第13話 はじめての小さな仕事
村へ通う道が、少しだけ慣れた。
それでも、朝の森は相変わらず静かで、足を置くたびに湿った土の感触がある。
川の音が近づくころには、もう村の匂いもかすかに混じっていた。
焚き火の残り香と違って、それは人の暮らしの気配だった。
「スズキ」
後ろから、マリが小さく声をかける。
「なんだ」
「……きょう、はやい」
「ああ。今日は少しだけ急ぐ」
「うん」
返事は短い。
だが、今のマリは理由がある「急ぎ」なら受け入れられる。
最初のころのように、ただ不安で止まるだけではなくなっていた。
昨日のうちに、村から受け取った麻ひもと保存食の一部を拠点に残してある。
今日はその続きだ。
薬草を少し増やして持っていき、ハルキに見せる予定だった。
村に着くと、ちょうどハルキが作業小屋の前にいた。
俺たちを見ると、軽く手を上げる。
「来たか」
「来た」
「今日は少し量が増えたぞ」
そう言って、俺は薬草の束を差し出した。
昨日より丁寧に乾かしたものだ。
葉の向きが揃うように束ね直してある。
ハルキは受け取ると、すぐには笑わなかった。
代わりに、じっくり中身を見て、指先で葉をこすった。
「……悪くない」
「悪くない、か」
「最初よりずっとましだ」
それだけでも、かなりの前進だった。
この村では、褒め言葉はたぶん少ない。
だからこそ、一言の重みがある。
そのとき、年配の村人が小屋の奥から出てきた。
以前、火起こし用の木片と食料をくれた男だ。
「今日はちょうどいい。人手が少し足りない」
「人手?」
「薬草の束をまとめる仕事だ。乾いたものを分けて、種類ごとに揃える」
「俺にできるのか」
「できるかどうかは見てからだ」
男はそう言って、作業台の上を顎で示した。
そこには、すでにいくつかの薬草が広げられている。
昨日見たものに似た草もあれば、初めて見るものもある。
「今日は、簡単な分け作業をしてもらう」
「……いいのか」
「薬草を持ってくるだけじゃなく、扱いを覚えた方がいい」
その言い方は、拒絶ではなかった。
むしろ、村のやり方の一部へ、少しずつ入れていくような声だった。
俺は作業台の前に立った。
目の前にあるのは、乾いた草の束、木の器、麻ひも、村の作業用らしい小さな刃物。
どれも、森の拠点にはなかったものだ。
それらを見比べていると、ハルキが横から口を出す。
「似た草を混ぜるなよ。葉の縁を見る」
「分かってる」
「本当か?」
「半分な」
「半分で十分だ。全部分かる奴なんて、最初からいない」
そう言われて、少しだけ肩の力が抜けた。
作業は単純だった。
似た草を二つ並べて、葉の形を見比べる。
乾き方が悪いものは別に分ける。
茎が折れすぎているものは、使えそうな部分だけ残す。
村の人間たちは慣れた手つきで進めているが、俺にはまだ一つ一つが学びだった。
「これ、どっちだ」
俺が問うと、ハルキがすぐに答える。
「こっちだ。色が少し薄いだろ」
「たしかに」
「迷ったら匂いも見る。だが、強く嗅ぎすぎるな」
「頭が痛くなるのか」
「草による」
「怖いな、それ」
「だから覚えるんだ」
そんなやり取りをしながら、少しずつ束を分けていく。
マリは作業台の端に座り、俺の手元をじっと見ていた。
村の人たちが何をしているか、理解しようとしている目だ。
「マリ」
「……なに」
「これ、違いが分かるか」
俺が二つの葉を並べて見せると、マリは少しだけ顔を寄せた。
そして、しばらく見比べてから、片方を指さす。
「こっち」
「どうしてだ」
「……ちょっと、丸い」
ハルキが、思ったより素直に頷いた。
「見方は合ってる。葉の縁を見るのは大事だ」
「正解か?」
「今回はな。ただ、似た草は他にもある。一つだけ見て決めるな」
「だそうだ」
俺が言うと、マリは真剣な顔で頷いた。
褒められたことに気づいたのか、少しだけ目を丸くする。
それから、ほんのわずかに胸を張った。
その反応を見て、村の年配の男が低く笑った。
「この子はよく見てるな」
「森で暮らすには、それしかないからな」
俺がそう言うと、男は小さく頷いた。
昼前になるころ、作業台の上の束はだいぶ整理されていた。
