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無職のおっさんの異世界AI生活  作者: 無職のおっさん


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第10話 薬草と初対面

 朝の森は、昨日までと変わらない顔をしていた。


 湿った土の匂い。

 葉の先に残る夜露。

 遠くで鳴く鳥の声。


 だが、拠点の周囲だけは少し違って見える。


 誰かに見られているような感覚が、まだ薄く残っていた。


「スズキ」


 火のそばで、マリが小さく声を出した。


「起きたか」


「……うん」


 まだ眠そうだが、返事はもうかなり自然だ。


 名前を呼び、呼ばれることに、少しずつ慣れてきたのだろう。


 俺は焚き火の灰を枝でかき、残っていた炭へ乾いた葉を重ねた。


 何度か息を吹き込むと、赤い炭が息を吹き返し、細い炎が戻ってくる。


「水、温めるぞ」


 昨夜のうちに川から汲んでおいた水を、葉と樹皮を重ねた受け皿へ移す。


 火で十分に熱した乾いた石を、二本の枝で挟み、静かに沈めた。


 じゅっ、と小さな音がして、薄い湯気が立つ。


「これも、もう見慣れたな」


「……うん」


 マリはしゃがんだまま、水面を見つめていた。


 最初は不思議そうに見ていたのに、今はもう「朝にすること」の一つとして身体に入っているらしい。


 そのときだった。


 森の奥から、枝を踏む音がした。


 俺はすぐに動きを止めた。


 マリも息を止める。


 音は一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 こちらへ一直線に近づいてくるというより、周囲の様子を確かめながら進んでいるような、慎重な足音だった。


