第24話 魔道具を狙う者
『薬草ではない』
『子ども』
『魔道具』
『男』
スマホが拾った断片に、背中が凍った。
言葉は完全ではない。
だが、意味は十分だった。
マリを狙っている。
俺も狙われている。
そして、胸ポケットに入れていたスマホのことまで知られている。
「どうして」
マリが震える声で言った。
「どうして、しってる」
「……分からん」
分からない。
でも、あいつらはただの薬草泥棒じゃなかった。
俺はスマホを取り出し、画面を見た。
いつもなら頼りになる光が、今はやけに目立つ。
「AI」
「はい」
「こいつらは、お前を知ってるのか」
「現時点で判断できません。当地における同種の端末、または類似する機能を持つ道具が存在した可能性は否定できません」
「否定できないって」
「情報が不足しています」
いつもの淡々とした声。
でも、その内容は重かった。
この世界で、俺のスマホだけが異物だと思っていた。
だが、そうじゃないかもしれない。
「スズキ」
マリが俺の服を引く。
「これ、かくす?」
「ああ」
俺はすぐに頷いた。
「今は見せない。使うときも、できるだけ人のいない場所にする」
「それがいい」
サヨが言った。
「少なくとも、相手はその道具を見ている。持っていると分かるようにしない方がいい」
「でも、記録や音を拾うのには必要だ」
「分かってる」
サヨは一度、息を吐いた。
「だから壊すとか捨てるとかは言わない。でも、今までみたいに胸ポケットへ入れて歩くのはやめて」
「……そうする」
俺はスマホを布で包み、腰の内側へ押し込んだ。
取り出しにくい。
でも、外からは見えない。
そのとき、作業小屋の方で笛が鳴った。
長く、鋭い音。
「捕まえたか」
サヨが立ち上がる。
「分からない。でも、あれは“人を見つけた”合図よ」
ゴウダたちはすでに作業小屋へ向かっている。
俺も行きたかった。
だが、マリをここに一人で置くわけにはいかない。
「サヨ」
「私がマリと残る」
「でも」
「行って、何が起きてるか見てきて」
サヨは短く言った。
「ただし、戦わない。危ないなら戻る」
「分かった」
「本当に?」
「今回は本当に」
「その言葉、便利に使いすぎ」
少しだけ笑いそうになった。
でも、笑えない。
「マリ」
俺はしゃがむ。
「サヨと一緒にいろ。外には出るな」
「スズキは」
「作業小屋を見るだけだ」
「……もどる?」
「戻る」
マリは少し迷ってから、俺の手を握った。
「やくそく」
「ああ。約束」
指を離すのが、思ったより怖かった。
村の中央へ向かうと、作業小屋の前には人が集まっていた。
薬草を乾かす棚が倒され、束ねた草が床に散らばっている。
木箱もいくつか開けられていた。
「何があった」
俺が近づくと、ハルキが振り返った。
「裏から入った」
「犯人は」
「あそこだ」
ハルキが指した先。
作業小屋の裏手に、二人の村人が男を押さえつけていた。
痩せた体。
ぼろい外套。
顔には泥がついている。
そして、右足を少し引きずっていた。
「家の裏に来たやつか」
「ああ」
ハルキが低く答える。
「追いかけてた見張りが、作業小屋の裏で見つけた」
男は押さえつけられながら、こちらを睨んでいた。
目つきは鋭い。
昨日、小屋の前に来た二人組とは違う顔だ。
「お前が、木片を置いたのか」
俺が問う。
男は答えない。
「小屋へ行くなって書いたのも、お前か」
その言葉に、男の目がわずかに動いた。
「……あれを読めたのか」
「読めない。村の人が読んだ」
「そうか」
男は、乾いた声で笑った。
「なら、もっと早く逃げておくべきだったな」
「何からだ」
男は返事をしない。
ゴウダが、男の前に立った。
「名前は」
「言う必要があるか」
「ある」
「ない」
「ある」
低い声同士がぶつかる。
しばらくして、男は面倒そうに目を閉じた。
「リグだ」
「どこの者だ」
「森の向こう」
「集落か」
「違う」
リグは、少しだけ口元を歪めた。
「行き場をなくした人間が集まってるだけだ。集落なんて立派なもんじゃない」
「薬草を盗みに来たのか」
「最初はな」
「最初は?」
ゴウダの声が鋭くなる。
リグの視線が、俺へ向いた。
正確には、俺の腰のあたり。