種類ごとに揃えたものを布に包み、村の倉庫へ運ぶ。
その途中で、俺はひとつ気づく。
「これ、村の中でも結構量が要るんだな」
「そうだ」
ハルキが答える。
「薬草は傷薬だけじゃない。保存用、煎じ用、虫除け用……いくらでも使い道がある」
「なら、量があるほど助かるのか」
「ただし、質が落ちるなら意味がない」
「そこは覚える」
作業が一区切りついたところで、年配の男が布袋をひとつ持ってきた。
「今日はこれだ」
「見返りか」
「ああ。今日は手伝い分も少し含めておく」
袋の中には、乾いた木の実、固めた保存食、それと小さな布の端切れが入っていた。
前より少しだけ多い。
「悪くない」
「そうだろう」
男は短く言って、それからマリを見る。
「この子にも、少しは覚えさせろ。村のことを知らんと、森だけでは生きにくい」
「分かってる」
「本当に分かってる顔じゃないがな」
「それ、最近よく言われる」
村人たちは少しだけ笑った。
大声ではないが、昨日よりはずっと柔らかい笑いだった。
その後、俺はハルキに少しだけ相談した。
今後、自分たちでも薬草を乾かして持ち込むなら、どんな順番で採るのがいいか。
どこまでなら村の採取場に近づいていいか。
何を持っていくと断られやすいか。
「まずは三種類でいい」
ハルキは指を折りながら言った。
「昨日の傷用、熱を下げるやつ、それと虫除けに使える葉だ」
「多すぎないのがいいんだな」
「そうだ。混ぜるな。数を増やすのはそのあとだ」
「分かった」
「あと、採る時間もある。朝露が残るうちは避けろ。乾かす手間が増える」
「なるほど」
ハルキは俺の顔を見て、少しだけ呆れたように言った。
「お前、覚える気はあるんだな」
「ある」
「なら、そのうち一人でも回せるようになる」
その言葉は、かなり大きかった。
今の俺たちが村と繋がるには、誰かの手を借りるだけでは足りない。
自分で持ち込めるものを増やす必要がある。
それが、少しずつ見えてきた。
村を出る前、マリが作業台の端に積まれた薬草を見ていた。
その横に、若い村人が並んでいる。
「これ、さっきのやつ?」
「そうだ」
「……おぼえられる?」
「覚えられる。けど、すぐじゃない」
若い村人はそう言って笑い、マリの頭を軽く撫でようとした。
だが、マリは半歩だけ下がった。
触れられることそのものに、まだ慣れていない。
村人は気まずそうに手を引っ込めたが、怒ったりはしなかった。
「すまん。嫌だったか」
「……だいじょうぶ」
マリの返事は小さい。
でも、拒絶だけではなかった。
それを見て、村人は少し安心したようだった。
帰り道、マリはしばらく黙っていた。
村の音が遠ざかり、森の静けさが戻ってくるころに、ようやく口を開く。
「スズキ」
「なんだ」
「……しごと、した」
「そうだな」
「わたしも?」
「ああ。お前も見てたし、葉も選んだ」
マリは、その言葉を少しだけ噛みしめるように黙った。
そして、小さく頷く。
「……うん」
その一言は、かなり重かった。
拾われた子どもではなく、仕事の場にいた一人として、自分を数えたかったのかもしれない。
拠点に戻ると、俺は受け取った食料を置き、布の端切れを見た。
ほんの少しだが、使えるものが増えている。
それだけで、暮らしは変わる。
火を起こして、今日手伝った薬草のことを思い返す。
乾かし方。
分け方。
持ち込む数。
村の人間の顔。
どれも、これから必要になる。
「スズキ」
「ん?」
「また、いく」
「ああ」
「……つぎは、わたしも」
「手伝う気か」
「うん」
俺は少し笑って、頷いた。
「それがいい」
焚き火の炎が、岩の壁にゆらゆらと映る。
小さな仕事だった。
でも、初めて自分たちで外の場所に関わり、手を動かして、見返りを得た。
その一歩は、思っていたより大きい。
森だけで終わらない生活が、もう目の前まで来ている。
そしてその先に、まだ知らない村の流れが続いていた。
原案・構想
無職のおっさん
物語構成・本文作成
Perplexity
校正・文体調整
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