「……くる」


 マリが、かすかに言った。


「静かに」


 俺は火の向こうにある、森へ続く細い道を見つめた。


 胸ポケットからスマホを取り出す。


「足音、拾えてるか?」


「二足歩行に近い間隔の音を記録しています。ただし、人間であるとは断定できません」


「十分だ」


 やがて、木々の間から一人の男が姿を現した。


 年は三十前後か、もう少し上か。


 肩には編み籠を背負い、腰には鞘に収めた短い刃物を提げている。


 片手には、摘んだばかりらしい草の束。


 足の置き方や周囲を見る目つきから、森を歩くことには慣れているらしい。


 だが、無警戒ではなかった。


 男は俺たちを見つけると、すぐに足を止めた。


 岩と倒木の拠点。


 焚き火。


 チェック柄のシャツを着た俺。


 そして、俺のセーターを服にしたマリ。


 それらを順番に見てから、男は少しだけ眉をひそめた。


「……おい。ここで何をしてる」


 低く、警戒の混じった声だった。


「暮らしてる」


 俺がそう返すと、男の目がわずかに細くなった。


「森の中でか?」


「ああ」


 男は一歩だけ前へ出た。


 だが、それ以上は近づかない。


 こちらが何者なのか、距離を保ったまま見極めようとしているのが分かる。


「ここいらは、村の者が薬草を採りに来る場所だ」


 男は拠点の周囲を見回した。


「火を焚くことまで咎めるつもりはない。だが、火を広げたり、奥の採取場を荒らしたりされると困る」


「村があるのか」


「ある。そりゃあるだろ」


 男は、呆れたように鼻を鳴らした。


 だが、その声に強い敵意はない。


 ただ警戒している。


 そして、何も知らずに森で暮らしている俺たちを、少し扱いかねているようだった。


 マリは俺へぴったり寄り添うことはせず、それでも離れすぎない位置に立っていた。


 男をじっと見ている。


 怖がってはいる。


 だが、目は逸らさなかった。


 男はその視線に気づき、少しだけ声を落とした。


「子どもか。……森で迷ったのか」


「そんなところだ」


「ふうん」


 男は肩の籠を背負い直した。


 それから、俺たちと火の跡をもう一度見比べ、少し考えるように口を閉じる。


「俺はハルキだ。村で薬草を採ってる」


「鈴木だ」


「……スズキ?」


「そう。こっちじゃ、そう呼ばれてる」


「変な名だな」


「元いた場所じゃ、珍しくもなかったんだけどな」


 ハルキは少しだけ口の端を緩めた。


 完全に警戒を解いたわけではない。


 それでも、互いに名を名乗ったことで、最初よりは距離が縮まったようだった。


「それで、お前ら。ここで暮らしてるって、どういうことだ」


「森で目を覚ました。食べ物を探して、火を起こして、なんとか生きてる」


「……よく生きてるな」


「俺もそう思う」


 ハルキは一度だけ小さく笑った。


 それから、森の奥を振り返る。


「今日は、昨日から見慣れない火の匂いがするから様子を見に来た。ついでに薬草採りだ」


「昨日から聞こえてた足音は、お前か?」


「足音?」


 ハルキは眉を寄せた。


「俺がこの辺りまで来たのは、今日が初めてだ」


「……そうか」


 昨日まで感じていた気配が、すべてハルキだったわけではないらしい。


 その事実に、安心するより先に、背中が少し冷えた。


 ハルキも俺の表情を見て、森の奥へ視線を向けた。


「何か聞いたのか」


「枝を踏む音と、遠くの声みたいなものを何度か」


「そうか」


 ハルキはそれ以上追及しなかった。


 だが、さっきよりも周囲を見る目が少し険しくなった。


「とにかく、あんまり奥へ行くな。森は、人が歩いてるから安全って場所じゃない」


「分かった」


「本当に分かってるのか?」


「たぶん半分くらいは」


「……まあいい」


 ハルキは、手に持っていた草の束を持ち直した。


「今日は薬草を採りに来たんだったな」


「これが薬草なのか?」


 俺が尋ねると、ハルキは少し意外そうな顔をした。


「興味があるのか」


「生きるのに使えるならな」


「まあ、使い方を間違えなければ役には立つ」


 ハルキは籠の中から、いくつか草を取り出した。


 一つ目は、細長い葉を何枚も伸ばしている。


 近づくと、少し青臭く、苦い匂いがした。


「これは傷に使う。葉をよく潰して、傷の周りへ薄く塗る」


「傷口へ直接じゃないのか」


「深い傷に詰め込むな。余計に悪くなることがある」


「なるほど」


「こっちは、熱が出たときに煎じる。だが、似た草が多い。よく見分けろ」


 ハルキが次に示した草は、長い茎の先へ小さな白い花をつけていた。


 言葉だけで覚えるのは難しい。


 形を記録に残せた方がいい。


「その草を、これで記録してもいいか」


「記録?」


 ハルキは首をかしげた。


 俺はスマホを取り出し、カメラを起動する。


「この中に、見たものを絵みたいに残せる」


「……魔道具か?」


「そんなようなものだ」


 ハルキは少しだけ身構えた。


 だが、俺がスマホを草へ向けるだけだと分かると、その場で草を持ったまま動かなかった。


 俺は薬草を一種類ずつ撮影していく。


 葉の形。


 茎の色。


 花の位置。


 根元と周囲の土。


 マリはその横で、実物の草と画面を交互に見ていた。


「これで、あとから見返せる」


「便利な道具だな」


「この草の特徴を記録しておいてくれ」


「画像、採取環境、ハルキ氏の説明を関連づけて保存します。ただし、薬効については現地での証言として記録し、確定情報とは分けて扱います」


 スマホから淡々と声が流れた。


 ハルキは、目を丸くした。


「……しゃべるのか、それ」


「ああ。俺より物知りだけど、知らないことも多い」


「そうなのか?」


「この森の草については、ハルキの方が詳しい」


 そう答えると、ハルキは警戒しながらも、少しだけ納得したようだった。


 未知の道具へ興味はあるらしい。


 それでも、無理に触ろうとはしなかった。


「なら、これも記録しておけ」


 ハルキは少し離れた場所に生えていた、よく似た草を指さした。


「それも薬草か?」


「いや。似てるが、そっちは毒に寄る。間違えて口にすると、ひどく腹を壊す」


 俺は言われた通りに撮影した。


 薬草と毒草を、同じ角度から何枚か残しておく。


 マリは二つの葉を交互に見比べていた。


「……ちがう?」


「そう。よく似てるけど、違う」


 ハルキはマリへ目を向けた。


 最初に見たときより、少しだけ柔らかい表情になっている。


「葉の縁を見ろ。薬に使う方は丸い。毒の方は、先が少し尖ってる」


「……えっと」


「一度で覚えなくていい。間違えそうなら採らずに置いてこい」


 その言葉に、マリは小さく頷いた。


 人から何かを教わること自体は、以前にもあったのかもしれない。


