第22話 窓の外の合図
――ことん。
小さな音が、家の裏手からした。
風で枝が落ちた音にも聞こえる。
でも、二度続けて同じ場所から鳴ったなら、偶然ではない。
「スズキ」
スマホの声が、いつもより低く聞こえた。
「家の裏手で、連続した接触音を検出しました」
「人か」
「直前に、二足歩行に近い足音が記録されています。ただし、暗所のため対象は確認できません」
寝具の上で、マリが小さく身じろぎした。
眠っている。
起こしたくない。
俺は息を殺し、窓の近くまで歩いた。
木の板で作られた窓は、隙間から外が少し見えるだけだ。
村の灯りは正面側にある。
裏手は暗い。
黒い影が、壁際にしゃがんでいるように見えた。
「……誰だ」
声を出すべきか迷った。
相手が昨日の連中なら、こちらが起きていると知らせるだけになる。
でも、家の裏まで来ている。
黙って見過ごす方が危ない。
「スズキ、家の正面側から複数の足音を検出しました」
「別か」
「足音の間隔と方向から、村の見張りである可能性があります」
その直後だった。
「サヨ!」
外からハルキの声が響いた。
「いるか!」
裏手の影が、ぴくりと動いた。
そして、窓の下へ何かを置くと、茂みの方へ走り去った。
「逃げた」
「裏手から北東方向へ移動しています。移動速度が上がっています」
スマホがすぐに答える。
家の正面から、扉を叩く音がした。
「サヨ! 開けろ!」
サヨは隣の部屋で寝ていたらしい。
慌てた足音がして、扉が開く。
「何なの、こんな時間に」
「裏で動く影を見た。鈴木たちはいるか」
「いる」
その声で、マリが目を覚ました。
「……スズキ?」
「大丈夫だ」
俺はすぐに寝具のそばへ戻った。
「外で、少し音がしただけだ」
「ひと?」
「分からん。でも、村の人も来てる」
マリは不安そうに起き上がった。
セーターの裾を握って、俺の服を探す。
「ここにいる」
俺が手を出すと、マリは両手でそれをつかんだ。
「……いかない?」
「行かない。今はな」
扉の外にいたハルキと、年配の男が中へ入る。
ハルキは俺たちの無事を確認すると、すぐに窓の方へ向かった。
「裏に誰かいたのか」
「ああ。窓の下にしゃがんでた」
「顔は」
「見えなかった」
「何かされたか」
「置いていったものがある」
俺は窓の下を指した。
ハルキが慎重に外へ回る。
年配の男は入口の前で周囲を警戒する。
サヨはマリのそばに座り、落ち着かせるように背中をさすった。
「大丈夫。もう見張りがいる」
「……こわい」
「そうね。怖いわよね」
サヨは否定しない。
「でも、怖いときに一人でいなくていい」
マリは小さく頷いた。
少しして、ハルキが裏手から戻ってきた。
手には、平たい石が一つある。
「これだ」
石には、布が巻かれていた。
ほどくと、中から小さな木片が出てくる。
「また木片か」
ゴウダがいれば読める。
そう思ったが、ハルキは文字を見た途端、顔をしかめた。
「読めるのか」
「少しだけだ」
「何て書いてある」
ハルキはすぐには答えなかった。
木片を火の明かりへ近づけ、何度か確かめる。
「……『小屋へ行くな』」
「は?」
「それだけだ」
短い文字だった。
小屋へ行くな。
脅しなのか。
忠告なのか。
昨日までなら、敵の罠だと考える。
だが、わざわざマリがいる家の裏に来て、こんなものを置いていく意味が分からない。
「誰が書いた」
サヨが尋ねる。
「分からん」
ハルキは木片を握りしめた。
「だが、昨日の脅しと同じような字じゃない」
「分かるのか」
「木の削り方が違う。昨日のは、勢い任せに掘ってた。これは細い刃で、ゆっくり刻んでる」
年配の男が眉を寄せた。
「別の人間がいるってことか」
「そうかもしれん」
その言葉で、部屋の空気が重くなった。
脅してきた連中。
そして、警告してきた誰か。
村の外にいる人間が、少なくとも二組いるのか。
それとも、同じ連中の中で意見が割れているのか。
「AI、影の記録は」
「暗所のため、顔の判別は困難です。ただし、移動時に右足を引きずるような歩行特徴が記録されています」
「怪我してるのか」
「負傷、靴底の損傷、あるいは荷重の偏りが考えられます」
