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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第28話 門の前の子ども

「……スズキ?」


 石の門の前にいる子どもが、俺の名前を呼んだ。


 胸の奥を、何かに掴まれたような気がした。


 俺はあの子と会ったことがない。


 少なくとも、この世界で誰かに「スズキ」と呼ばれたのは、マリと村の人間くらいだ。


 なのに。


 あの子は、俺の名前を知っている。


「誰だ」


 俺は、岩陰から動かないまま聞いた。


 ハルキの手が、俺の腕を強く押さえている。


「出るな」


「でも、あの子が」


「分かってる」


 ハルキの声は低い。


「分かってるから、今は出るな」


 石の前に立つ、布で顔を覆った男が、白い光の玉を掲げた。


 光が強くなる。


 円形の石の内側に、細い線が走る。


 まるで、眠っていた何かが起き始めているようだった。


「鍵を連れてきたな、鈴木」


 男は言った。


「頼んだ覚えはない」


 俺が返す。


「お前の意思など、最初から関係ない」


「じゃあ、何が関係ある」


「門が開くかどうかだ」


 男は、石の中央を見た。


「そして、門はお前を待っている」


 腰の内側で、スマホが小さく震えた。


「スズキ」


「何だ」


「門の中心部から、継続的な反応を検出しています。強度が上昇しています」


「危険か」


「不明です。ただし、近づくほど端末の動作に影響が出る可能性があります」


「今までの異世界生活で一番困る情報だな」


 小さく呟くと、ハルキが怪訝そうにこちらを見る。


「何か言ったか」


「石が、俺のスマホに反応してるらしい」


「……その魔道具が?」


「たぶん」


 レオが、石の門を見据えた。


「向こうは、お前が近づくのを待ってる」


「子どもも、俺が出るための餌だ」


 それは分かっている。


 分かっているから、余計に動けない。


 石の前の子どもは、俺の方を見ていた。


 縛られてはいない。

 でも、逃げられる場所にはいない。


 男たちが近くにいる。


 地面には罠。


 石の円の中には、何かが起きかけている。


「スズキ」


 子どもが、もう一度言った。


「……こわい」


 その声を聞いた瞬間、マリの顔が浮かんだ。


 森で震えていた少女。


 言葉をほとんど知らず、俺の服の裾をつかんでいた子。


 火のそばで、初めて「マリ」と自分の名前を言った子。


 あの子も同じように、誰かに呼ばれたいのかもしれない。


 助けを求める言葉を、他に知らないのかもしれない。


「……くそ」


 俺は歯を食いしばった。


「ハルキ」


「だめだ」


「まだ何も言ってない」


「言うことは分かる」


 ハルキは俺の目を見た。


「子どものところへ行く、だろ」


「行かないと」


「相手の思う通りだ」


「分かってる」


「分かってない」


 ハルキの声が、少しだけ強くなる。


「お前が行けば、あの子だけじゃない。マリも、村も、全部危なくなる」


「じゃあ、見てろって言うのか」


「違う」


 ハルキは一度、深く息を吸った。


「助けるために、考えろ」


 その言葉で、頭の熱が少しだけ下がった。


 助けたい。


 今すぐ走り出したい。


 でも、走り出したところで、あの子を助けられるとは限らない。


 むしろ、俺が捕まれば、相手に渡すものが増えるだけだ。


「AI」


「はい」


「門の周りの罠、見えるか」


「映像を分析中です。確認できる範囲では、縄状の仕掛けが複数あります。木の枝を利用した警報装置らしきものも確認できます」


「子どもの近くは」


「杭の周辺に、地面へ埋められた縄状のものがあります。足元の拘束、または警報用と思われます」


「逃がすには、縄を避けるか、切る必要がある」


「可能性が高いです」


「見張りは」


「確認できる範囲で八名前後。石の後方にも人影がある可能性があります」


 多い。


 こちらは三人。


 正面からやる話じゃない。


「何か考えたか」


 ハルキが小声で聞く。


「正面からは無理だ」


「それは同意する」


「でも、向こうは俺が出るのを待ってる」


「そうだな」


「なら、俺が出ると思わせればいい」


 ハルキの目が少しだけ細くなった。


「どうやって」


 俺は腰からスマホを取り出しかけて、止めた。


 今、画面の光を見せるわけにはいかない。


 代わりに、マリからもらった香り草の袋を取り出す。


「これで、風向きが分かる」


「香り草か」


「ああ。村から来る前、マリがくれた」


 袋を少し開ける。


 乾いた草の匂いが、わずかに流れた。


 風は、俺たちの背中側から石の門の方へ吹いている。


「レオ」


「何だ」


「投石、届くか」


「どこまでだ」


「あの白い光の玉の、少し横」


 レオが木々の隙間から距離を測る。


「届く。だが、一度だ。外せば、終わりだ」


「十分だ」


「何をする」


「音を出す」


 ハルキが眉を寄せる。


「それだけか」


「相手が玉を守るなら、動く」


