第14話 村に運ぶもの
朝から、空気が少しだけざわついていた。
理由は単純で、今日は村へ持っていく薬草の量がいつもより多い。
それだけのことなのに、俺のほうが妙に落ち着かない。
拠点の岩に立てかけた草袋を見ては、これで足りるかと何度も確認してしまう。
「スズキ」
火のそばで、マリがこちらを見た。
「なんだ」
「……いっぱい」
「ああ。今日は多い」
「だいじょうぶ?」
その問いは、たぶん袋の中身だけじゃない。
村へ行くこと自体への不安も混じっている。
「大丈夫だ。前よりはな」
「……うん」
マリはそれ以上言わなかった。
だが、草袋を見つめる目は真剣だった。
自分たちの集めたものが、村で受け取られるかもしれない。
その意味を、少しずつ分かってきているらしい。
今日持っていくのは、ハルキに教わった三種類の薬草だ。
傷に使うもの。
熱を下げるもの。
虫除けに使うもの。
それぞれ別に束ね、乾き具合もそろえてある。
昨日までより、かなりきちんとしている。
「よし」
俺は草袋を肩に掛け、焚き火の火を弱めた。
完全に燃えたまま出るのは怖い。
灰を厚めにかぶせ、石で囲った中に小さな火種だけを残す。
周囲の乾いた葉は、少し離しておいた。
「これなら、戻ってから火を戻せる……はずだ」
「ひ、ねてる?」
「寝てるみたいなもんだな。起こすときは、枝を足す」
マリは焚き火の跡をじっと見てから、小さく頷いた。
村へ向かう道は、もう迷わない。
川沿いを進み、森が少し開けたところで木柵が見える。
見慣れてきたはずなのに、村が近づくと、やはり胸の奥が少しだけざわつく。
入口では、前と同じ年配の男がいた。
今日は俺たちを見ると、先に軽く頷いた。
「来たか」
「来た」
「今日は量があるんだろう」
「一応な」
男は草袋を見てから、ハルキを呼んだ。
しばらくして出てきたハルキは、袋の重さを片手で確かめたあと、少しだけ口元を緩めた。
「悪くない」
「そうか」
「前より束ね方もましだ」
「それはどうも」
昨日の作業の成果が、少しは出ているらしい。
そう思うと、ほっとした。
村の作業小屋に入ると、今日はいつもより人が多かった。
大人が三人、薬草を広げる台のまわりに集まっている。
その中には、見慣れない女の村人もいた。
年は若い。
髪を後ろでまとめ、手には布の袋を持っている。
「これが、昨日言ってた外から来たやつか」
女は俺を見るなり、そう言った。
「……そうだ」
「ふうん。森で暮らしてるわりには、手入れが悪くない」
「それ、褒めてるのか」
「半分はな」
ハルキが横から口を挟む。
「口は悪いが、見る目はある。こっちはサヨだ。村で薬草の仕分けをやってる」
「鈴木だ」
「スズキ、ね」
サヨは俺より先に草袋へ手を伸ばし、中から一束取り出した。
葉を広げ、乾き具合を確かめる。
「……前よりいい。これはちゃんと使える」
「だろうな」
「調子に乗るな」
そう言いながらも、サヨの声は悪くない。
昨日のハルキよりも少しだけ厳しいが、そのぶん率直だった。
マリは、作業台の端に立ってそのやり取りを見ていた。
村人の数が増えたぶん、少し緊張している。
だが、前みたいに完全に固まるわけではない。
「今日は、少し教えられることがある」
ハルキが言った。
「昨日の三種に加えて、もう一つだけ似た草を見せる。これを覚えれば、持ってきたときの失敗が減る」
「似た草?」
「こっちだ」
ハルキが示したのは、見た目がかなり近い草だった。
葉の形が似ている。
だが、よく見ると茎の色が少し違う。
「こっちは採るな。葉は似てるが、乾かすと扱いづらい」
「似すぎだろ」
「だから間違うんだ」
「たしかに」
俺はスマホで写真を残し、AIに記録を整理させる。
似た草同士を横並びで保存しておくと、あとで違いを見返しやすい。
「画像の比較表示を作成しました。茎色、葉縁、葉脈の間隔に差があります」
「助かる」
サヨは、そのスマホの動きを見ながら眉を上げた。
「何度見ても、不思議な道具だな」
「俺もそう思う」
「しゃべるんだろ、それ」
「ああ。手伝ってくれる」
「なら、余計に不思議だ」
サヨはそう言って、少しだけ笑った。
今日は薬草の仕分けだけでは終わらなかった。
村の人間がいくつかの草を持ってきて、俺にも見せた。
これは傷用。
こっちは煎じる用。
これは虫除け。
そして、これは乾かすと折れやすいから、別にする。
「覚えることが増えるな」
「増えるのは悪くない」
ハルキがそう言う。
「覚えた分だけ、持ち込めるものも増える」
「たしかにな」
その言葉は、今の俺にはかなり重要だった。
