが震えた。
「スズキ」
「どうした」
「対象識別:ユウに関連する反応に変化があります」
「東へ動いたか」
「違います」
画面を見る。
白い点が、急に止まっている。
「止まった?」
「はい」
「門がある場所か」
「可能性があります」
その直後、白い点のすぐ近くに、もう一つ点が現れた。
最初は小さい。
だが、次の瞬間。
白い点は二つになった。
三つ。
四つ。
「……何だ」
俺が呟く。
画面の上で、同じ白い点が次々に増えていく。
「新規対象に類似する反応を複数検出」
AIの声が、いつもより早かった。
「対象数、五。十。十五――」
東の山の奥で。
ユウと同じものが。
まだ、何人も待っている。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




