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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第23話 扉の向こうの火

 ――ことん。


 扉のすぐ向こうで、何かが落ちた。


 家の中から、音が消えた。

 火のはぜる音さえ、やけに遠い。


「動くな」


 ハルキが低く言う。


 彼は入口の脇へ立ち、棒を握り直した。

 年配の男は窓の隙間を見ている。

 サヨは、マリを自分の後ろへ寄せた。


 俺も、マリの前に立つ。


「スズキ」


「いる」


「……ひと?」


「分からん」


 扉の向こうに、人の気配はある。

 だが、今すぐ押し入ろうとしている感じではなかった。


「AI」


「扉付近で接触音を検出。直前に、足音に近い低周波の振動が記録されています」


「人か」


「可能性はあります。ただし、人数と距離は確定できません」


 ハルキが、ゆっくり扉へ近づく。


「誰だ」


 返事はない。


「村の中へ入って、子どものいる家に物を置く。まともな用なら名乗れ」


 それでも、外は静かだった。


 次の瞬間。


 家の裏手から、乾いた笛の音が鳴った。


 ぴいっ、と短く一度。


「裏だ!」


 年配の男が叫ぶ。


 ハルキが扉を開け放つ。

 冷たい夜気が、一気に家の中へ流れ込んだ。


 扉の前には、小さな布袋が落ちている。

 その先、家の裏の茂みが大きく揺れた。


「逃げた!」


 ハルキと年配の男が追う。


 俺も一歩踏み出しかけた。


「スズキ!」


 マリの声が、背中に刺さる。


 振り返ると、マリが俺の服を握っていた。

 顔は青い。

 でも、ただ怖がっているだけではない。


「いかない」


「……そうだな」


 俺は足を止めた。


 追うのは、俺の役目じゃない。

 昨日も、ゴウダに言われたばかりだ。


 生き残る役をやれ。


「ここにいる」


 そう言うと、マリの指が少しだけ緩んだ。


 サヨが扉を閉め、棒をかけ直す。


「正しい判断よ」


「追いたくはなった」


「それで行ってたら、外の相手は喜んだでしょうね」


 そう言われると、何も返せない。


 布袋は、ハルキが戻るまで触らなかった。


 毒があるかもしれない。

 罠かもしれない。

 村の中で、敵の置いた物を軽く扱う理由はない。


 数分後、ハルキたちが戻ってきた。


 息は上がっているが、怪我はない。


「逃げられた」


「右足を引きずってたか」


 俺が聞くと、ハルキが目を細めた。


「なぜ分かる」


「AIが前に、そう記録してた」


「……引きずってた。速くはないが、森の暗がりに入られた」


 昨日、家の裏に来た影。

 右足を引きずる誰か。

 小屋へ行くな、と木片を残した人物。


 今回も同じ人間なのか。

 それとも、別の誰かがその特徴を真似しているのか。


「袋を見よう」


 ゴウダの声がした。


 いつの間にか、村のまとめ役も来ていた。

 寝間着の上から外套を羽織っている。


「家の前に置かれたなら、村全体に関わる」


 ハルキが棒の先で袋をひっくり返す。


 中から出てきたのは、乾いた薬草の束だった。


「薬草?」


 サヨが眉を寄せる。


「村のものじゃない」


 薬草の下には、細い木片があった。

 また文字が刻まれている。


 ゴウダが受け取る。

 火のそばへ寄り、しばらく黙って読んだ。


「何て書いてある」


 ハルキの問いに、ゴウダは顔を上げた。


「……『小屋が燃える』」


 その瞬間、外から叫び声が上がった。


「火だ!」


 村の外れ。


 空き小屋がある方角の空が、赤く染まっている。


「やられた!」


 ハルキが駆け出す。


「待て!」


 ゴウダが叫んだ。


「全員行くな! 村に残れ!」


 だが、火の光を見れば、誰だって走りたくなる。


 空き小屋には、古布と傷んだ薬草しか残していない。

 それでも、村の外れに火をつけられたなら、放ってはおけない。


「ハルキ、俺も」


「お前は家にいろ!」


「でも小屋が」


「小屋よりマリだ!」


 言い切られた。


 俺は、そこで止まった。

 止まるしかなかった。


 ハルキたちは村の男たちとともに、火の方へ走っていく。


 ゴウダは数人を村に残し、畑側と北の柵の見張りを強めた。


「誰かの狙いは、こっちの人間を動かすことだ」