 だが、少なくとも今のマリにとっては、俺とスマホ以外の誰かから言葉を向けられることが、新鮮に見えた。


 ハルキは、さらに数種類の薬草を見せてくれた。


 乾かして粉にするもの。


 湯で煮出すもの。


 葉を揉み、虫刺されへ使うもの。


 全部を一度に覚えるのは無理だ。


 だが、実物の記録とハルキの説明を一緒に残しておけば、あとで整理できる。


「村の近くで採れる草は、それほど多くない」


 ハルキは籠へ薬草を戻しながら言った。


「森の奥まで入れば種類は増えるが、その分、危険も増える。だから村で使う薬草は、ある程度決まってる」


「森の奥には、何がいるんだ」


「獣もいるし、崩れやすい谷もある。人間だって、全員がまともとは限らない」


「昨日の気配も、そのどれかか」


「分からん。だが、静かな森だから安全だとは思うな」


「覚えておく」


 ハルキは次に、マリを見た。


「この子は、ずっとお前といるのか」


「たぶん、そうなる」


「名前は?」


「マリ」


 そう答えると、ハルキは一度だけ頷いた。


「そうか。……マリか」


 自分の名前を呼ばれたと分かったのか、マリがわずかに肩を動かした。


「……マリ」


 自分でも確かめるように、小さく言う。


 その反応を見て、ハルキの視線が少しだけ柔らかくなった。


「自分の名前が分かるなら、それでいい」


「俺がつけたんだけどな」


「お前が?」


「ああ」


「……変わったやつだな」


「それも、よく言われる」


 ハルキは鼻で短く笑い、籠の中の草をまとめ直した。


「今日見せた草は、その魔道具に記録したんだろ」


「ああ」


「なら、次に見つけても、すぐ採るな。まず記録と見比べろ」


「分かった」


「分かった顔じゃないな」


「一回見ただけで全部覚えられるほど若くない」


「だろうな」


 ハルキは少し笑った。


 それから、何かを考えるように視線を落とした。


「薬草をきちんと見分けて、傷んでいないものを乾かせるなら、村で引き取ってもらえるかもしれない」


「引き取る?」


「薬草と引き換えに、食べ物や簡単な道具を分けてもらえることもある」


「稼げるってことか」


「すぐ金になるとは言ってない」


 ハルキは念を押すように言った。


「使えない草や、乾かし方を間違えた草を持っていっても、誰も受け取らない。まずは今日教えたものだけにしろ」


「十分だ。試してみる」


「無理に採りすぎるなよ」


「どうしてだ?」


「根ごと抜けば、次に生えなくなる。葉だけ使える草なら、全部刈らずに残しておけ」


「採り方にも決まりがあるんだな」


「森から何かを取るなら、当たり前だ」


 その言葉は、今の俺にはかなり重要だった。


 ただ森で暮らすだけではなく、村と物をやり取りできる可能性が見えてきた。


 食べ物や道具を手に入れる方法。


 そして、俺にもできるかもしれない仕事。


 まだ小さな可能性にすぎない。


 それでも、異世界へ来て初めて見えた「生活を続けるための道」だった。


 そのあと俺は、村がある方角と、薬草採りで注意する場所をいくつか尋ねた。


 ハルキは何もかも詳しく教えてくれたわけではない。


 初対面なのだから当然だ。


 それでも、俺たちがあまりにも無知だと分かると、最低限の危険だけは教えてくれた。


 今は、それで十分だった。


「じゃあ、俺はそろそろ戻る」


「助かった」


「礼なら、次に会うまでに、今日教えた草を少し乾かしてみろ」


「やってみる」


「見分けに自信がなければ、無理に採るな」


「分かってる」


「本当か?」


「たぶん」


 ハルキは、あきれたように息を吐いた。


「……それと」


 去りかけたハルキが、マリの方を見た。


「この森は、静かなときほど気をつけろ。変な連中が入ってくることもある」


 俺はその言葉に、昨日までの気配を思い出した。


 見られているような感覚。


 遠くで折れた枝。


 人とも獣とも分からない声。


 あれは、気のせいではなかったのかもしれない。


「分かった」


「ならいい」


 ハルキは最後に片手を上げ、森の奥へ消えていった。


 その背中が木々の向こうへ見えなくなるまで、俺たちは黙って立っていた。


 やがて、マリが小さく息を吐く。


「……ひと」


「そうだな」


「こわくない?」


「少しはな」


 正直に答えると、マリは少しだけ目を細めた。


 それから、俺の手にあるスマホを見た。


「さっきので、わかる?」


「薬草の記録のことか」


「……うん」


「これがあれば、あとで形を見比べられる。ハルキが話したことも残ってる」


「……すごい」


 その一言は、素直だった。


 ハルキの薬草の知識だけでなく、見たものと聞いたことを残しておけること自体に驚いているらしい。


 拠点へ戻ると、俺は記録した画像を並べて確認した。


 AIが葉の形、茎の色、花の位置、採取場所の違いを整理する。


「ハルキ氏が薬草と説明した個体と、毒性があると説明した個体には、葉縁と茎の色に差異が確認できます」


「これなら、次に見つけたときも少しは比べられるな」


「ただし、外見が一致しても、安全性や薬効を保証するものではありません。採取前に複数の特徴を確認してください」


「最後まで慎重だな」


「誤認による危険を減らすためです」


「助かる」


 マリは、俺の横から画面を覗き込んでいた。


 画面の中の草は、さっき森で見ていたものと同じだ。


 それなのに、並べて表示されると、別のもののように見えるらしい。


「スズキ」


「ん?」


「また、くる?」


「ハルキのことか」


「うん」


「たぶん来る。村の薬草採りなら、この辺りにもまた来るだろう」


 マリは少し考えてから、小さく頷いた。


「……なら、おぼえる」


「それがいい」


 火の近くへ、大きな葉を一枚広げる。


 その上に、ハルキが見本として置いていった少量の薬草を、重ならないように並べた。


 直接火へ近づけすぎないよう、風が通る場所で乾かしていく。


 今日は、ただ食べ物を探すだけの日ではなかった。


 村との接点ができた。


 知っている人の名前が一つ増えた。


 覚えるべき草が増えた。


 そして、自分たちの手で物と交換できるかもしれない道が見えた。


 森の中で始まった細い生活の糸は、まだ簡単に切れてしまいそうだった。


 それでも今、その糸には新しい一本が結ばれた気がする。


 薬草の知識。


 村へ続く方角。


 魔道具に残した記録。


 そして、また会えるかもしれない人の名前。


 この世界で生きていくための手段が、ようやく一つ、形になり始めていた。

原案・構想

無職のおっさん


物語構成・本文作成

Perplexity


校正・文体調整

ChatGPT

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