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ひみつ図書室の名探偵~本の言葉が教えてくれる、学校のふしぎ事件~  作者: 明石竜


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第一話 転校生と、なぞの図書室

『おぬしたちが来るのを、待っておった』


その日、森沢しおりは、本にはさまれていた古い革のしおりからそう告げられた。

そして、何も書かれていない作文用紙から、「ごめんね」という言葉を読んだ。

そんな不思議なことが起きても、しおりはまだ、自分が名探偵になるとは思っていなかった。


           ☆


 しおりは、休み時間のチャイムが鳴ると、たいてい図書室へ向かう。

 教室がきらいなわけではない。

 友だちがいない、というわけでもない。

 ただ、教室には声が多すぎる。笑い声、机を動かす音、だれかを呼ぶ声、昨日見たテレビや動画の話をする声。そういうものがぜんぶ重なると、しおりの頭の中は、読みかけの本にしおりをはさみ忘れたみたいに、どこまで読んだか分からなくなる。

 だから、図書室が好きだった。 

 図書室では、みんなが声を小さくする。本棚の間を歩くと、背表紙に並んだ文字が、しおりを静かに迎えてくれる。ここなら、急いで笑わなくてもいい。すぐに返事をしなくてもいい。

 しおりは、わかば丘小学校五年二組で一番目立たない子だった。肩にかかるくらいの黒い髪で、前髪は少し長め。本を読むときは、落ちてくる髪を指で耳にかけるくせがある。声は小さくて、笑うときも少しだけ笑う。 

 図書室の中では、そんな自分のままでいられた。


その日の朝の会で、担任の朝比奈先生は教室に入ってくると、いつもより少し明るい声で言った。

「みなさんに、転校生を紹介します」

 教室中がいっせいに前を向いた。先生のとなりに立っていた女の子は、ひまわりみたいに明るい顔で、にこっと笑った。短めの髪が、動くたびにふわっと跳ねる。日焼けした頬と、きょろきょろ動く大きな目が、教室のすみずみまで見ているみたいだった。

「天崎ひなたです。好きなものは、走ることと、おもしろそうなことを見つけることです!」

 その声を聞いた瞬間、しおりは思った。

 あ、この子は、図書室でも小さな声にならないタイプだ。


 一時間目の国語の授業で先生が質問をすると、ひなたはすぐに手を挙げた。答えが少し違っていても、あまり気にしていないようだった。先生に「そう考えたんですね」と言われると、「はい!」と明るく返事をした。

 しおりは、教科書のかげからそっと見た。間違えるかもしれないのに、どうしてあんなにまっすぐ手を挙げられるのだろう。


 休み時間のチャイムが鳴ると、しおりはいつものように図書室へ行くつもりで席を立った。

 でも、その前に、ひなたがこちらを向いた。

「ねえ、あなたはなんて名前?」

 しおりの予定は、ぱたんと閉じた本みたいに変わってしまった。

「……森沢しおり」

「え、しおり!」

 ひなたは目をぱっと輝かせた。

「しおりって、本のやつだよね。すごい名前だ」

「うん……お母さんが本が好きだから」

「じゃあ本が好きなんだ、しおりも?」

「うん」

「どんな本?」

「……いろいろ」

「一番好きなの、なに?」

 しおりは少し考えた。一番好きな本を答えると、「知らない」と言われることが多い。それからどう話せばいいか分からなくて、困ってしまうことも多い。

「……物語なら、なんでも」

 ひなたは「へえー」と言って、うなずいた。不思議そうな顔もしなかったし、「ふうん」と流した感じもしなかった。ただ、本当に「へえー」と思ったみたいに受け取ってくれた。

 しおりは、少しだけ驚いた。

そのあと、ひなたはしおりのとなりの席のこはるちゃんに話しかけ、窓側の席の男子と好きなスポーツの話をして、小野寺さんとは好きな給食の話で笑っていた。まるで、前からそこにいたみたいに。

 

 昼休み、しおりが図書室に向かっていると、ろうかを大股で歩くひなたの背中が見えた。

 図書室とは逆の方向だ。あっちは理科準備室と、普段使われていない教室がある側だ。

 しおりは一瞬立ち止まったけれど、自分の行き先に向かおうとした。

 そのとき、ひなたが振り返った。

「しおり! ちょうどよかった。いっしょに来て」

「え? わたし、図書室に……」

「すぐ終わるから。ちょっとだけ」

 そう言ってひなたは、もうしおりが来ることを疑っていない顔で前を向いた。

 しおりは、「わたし、行かなくていいですか?」とは言えなかった。なんとなく、そう言えなかった。

 仕方なく、ひなたの後ろを歩いた。


 ひなたが止まったのは、ろうかの一番奥だった。

「ここ」とひなたは言って、古い引き戸を指さした。

 鍵はかかっていない。でも、取っ手のあたりにほこりがついていて、最近だれかが開けた様子がない。

「なんで、こんな場所を」

「今日、ろうかを走ってたら見つけたんだよね。この引き戸、なんか気になって。窓から光がもれてたんだ。中に誰かいると思ったんだけど、カーテンが揺れただけかも。でも気になる」

