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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第21話 三日後の約束

 木片に刻まれた文字を、俺は読めなかった。


 だが、ゴウダの顔を見れば十分だった。


 薬草を寄越せ。

 従わなければ、森にいる子どもを連れていく。


 その内容が空き小屋の前に落ちたあと、誰もすぐには喋れなかった。


「……マリ」


 マリが自分の胸を指さす。


 声は小さい。

 でも、意味ははっきりしていた。


「わたし?」


「ああ」


 俺はすぐに答えた。


 曖昧にした方が怖がらせない、とは思えなかった。


「お前のことを言ってる」


 マリの指が、胸元で止まった。


 セーターの裾をつかむ手に、少しだけ力が入る。


「なんで」


「分からん」


「スズキと、こや、みてた?」


「たぶんな」


 昨日の夜。

 森で見つけた焚き火跡。

 小屋を見に来た男たち。


 もっと前から、こっちを見ていたのかもしれない。


 マリはしばらく黙っていた。


 泣きはしない。

 でも、顔から血の気が引いていくのが分かった。


「……ごめん」


「何がだ」


「わたし、いるから」


 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。


「違う」


 俺はしゃがみ込み、マリの肩に手を置いた。


「マリがいるから悪いんじゃない。悪いのは、子どもを脅しに使う連中だ」


「でも」


「でもじゃない」


 少し強い声になった。


 マリがびくりと肩を揺らす。


 俺は息を整えた。


「お前は悪くない。絶対にだ」


 マリは俺の顔を見て、それから小さく頷いた。


 その頷きは弱かったが、目を逸らさなかった。


「……うん」


「よし」


 ゴウダが、重い声で口を開いた。


「まず、マリを森へ戻すわけにはいかん」


「村に置くのか」


 ハルキが尋ねる。


「村の中なら、少なくとも一人でさらわれることはない。見張りもいる」


「でも、村へ連れてきたら、相手に場所が分かる」


 サヨが言う。


「今の時点で、あいつらは小屋も森も知ってる。村の周りも、少しは見ているはずよ」


「だからこそ中へ入れる」


 ゴウダは即答した。


「外に置くよりはましだ」


 その言い方に、誰もすぐ反論しなかった。


 村の中が絶対に安全というわけではない。

 だが、森の拠点よりは人の目がある。


 少なくとも、マリを一人にしないことはできる。


「空き小屋はどうする」


 ハルキが聞いた。


「いったん閉じる」


 ゴウダは言った。


「薬草は村の中へ移す。小屋に残すのは、傷んだ草と古い布だけでいい」


「……小屋、使わないのか」


 マリが尋ねた。


「今はな」


 ハルキが答える。


「守れない場所を、無理に使うわけにはいかない」


「こや、だいじだった」


「ああ。大事だった」


 ハルキは小屋を見る。


「だから、壊される前に守り方を変える」


 マリはその言葉を考えるように、小屋の入口を見つめていた。


 ゴウダは木片を布で包み、年配の男へ渡した。


「村へ持ち帰れ。見張りを増やす」


「分かった」


「薬草は移せるだけ移せ。小屋には、価値のないものだけを残す」


「待て」


 俺は口を挟んだ。


「残すのか」


「残す」


 ゴウダは俺を見る。


「相手は、三日後に小屋へ薬草を持ってこいと言っている。なら、あそこを見ている」


「罠にする気か」


「罠、というより、相手が何を求めているか確かめる」


 ハルキが腕を組む。


「薬草だけが欲しいなら、取りに来る。マリを狙っているなら、人を探して近づいてくる」


「どっちにしても危ないだろ」


「危ない」


 ゴウダは否定しない。


「だから村の人間だけでやる。スズキとマリは前に出るな」


「俺は」


「お前もだ」


 言い切られた。


「お前は昨日、相手の声を拾った。森の痕跡も見つけた。だが、戦うための人間ではない」


「……その通りだけどさ」


「なら、生き残る役をやれ」


 その言葉には、反論しにくかった。


 俺は五十代の無職だ。


 学生時代に格闘技をやっていたわけでもない。

 狩人でもない。

 異世界に来たからといって、急に勇者になれるわけじゃない。


 今の俺にできるのは、火を起こすこと。


 薬草を記録すること。


 マリと生き延びること。


 それだけだ。


「……分かった」


 口に出すと、少し悔しかった。


 でも、マリの手が俺の袖をつかんだ。


「スズキ、いる」


「ああ」


「いっしょ」


「一緒だ」


 その短いやり取りで、少しだけ頭が冷えた。


 村へ入ると、空気が普段とまるで違っていた。


 畑仕事をしていた人たちが顔を上げる。

 水を運んでいた女たちが、静かにこちらを見る。


 誰も大声を出さない。


 だが、木片の話はすぐに広がった。


「子どもを脅したのか」


「外の連中が?」


「本当に森にいる子のことを知ってるのか」


 声は低い。


 怒鳴る人はいない。


 そのかわり、怒りが静かに積もっていく。


 サヨは、村の中央にある少し大きめの家へマリを連れていった。


「今日はここにいなさい」


「ここ?」


「私の家。夜も戸を閉めるし、近くに人もいる」