布で包んだスマホがある場所。
「森で光を見た」
リグが言った。
「最初に見たのは、お前らが森で火を起こしてた頃だ。夜なのに、焚き火とは違う光が見えた」
俺は息を止めた。
「声も聞こえた。誰もいないところから、女みたいな声がする」
「それで狙ったのか」
「違う」
リグは首を振った。
「俺は、あれに近づくなと言われただけだ」
「誰に」
「知らん」
「嘘だ」
「本当だ」
リグは急に声を荒げた。
「俺だって、薬草を盗んで食いつなぐだけのつもりだった。だが、あの二人組が来た。森の北側にいる連中だ」
昨日、小屋に来た二人。
「そいつらが、魔道具を持つ男と子どもを探せと言った」
「どうして俺たちを知ってる」
「知らん!」
リグは歯を食いしばった。
「知ってるのは、森に変な男と子どもがいること。しゃべる光の板を持っていること。子どもは一人で逃げにくいこと。それだけだ」
マリのことを、物みたいに言われた気がして、腹の奥が熱くなる。
「脅しの木片は、お前が置いたのか」
俺はもう一度尋ねた。
「置いた」
「何のために」
「小屋に行くなって言っただろ」
「理由を聞いてる」
リグは黙った。
顔をそむける。
ゴウダが言った。
「話せ。今なら、村として扱いを考える」
「……小屋の下に、穴がある」
リグが、やっと言った。
「穴?」
「古い貯蔵穴だ。昔のものか、誰が掘ったかは知らない。あの二人組は、そこに火をつける物を置いてた」
俺の喉がひりつく。
「小屋を燃やしたのは」
「俺じゃない」
「じゃあ誰が」
「あいつらの片方だ。小屋を燃やして、人を村の外へ出したかったんだろ」
「何のために」
リグは俺を見る。
「子どもをさらうためだ」
一瞬、耳鳴りがした。
「だが、予定が狂った」
リグは続ける。
「村に子どもを入れた。見張りも増えた。だから、あいつらは薬草小屋を荒らして、次の手を考えてる」
「次の手?」
「知らん」
「知らんばかりだな」
ハルキが吐き捨てる。
「本当に知らん」
リグは低く言った。
「だが、一つだけ聞いた。あいつらは、三日後まで待たない」
空気が固まる。
「今夜か」
ゴウダが尋ねる。
「分からない。でも、あいつらは待つのが嫌いだ。相手が備える前に、火か音で動かす」
「また火を使うつもりか」
「……たぶん」
その言葉と同時に、村の南側から悲鳴が上がった。
「火事だ!」
今度は空き小屋の方ではない。
村の中。
家々が並ぶ南の端から、橙色の光が跳ね上がる。
「またか!」
ハルキが走り出す。
ゴウダが怒鳴る。
「半分は残れ! 全員動くな!」
だが、火が上がれば人は動く。
水を運ぶ者。
子どもを呼ぶ者。
家から飛び出す者。
村の中が一気に騒がしくなる。
リグが、地面に押さえつけられたまま乾いた声で言った。
「ほらな」
「何がおかしい」
「火は一つじゃない」
その瞬間、腰の内側でスマホが震えた。
「何だ」
「現在地周辺で、複数の高音と足音を検出しています。周囲が騒がしいため、正確な方向は特定できません」
「サヨの家は分かるか」
「この位置からでは確定できません。ただし、移動時に記録した家の方向へ、複数の音が流れています」
心臓が止まりかけた。
確定ではない。
でも、火事が起きた。
村の人間が動いた。
そして、サヨの家の方角に音が流れている。
「マリがいる家だ」
俺は声を出した。
火事は囮だ。
村の南へ人を走らせて、空いた場所から入る。
狙いは最初から、マリと俺のスマホ。
「ハルキ!」
俺は叫んだ。
「サヨの家だ! マリのところが危ない!」
ハルキが振り返る。
顔色が変わる。
「走るぞ!」
俺も走り出した。
今度は、止まれなかった。
村の中を駆ける。
怒号。
火の光。
水桶を運ぶ足音。
その全部を抜けた先で、サヨの家が見えた。
扉は閉まっている。
窓も閉じている。
でも、家の裏手の壁に、黒い影が二つ張りついていた。
片方の男が、窓板へ刃を差し込んでいる。
そして家の中から、マリの声がした。
「スズキ!」
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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