ただ拾ったものを持っていくのではなく、意味のあるものを集めて持ち帰る。
それができれば、村との関係はもう少し深くなる。
昼前、年配の男が布袋をひとつ持ってきた。
中には、乾いた木の実、保存食、麻ひも、そして薄い布が少し入っている。
「今日は多いな」
「量が増えたからな」
「なるほど」
男は俺を見て、それからマリを見た。
「この子も、前より落ち着いてる」
「少しはな」
「人のいる場所に慣れるのは、時間がかかる。だが、慣れれば楽になる」
そう言ってから、男は少し声を落とした。
「村に来るときは、必ず入口で声をかけろ。勝手に入ると、見張りが驚く」
「分かった」
「それと、薬草を持ってくるなら、雨の前の日は避けろ。乾きが悪くなる」
「それも覚える」
村の決まりごとは、ひとつひとつなら難しくない。
だが、知らないと困るものばかりだ。
その意味では、今こうして教わっているのは大きい。
作業の途中で、マリが小さく俺の袖を引いた。
「……スズキ」
「ん?」
「これ、なに」
彼女が指したのは、仕分け台の上にあった小さな布包みだった。
ハルキが開いて見せると、中には乾燥させた細い葉が入っている。
「これは、村でよく使う香り草だ。虫よけにもなるし、寝床に少し入れることもある」
「……いいにおい」
マリは、少しだけ顔を近づけて言った。
その反応に、サヨが目を細める。
「鼻は利くのか」
「……たぶん」
「なら、覚えやすいかもしれないな」
サヨはそう言って、ひとつだけ葉を渡した。
マリは戸惑いながら受け取り、両手で包むように持つ。
「ありがとう」
小さな声だったが、はっきり言えた。
サヨは少し驚いた顔をして、それから軽くうなずく。
「礼が言えるなら、悪くない」
「それ、どういう意味だ」
「そのままの意味だ」
少しだけ空気が和らいだ。
作業を終えるころ、ハルキが俺を小屋の外へ呼んだ。
人目の少ない場所に出ると、少し低い声で言う。
「次からは、ここに来る前に薬草の種類をメモしておけ」
「メモ?」
「お前の道具に残せるんだろ」
「ああ」
「なら、何を何束持ってきたか分かるようにしろ。村で数える手間が減る」
「それは確かにそうだな」
「それに、雨が近い日は無理するな。乾かせなかった草は値が落ちる」
「分かった」
ハルキは一度言葉を切って、それから少しだけ周囲を見た。
「あと、村の外れに、今はほとんど使ってない小屋が一つある」
「小屋?」
「ああ。物置みたいなものだ。すぐ使えるとは言わないが、雨が強い日に避難する場所くらいにはなるかもしれない」
「俺たちが使っていいのか」
「まだ決まったわけじゃない。俺一人で決められる話でもない。けど、必要なら次に見せる」
それはかなり大きい話だった。
拠点があるとはいえ、村の近くに雨をしのげる場所があるなら、行き来がずっと楽になる。
「助かる」
「礼はまだ早い。見せるだけだ」
ハルキはそう言って、また作業台の方へ戻っていった。
帰り道、マリは受け取った香り草を何度も見ていた。
「いいにおい」
「ああ」
「また、もらえる?」
「ちゃんと持っていけばな」
「……わたしも、わかる」
「何がだ」
「村のもの」
その言葉を聞いて、少し胸の奥が温かくなった。
マリにとって、村はまだ完全に安心できる場所ではない。
だが、「よそ」ではなく、少しずつ「関わる場所」になってきている。
拠点へ戻ると、俺はもらった布を広げた。
薄いが、補修には十分使える。
麻ひもも増えた。
保存食もある。
薬草の記録も、また少し増えた。
「今日は、いろいろもらったな」
「……うん」
「村で何が必要か、少し見えてきた」
「……わたしも?」
「お前もだ」
マリは少しだけ考えてから、うなずいた。
「ここ、すこしわかる」
「そうか」
この「少しわかる」が、今は大きい。
最初はただ生き延びるだけだった。
次は薬草。
その次は村とのやり取り。
そして今、マリは人のいる場所を、ほんの少しずつ理解し始めている。
焚き火に枝をくべる。
炎は小さいが、確かな熱を持っている。
その熱は、拠点をあたためるだけじゃない。
村へ通う道も、薬草の袋も、マリの記憶も、少しずつあたためていく。
この先、必要なものはまだたくさんある。
だが、今はもう「何もない」わけじゃなかった。
村へ運ぶものがあり、村から受け取るものがあり、覚えるべきことがある。
それだけで、暮らしは前へ進む。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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