 マリは入口の前で止まった。


 俺を見る。


「スズキも?」


「俺もいる」


「ここで?」


「ああ。今日はな」


 嘘ではない。


 ただ、「今日は」という言葉が、どうしても重かった。


 家の中には、乾いた木の匂いがした。


 壁があり、屋根があり、床がある。


 拠点や空き小屋とは違う。


 ちゃんと誰かが寝て、食べて、暮らしている場所だ。


 マリは部屋の隅に置かれた寝具を見て、しばらく動かなかった。


「……ここ、ねる?」


「そう」


 サヨが言う。


「雨が降っても濡れない。風が吹いても、壁がある」


「すごい」


 マリの口から、思わず漏れたような声が出た。


 その言葉に、サヨは少しだけ目を細める。


「そうね。普通は、そういうものよ」


「普通」


「マリにとっては、まだ普通じゃないかもしれないけど」


 俺は何も言えなかった。


 火を守る。

 草履を編む。

 薬草を乾かす。


 そんなことばかりに追われていた。


 壁と屋根のある場所で眠ることが、マリにとって「すごい」ことだったと、改めて思い知らされる。


 昼を過ぎるころ、ハルキが戻ってきた。


「小屋の荷を移した」


「早いな」


「全員でやった」


 ハルキの服には、藁と土がついていた。


「使える薬草は村の作業小屋へ入れた。空き小屋には、傷んだ草と古い布だけ残した」


「相手に取らせるためか」


「取るならな」


 ハルキは声を落とす。


「それと、小屋の近くに見慣れない足跡があった。二人分じゃない。少なくとも四人」


 背中が冷えた。


「増えてるのか」


「たぶん」


「三日後まで待つ気か」


「分からん」


 そのとき、胸ポケットのスマホが震えた。


「何だ」


「未整理の画像記録から、重要な特徴を検出しました」


「今?」


「はい。昨日、森で撮影された罠の周辺映像です」


 画面には、逃げたウサギと罠の跡が映っている。


 枝。

 縄。

 泥。


 その奥に、ぼやけた人影の足元。


「ここを拡大します」


 画像が少しずつ大きくなる。


 人影の腰に、小さな布袋が下がっていた。


 見覚えがある。


「……薬草袋?」


 村で使っているものと似ている。


 だが、まったく同じではない。

 袋の口を縛る紐に、村の作業小屋で見たものと似た染め糸が使われている。


「村のものか」


 ハルキの顔が険しくなる。


「いや」


 サヨが画面を覗き込んだ。


「これは村で配ってる袋じゃない。だけど、薬草を外へ運ぶ人間が使う形に近い」


「外へ運ぶ?」


「ああ」


 ゴウダが後ろから答えた。


「村の薬草は、時々、街道沿いの町へ持っていく。村だけでは使い切れない分を交換するためにな」


「じゃあ、あの連中は町から来たのか」


「そうとは限らん」


 ゴウダの表情は硬い。


「だが、村の薬草がどこへ流れるかを知っている人間が関わっている可能性はある」


 村の外から来た連中。


 薬草を狙う連中。


 マリのことまで知っている連中。


 ただの森荒らしじゃない。


 村の中か、外との取引のどこかで、情報が漏れている。


「村に、話を流したやつがいるってことか」


 俺が言うと、誰もすぐには否定しなかった。


 その沈黙が、一番怖かった。


 夜になり、村の家々に灯りがともった。


 サヨの家の中で、マリは寝具の端に座っている。


 食べ物を口にしても、いつもより遅い。


「食べられないか」


「……たべる」


「無理しなくていい」


「無理じゃない」


 その言い方は、少しだけ強かった。


 マリは保存食を一口食べて、それから顔を上げる。


「スズキ」


「なんだ」


「わたし、ここにいる」


「ああ」


「さらわれない」


「さらわせない」


「約束?」


 俺は一瞬、言葉に詰まった。


 絶対に守る。


 そんなことを言いたい。


 でも、守れる保証がないのに、簡単な約束にしていいのか。


 それでも、マリの目は俺を見ている。


「約束する」


 俺は言った。


「一人にしない。もし何かあっても、必ず探す。マリが帰ってこられる場所を守る」


 マリは少しだけ目を伏せた。


 それから、俺の手を両手で握る。


「……うん」


 その夜、村の見張りは増えた。


 小屋の周囲だけじゃない。


 村の入口。

 畑の外れ。

 森へ続く道。


 火の光が、いつもより多く揺れている。


 俺は眠れずに、サヨの家の窓から外を見ていた。


 村の人間が疑い合う空気は、まだ表には出ていない。


 だが、情報が漏れているかもしれない。


 その可能性だけで、昨日までの安心は崩れかけていた。


 胸ポケットのスマホが、また小さく震える。


「何だ」


「家の裏手で、微細な衝突音を検出しました」


 俺は息を止めた。


「裏手?」


「はい。木材または石が、壁際に接触した可能性があります」


 窓の外は暗い。


 雨は降っていない。

 風も弱い。


 それなのに、家の裏手から、かすかな音がした。


 ことん。


 誰かが、壁際に小さな石を置いたような音だった。


 マリが眠る寝具のそばで、もう一度。


 ことん。


 今度は、はっきり聞こえた。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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