 しおりは引き戸を見た。木のふちが少し歪んでいて、長い間ちゃんと開け閉めしていないのが分かる。

「入っていい場所じゃないかも」

「先生に聞いてみる時間、今はないじゃん」

 ひなたはそう言って、さっさと引き戸を引いた。

 ほこりっぽい空気が、ふわっと流れ出てきた。


 中は、小さな部屋だった。

 窓がひとつあって、午後の光がうっすら差し込んでいる。

カーテンは古くて、薄いだいだい色をしていた。

壁に沿って本棚が並んでいて、背表紙の色があせた本がぎっしり入っている。

部屋のまんなかには、丸い木のテーブルと、イスが二脚。

 図書室に似ていた。でも、学校の図書室よりずっと静かで、ずっと小さくて、だれかの部屋みたいな感じがした。

「すごい」

 ひなたが言った。いつもより少し声が小さかった。

 しおりも、部屋の中を見回した。

本棚の背表紙を目でたどると、聞いたことのない題名や、古い活字が並んでいた。

貸し出しカードを入れる袋がついている本もあって、最後に名前が書かれた日付が、もう十五年以上前のものもあった。

 テーブルの上に、一枚の紙があった。

 しおりは近づいて見た。

 作文用紙だった。でも、何も書かれていない。まっさらな白紙だった。

「これ、誰かが忘れたのかな」

 ひなたが言った。

「……かもしれない」

 しおりはその白紙を見た。なぜか、目が離せなかった。

 何もないはずなのに、何かがある気がした。

 そのとき、本棚の端のほうで、かすかに音がした。

 二人がそちらを見ると、一冊の本が、ひとりでに背表紙を向けたまま、ぱらぱらとページを開いていた。


 しおりは思わず後ろへ下がった。ひなたは逆に、一歩前へ出た。

「えっ、今、動いた?」

「…………」

 しおりは声が出なかった。

 本は、ある一ページで止まった。そのとき、金色の房のついた、古い革のしおりが、本のすきまからするりと引き出されるように動いた。

 テーブルの上で、ちん、と小さな音を立てて止まる。

 しおりとひなたは、動けなかった。

 その革のしおりの表面に、文字が浮かんだ。最初はうっすら、やがてはっきりと。

『おぬしたちが来るのを、待っておった』

 ひなたが「うわっ」と声を上げた。しおりは息をのんだ。

 文字はゆっくり消えて、次の言葉が浮かんだ。

『わしの名はページという。このひみつ図書室の案内役じゃ』

「し、しゃべってる……!」

「しゃべってる、というか、書いてる……」

 しおりは、よく見ようとして少し前に出た。革のしおりは古くて茶色で、先端の金色の房が、尻尾のようにぴんとたっている。顔はない。でも、文字の浮かび方が、なぜか少しえらそうに見えた。

『読書係』

 と、ページは書いた。

 しおりはぱっと自分を指さした。

「わたし?」

『おぬしの名前がしおりということは知っておる。それがどういう縁かは、おいおい話す』

「あの、ページって呼んでいいんですか?」

『そう名乗った。呼べばよい』

 しおりは小さくうなずいた。

「あたしは天崎ひなた。聞こえる?」

『聞こえるのではなく、読んでおる。おぬしは、突撃係じゃ』

「とつげきがかり?」

『走る前に考えぬ者のことじゃ』

 ひなたはムッとした顔をしたが、すぐに「まあ当たってるか」と笑った。


 ページは、それ以上のことをあまり教えてくれなかった。

 何者なのか。いつからここにいるのか。なぜしゃべれるのか。しおりが聞くたびに、「今は関係ない」「じきに分かる」「急ぐでない」と書いてはぐらかした。

 かわりに、ページは本棚のほうへするりと移動して、一冊の本を押し出した。本が、ゆっくりテーブルの上に落ちる。

 それは、とても古い詩集だった。

 ページはその本を開いて、あるページで止めた。金色の房が、その一文の横に揺れた。

 しおりは身をかがめて、文字を読んだ。


 白紙にも、消された言葉は残る。


 ひなたがとなりから覗き込んだ。

「どういう意味?」

「……わからない。まだ」

 しおりは顔を上げて、テーブルの上の作文用紙を見た。

 さっきよりも、気になった。

 白紙なのに、何かが書かれていた気がする。書かれていたのではなく、書きかけて、消された気がする。

 しおりは手を伸ばして、作文用紙をそっと持ち上げた。窓からの光に透かして見た。

 息を止めた。

 薄く、でも確かに、何かの跡が残っていた。鉛筆の筆圧が、紙に沈んでいた。

 しおりはじっと目をこらした。文字だった。

 ひなたが「なに、なに」と顔を近づけた。

 しおりは、小声で読んだ。

「…………ごめんね」

 白紙の作文用紙には、見えないはずの言葉が残っていた。

 ページの金色の房が、しずかに揺れた。


 放課後になっても、その文字が、しおりの頭から離れなかった。

 だれが書いたのか。なぜ消したのか。ごめんね、というのは、だれへの言葉だったのか。

 しおりは、こういうことが気になると、ずっと考えてしまう性格だった。本の中で、あるせりふが何度も心に引っかかるときと、同じ感覚だった。

 読み飛ばせないのだ。

 校門を出ようとしたとき、後ろからひなたが走ってきた。

「しおり、待って!」

 息を切らして並んだひなたは、うれしそうな顔をしていた。

「やっぱり気になるよね、あの作文」

「うん……誰が書いたか、分からなくて」

「探してみようよ」

 しおりはためらった。探す、というのは、だれかの秘密に踏み込むことかもしれない。間違えたらどうするだろう。余計なことをしたら、かえって傷つけてしまうかもしれない。

 でも。

 ごめんね、という言葉が、消えていた。

 だれかが書いて、消したくて、でも紙の中に残ってしまっていた言葉が。

「……少しだけ」

 しおりは言った。

「少しだけ、調べてみてもいいかも」

 ひなたがにっと笑った。

「それでいい。行こう」

 夕方の光の中で、ひなたの声は明るかった。しおりは、自分がうなずいていることに少し驚きながら、その一歩をふみ出した。

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