 ゴウダが言う。


「火へ全員が走れば、村の中が空く」


「じゃあ、火は囮か」


「可能性が高い」


 空き小屋の炎は、夜の空に不気味な明かりを投げている。


 赤い。

 近い。

 けれど、俺たちは走れない。


 家の中に戻ると、マリは火の方角を見ていた。


「こや」


「ああ」


「もえる?」


「……燃えてる」


「だいじだった」


「分かってる」


 言葉が足りなかった。


 小屋は、薬草を乾かす場所だった。

 村と森をつなぐ仕事場だった。

 雨の日の避難場所だった。

 マリが「ここ、つかう」と言った場所だった。


 でも今は、そこへ行けない。


「マリ」


「……なに」


「小屋は、また作れる」


「でも」


「でも、マリは一人しかいない」


 マリは、少しだけ目を伏せた。


 その横で、スマホが震えた。


「周辺音声に異常があります」


「またか」


「家の北側で、複数の足音に類似する音を検出しました」


 空気が固まる。


「ゴウダ」


 俺はすぐに呼んだ。


「北側で足音みたいな音がある。数は分からないけど、複数に聞こえるらしい」


 ゴウダの顔が、すぐに変わった。


「見張りを呼べ!」


 外にいた村人が、笛を吹く。

 短く、二回。


 今度は村の中から、別の笛が返った。


 ぴいっ。

 ぴいっ。


 家の外を、複数の足音が走る。


 村の人間か。

 外の連中か。

 分からない。


「裏口は」


 サヨが尋ねる。


「ない」


「なら、窓を閉めて」


 俺は窓板を押さえる。


 マリは火のそばで、震える手を握っていた。


「スズキ」


「いる」


「……こない?」


「来ても、入れさせない」


「約束?」


「約束だ」


 その直後、外から誰かの声がした。


「ゴウダさん!」


 若い村人の声だった。


「北の路地に、誰もいません!」


「足跡は!」


「途中で消えてます!」


 おかしい。


 複数の足音が、村の中に入った。

 それなのに、誰もいない。


「AI、さっきの音は」


「記録を再確認しています」


 数秒後、スマホが答えた。


「訂正します。複数の足音とは断定できません」


「何だって?」


「反響音と、硬い物体を地面へ打ちつける音が重なっていました。実際の移動者は一名、または少数である可能性があります」


「一人で、複数人の足音に聞かせたのか」


 ゴウダが低く言う。


「村の見張りを散らすために」


 火。

 家の前の袋。

 北側の足音。


 全部、村の人間を動かすための囮だった。


「本命はどこだ」


 俺が呟く。


 その答えは、すぐに出た。


 村の中央。

 作業小屋の方から、何かが倒れる大きな音が響いた。


 がたん、と木箱が崩れる音。


 続いて、女の悲鳴。


「薬草小屋だ!」


 サヨの顔が青ざめた。


「村の薬草が、あそこにある!」


 ゴウダが扉へ向かう。


「見張りを二人、ここへ残せ! それ以外は作業小屋へ!」


 村の中が、一気に動き出した。


 俺はマリの手を握り、サヨの家の壁際へ寄せた。


 火の光が、窓の隙間から揺れている。


 小屋を燃やしたのは囮。

 家の前の袋も囮。

 足音も囮。


 相手は最初から、村の薬草を狙っていた。


 だが、それだけなら、マリを脅しに使う必要はない。


「スズキ」


 マリが震える声で言った。


「……ひと、いっぱい、うそ」


「ああ」


「でも、ほんとの、ねらい」


「まだ分からん」


 俺がそう言ったとき、スマホの画面が一度、強く明滅した。


「新たな音声断片を検出しました」


「どこだ」


「作業小屋の方向です。距離があるため、不明瞭です」


 画面には、拾ったばかりの音声が解析される。


 聞き取りにくい男の声。

 周囲の怒号と、木箱の倒れる音。

 その中に、いくつかの語句が浮かぶ。


「確定はできませんが、『薬草ではない』『子ども』『魔道具』『男』に近い語が含まれています」


 息が止まった。


 狙いは薬草だけじゃない。

 マリだけでもない。


 あいつらは、俺たちを狙っている。


 そして――。


 スマホの存在まで、知っている。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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