第26話 鍵と呼ばれた男
『板を取れなければ』
『男ごと』
『鍵』
スマホの画面に出た解析結果を、俺はしばらく見つめた。
鍵。
俺が。
「……スズキ?」
寝具の中で、マリが小さく身じろぎした。
まだ完全には眠っていないらしい。
俺は慌てて画面を伏せた。
「起きてたか」
「……こわい?」
マリは、俺の顔を見ていた。
「少しな」
「ひと、また、くる?」
「分からん」
嘘はつきたくなかった。
でも、不安だけを渡すわけにもいかない。
「ただ、来ても一人じゃない」
「ハルキ、サヨ、いる?」
「ああ。村の人もいる」
「……スズキも?」
「いる」
マリは少しだけ目を細め、それから寝具の端を握った。
「なら、ねる」
「眠れるか」
「……がんばる」
その言葉に、少しだけ笑いそうになった。
でも、笑える気分じゃない。
「頑張らなくていい。目を閉じてればいい」
「うん」
マリが目を閉じるまで、俺はそばに座っていた。
その夜、俺はほとんど眠れなかった。
鍵とは何だ。
門とは何だ。
俺がこの世界へ来たことと、関係があるのか。
スマホがここにあることと、関係があるのか。
考えても、答えは出ない。
ただ一つ分かるのは、俺たちを狙っている連中が、何かを知っているということだった。
朝になると、村の空気はさらに重くなっていた。
火事のあと始末。
窓の補修。
見張りの交代。
村人たちは皆、普段の仕事をしているように見える。
でも、誰もが周囲を見ていた。
「鈴木」
サヨが家の入口で言った。
「ゴウダが呼んでる。捕まえた男の話を聞くって」
「マリは」
「私と一緒にいる」
「……行ってくる」
マリは、朝から黙っていた。
俺が立ち上がると、すぐに袖をつかむ。
「スズキ」
「すぐ戻る」
「……ひとり?」
「一人じゃない。ハルキもゴウダもいる」
「でも」
俺はしゃがみ込んだ。
「昨日、マリはサヨと一緒にいて、家を守っただろ」
「……うん」
「今日も、それでいい。俺は話を聞いて、すぐ戻る」
「やくそく?」
「ああ。約束」
マリは迷いながらも、手を離した。
村の中央にある作業小屋は、今は薬草を扱う場所ではなくなっていた。
倒れた棚は端に寄せられ、床の中央には、捕まえた男が座らされている。
手は縄で縛られている。
足首にも縄。
昨日よりは落ち着いているが、目だけはずっと動いていた。
「来たか」
ゴウダが言った。
「話がある」
「俺にもな」
俺は男を見る。
「鍵って何だ」
男は、すぐには返事をしなかった。
「知らねえ」
「昨日、お前らの仲間が言ってた」
「俺じゃない」
「でも聞いてたんだろ」
男の頬がわずかに動く。
ハルキが壁際で腕を組んだ。
「答えろ。答えなければ、村の外へ出すことはない」
「脅しか」
「違う」
ハルキの声は静かだった。
「お前が子どもを使って脅した。その答えを聞いてるだけだ」
男はしばらく黙っていた。
やがて、縛られた手を少し動かし、諦めたように息を吐く。
「森の北に、古い石の場所がある」
「石の場所?」
「崩れた壁みたいな石が、丸く並んでる。真ん中に穴がある」
俺の背筋が冷える。
「それが門か」
「そう呼んでるやつがいる」
「誰が」
「“案内人”だ」
男は答えた。
「名前は知らない。顔も、布で隠してる。あいつは、あの石の場所へ近づくなと言うくせに、金を出して人を集める」
「何のために」
「知らねえ」
「またそれか」
ハルキが苛立ちを隠さず言った。
「本当に知らねえんだよ」
男も声を荒げた。
「俺たちは、森で物を拾って、運んで、邪魔な村を見張れと言われただけだ。薬草を盗め、子どもをさらえ、しゃべる板を持つ男を連れてこいってな」
「なぜ俺なんだ」
「だから、鍵だって言われた」
「どういう鍵だ」
「知らねえ!」
男は縄を引きちぎろうとするように腕を動かした。
「ただ、あの案内人は言ってた。『空から落ちた者は、石の門を開ける』って」
小屋の中が、静まり返った。
空から落ちた者。
俺は、森で目を覚ました。
空から落ちた記憶なんてない。
でも、この世界に来たとき、どうやって来たのかも分からない。
「スズキ」
スマホが、腰の布の内側から小さく呼んだ。
村人たちの前で大きく鳴らないよう、いつもより小さい音量にしている。