「お前は」


「俺は、ここにいる」


「本当にか」


「今回は本当に」


「言い方が信用できん」


 ハルキが小さく息を吐く。


 そのとき、石の前の男が、また声を上げた。


「時間がない」


 白い光の玉が、さらに強く光る。


「門はすでに反応している。鈴木、お前が近づけば終わる」


「何が終わる」


「帰る道が開くかもしれない」


 俺の心臓が、強く鳴った。


 帰る道。


 元の世界へ。


 テレビをつけて、冷蔵庫を開けて、コンビニへ行けた、あの世界へ。


 五十代無職。


 何もなくなったと思っていた世界。


 でも、あそこには少なくとも、マリをさらおうとする男はいなかった。


 眠る場所がある。

 壁がある。

 電気がある。


「スズキ」


 ハルキが俺を見る。


「聞くな」


「ああ」


「向こうの言葉に、答えるな」


「分かってる」


 帰りたいと思った。


 一瞬だけ、はっきりと。


 でも、ここにマリがいる。


 村がある。


 そして、目の前には助けを求める子どもがいる。


 俺一人だけ帰る道なんて、道じゃない。


「レオ」


「準備できてる」


「ハルキ、子どもが動いたら、右の茂みから回れるか」


「行ける。だが、見張りが二人いる」


「俺が光を出す」


「お前の魔道具か」


「ああ。ただし、一瞬だけ」


「見せるのか」


「相手が欲しがってるなら、必ず見る」


 ハルキは少し考えた。


 やがて、短く頷く。


「一瞬だぞ」


「分かってる」


「本当に」


「分かってる」


 俺はスマホを手の中で握った。


「AI」


「はい」


「画面の明るさを最大。音はなし。三秒で画面を消す。その後、岩の横へ滑らせる」


「端末を手放すのですか」


「少しだけな」


「推奨しません」


「俺も推奨しない」


「了解しました」


 俺は、落ちていた柔らかい苔と布を手早く巻き、スマホを小さな包みにした。


 石へ直接ぶつけるわけじゃない。


 岩の陰に滑らせるだけだ。


「レオ」


「合図を待つ」


「ハルキ」


「行ける」


 俺は深く息を吸う。


 子どもが、石の前で震えている。


 マリと同じように。


 誰かの名前を呼んでいる。


「今だ」


 スマホの画面が、一瞬だけ強く光った。


 森の暗がりを切り裂く、白い光。


「魔道具だ!」


 石の前の男たちが、いっせいにこちらを見る。


「いたぞ!」


「鍵だ!」


 俺は包んだスマホを、岩の脇へ滑らせた。


 光が、茂みの陰で揺れる。


「レオ!」


 ひゅん、と風を切る音。


 投げられた石が、白い玉の横に落ちた。


 石へぶつかった瞬間、乾いた音が森に響く。


 かんっ!


 白い玉が、大きく揺れた。


「何だ!?」


 男たちの視線が、石の門へ向く。


 玉の光が一度消える。


 そして、次の瞬間。


 石の円の中から、低い唸り声のような音が響いた。


 ごおおおお……。


 地面が、わずかに震える。


「まずい」


 AIが言った。


「門の中心部で、急激な反応変化を確認」


「何が起きる」


「予測できません」


「予測しろよ!」


 石の門の周りにいた男たちが、混乱した。


 何人かが白い玉へ近づく。

 何人かは、俺たちがいる岩場へ走り出す。


「今だ!」


 ハルキが、右の茂みへ飛び出した。


 レオも反対側へ回る。


 俺は、岩陰から子どもの方を見る。


 門の光が、子どもの足元を照らしている。


 縄の仕掛けが、はっきり見えた。


「子ども!」


 思わず、声が出た。


 子どもが顔を上げる。


「動くな! 足元の縄を踏むな!」


 男たちの一人が、こちらへ振り向いた。


「黙れ!」


 その男が子どもの方へ走る。


 ハルキが茂みから石を投げる。


 男の足元に当たり、姿勢が崩れた。


「走れるか!」


 ハルキが叫ぶ。


 子どもは、震えながら頷く。


 その瞬間、石の門の中心から、白い光が噴き上がった。


 空へ伸びるほどの光ではない。


 だが、森の中のすべての影を消すほどに明るい。


 岩陰に滑らせたスマホが、勝手に鳴った。


「警告。未知の接続要求を検出」


「何の接続だ!」


「門の中心部からです」


「拒否しろ!」


「拒否処理を開始――」


 AIの声が、途切れた。


 画面が真っ白になる。


 石の門の光が、俺の方へ細い線を伸ばした。


 その光が、胸元を貫くように近づいてくる。


「スズキ!」


 ハルキの叫び。


 逃げようとした。


 足を動かした。


 でも、光の方が速かった。


 白い線が、岩陰に置かれたスマホを包む。


 次の瞬間。


 スマホの画面に、見たことのない文字が浮かんだ。


 だが、すぐに日本語へ置き換わる。


『認証対象:鈴木』


『帰還経路候補:接続可能』


 そして、その下に――。


『同伴者を選択してください』


 という文字が、静かに表示された。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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