「右足を引きずる奴」
ハルキが繰り返す。
「昨日の二人には、そんな歩き方のやつはいなかった」
「じゃあ、別人か」
「可能性は高い」
そのとき、外で笛の音が鳴った。
短く二回。
村の見張りが使う合図らしい。
「北の柵だ」
年配の男が顔を上げる。
「何かあった」
ハルキはすぐに扉へ向かった。
だが、俺たちを見て足を止める。
「鈴木。マリから離れるな」
「分かってる」
「今夜は家から出るな」
「それも分かってる」
「本当にか?」
「今回は本当に」
「信用ならんが、行く」
ハルキは年配の男と一緒に走り去った。
家の中に残ったのは、俺とマリとサヨ。
そして、窓の下から拾われた木片。
サヨは扉に木の棒をかけ、念のため内側から固定した。
「今夜は眠らない方がいいかもね」
「サヨもか」
「この家に子どもがいる以上、寝てられない」
マリがその言葉を聞いて、少しだけ肩を縮めた。
「……わたし、いるから」
「違う」
今度はサヨが、はっきり言った。
「マリがいるから守るんじゃない。マリがいるかどうかに関係なく、脅す人間が悪いの」
マリは目を丸くした。
「でも」
「でもじゃない」
サヨは少し笑った。
「スズキと同じことを言うのね」
俺は思わずサヨを見る。
彼女は肩をすくめた。
「あなたたち、似たことばかり言うから」
少しだけ、空気がゆるんだ。
その直後、スマホがまた震えた。
「今度は何だ」
「先ほどの木片の撮影記録を解析しました」
「文字が読めるのか」
「文字体系の学習データが不足しているため、内容の確定はできません。しかし、刻み跡に不自然な特徴があります」
「不自然?」
画面には木片の拡大画像が表示される。
文字の下。
端の方に、小さな線がいくつか刻まれていた。
「これは文字じゃないのか」
「記号、あるいは簡略化された位置情報である可能性があります」
サヨが画面を覗き込む。
「……これ、川じゃない?」
「川?」
「真ん中の長い線。それで、ここが森の端。小屋はたぶん、この印」
彼女が指した場所に、小さな丸がある。
その少し北に、×印のようなもの。
「×は何だ」
「分からない」
サヨは首を横に振った。
「でも、ただの飾りじゃないと思う」
木片には確かに、「小屋へ行くな」という言葉のほかに、何かが残されていた。
それはただの警告じゃない。
場所を示している。
「スズキ」
マリが俺の手を握り直した。
「……あぶない、ばしょ?」
「たぶんな」
「いかない?」
「今夜は行かない」
「……あした?」
答えられなかった。
行かなければ、何があるか分からない。
行けば、罠かもしれない。
でも、あの小屋は村の外れにある。
薬草を運べと言われた場所でもある。
そして、木片に書かれた「行くな」は、三日後の受け渡しより前に、何かが起こるという意味かもしれない。
夜がさらに深くなったころ、ハルキが戻ってきた。
「北の柵に、罠があった」
「罠?」
「ああ。人を傷つけるためのものじゃない。鈴のついた細い縄だ」
「見張りを呼ぶためか」
「逆だ」
ハルキの顔は険しい。
「村の人間が通ったら、音で分かるように仕掛けてあった。誰がどこを見回ってるか、外から確かめるための罠だ」
村の見張りの動きまで、探られている。
「外の連中は、村を見てる」
俺が言う。
「見てるだけじゃない」
ハルキは手の中の何かを見せた。
鈴のついた縄。
その先には、泥に汚れた小さな布切れが結ばれていた。
布には、見覚えのある模様があった。
俺が森で拾ったものと同じ。
あの男たちが落としていった布切れと。
「三日後を待つ気なんて、最初からない」
ハルキが低く言った。
「向こうは今夜から、村の見張りの穴を探してる」
火が、ぱちりと音を立てた。
マリの手が、俺の手を強く握る。
次に狙われるのは、小屋か。
村の薬草か。
それとも、この家か。
その答えが出るより先に、家の外で三度目の音がした。
――ことん。
今度は窓の下ではない。
入口の扉の、すぐ向こうだった。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
ChatGPT