「何だ」
「発言内容を記録しました。『石の門』『空から落ちた者』『中央に穴のある円形遺構』を関連情報として整理します」
「今はそれでいい」
「追加の確認があります」
「何だ」
「過去の撮影記録、移動記録、方位情報を照合した結果、北側の森に地形として不自然な円形領域が存在する可能性があります」
俺は息を止めた。
「地図があるのか」
「完全な地図ではありません。歩行経路と撮影方向を組み合わせた推定です」
「いつから分かってた」
「現時点で初めて、条件が揃いました」
ハルキとゴウダが、俺を見る。
「何か分かったのか」
俺は少し迷った。
でも、隠しても仕方がない。
「北の森に、丸い遺跡みたいな場所がある可能性がある」
「こいつの言った石の場所か」
ゴウダの目が鋭くなる。
「たぶん」
「場所は」
「正確にはまだ分からない」
「だが、近いのか」
「村から北側。森の奥だと思う」
男は、その会話を聞いて顔色を変えた。
「やめろ」
「何だ」
ハルキが言う。
「行くな」
男は、さっきまでとは違う声で言った。
「そこへ行くな。案内人に見つかる」
「案内人は、今どこにいる」
「知らねえ」
「嘘だ」
「本当だ!」
男は顔を上げ、俺をまっすぐ見た。
「でも、あいつは見てる。森の北に火を焚けば、必ず気づく。石の場所へ近づく人間がいれば、必ず来る」
「だったら、そこを探ればいい」
ハルキが言う。
「相手を見つけられる」
「違う!」
男は叫んだ。
「見つけられるのは、こっちだ!」
その直後だった。
作業小屋の外で、村人の声が上がった。
「ゴウダさん!」
扉が勢いよく開く。
見張りに立っていた若い村人が、息を切らしていた。
「北の森の方で、光が見えます!」
「火か」
「違います。火より白い。高い木の上から、何度も光ってる」
俺の喉が、ひりついた。
白い光。
森で俺たちが使っていたスマホの光に似ている。
でも、俺のスマホはここにある。
「どれくらい離れてる」
ゴウダが尋ねる。
「北の見張り台から見えました。村の外れより、さらに森の奥です」
ハルキが、捕まえた男を見る。
「案内人か」
男は答えない。
ただ、唇を噛んでいる。
「お前らを呼んでるんだ」
男が、かすれた声で言った。
「石の門へ来いって」
「なぜそう思う」
「光を出すのは、あいつのやり方だ。森にいる人間へ、見える場所から合図する」
俺は、腰に隠したスマホを握った。
あの光が、ただの合図ならいい。
でも、俺たちがここにいると知って出しているなら。
相手は次の手を打ってきた。
三日後まで待たない。
薬草も、小屋も、村も、ただの入口だった。
本当に狙われているのは、北の森にある石の門。
そして、その門を開けるという、俺。
ゴウダはすぐに若い村人へ言った。
「見張り台から、光の位置をもう一度見ろ。人数は追わなくていい。方角だけでいい」
「はい!」
「鈴木」
ゴウダが俺を見る。
「お前の道具で、遠くの光を記録できるか」
「やってみる」
俺たちは作業小屋の外へ出た。
北の見張り台から見えるという方向へ、スマホのカメラを向ける。
木々の隙間。
朝の白いもや。
その奥に、確かに光があった。
焚き火の赤ではない。
白い光が、何度か点滅している。
「記録します」
スマホの画面に、粗い映像が映る。
距離がある。
木の枝も邪魔だ。
それでも、光が一つではないことだけは分かった。
「光源が複数存在する可能性があります。ただし、正確な数は不明です」
「人影は見えるか」
「明確な判別は困難です。光源の下に、複数の暗い輪郭があります」
俺は画面を凝視した。
木々の隙間。
白い光。
その下に、いくつもの影。
そのうちの一つが、やけに小さい。
「……あれ」
俺は思わず呟いた。
「子どもか?」
「対象の大きさは成人より小さい可能性があります。ただし、枝や距離の影響が大きく、断定はできません」
断定はできない。
でも、胸の奥が嫌な音を立てた。
マリとは別の子どもが、北の森にいるかもしれない。
そして、その光は。
俺たちを呼ぶ合図なのかもしれなかった。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




