第7話 考察は三秒で終了。リアル農村美少女が目の前にいるので
「……ん」
喉の奥が張り付いたような不快感で目が覚めた。
まず視界に入ってきたのは、煤けた板張りの天井だった。
アパートの白いクロスではない。
節の目立つ、どっしりとした太い梁が見える。
「あら、気がついた? よかった、顔色がだいぶ良くなったわね」
横から声をかけられ、俺は慌てて上半身を起こそうとする。
「痛っ……たた……」
「無理に起き上がらなくていいわよ。あなた、ボロボロだったんだから」
声の方を見る。
そこにいたのは、藍染めの着物に前掛けをした、恰幅の良い中年女性だった。
「あ、えっと、ここは……」
「うちの家よ。あんた、川沿いの藪の中で倒れてたの。……ごめんなさいね、この村の連中は乱暴なのが多いから。みんなで追い回しちゃって、怖かったでしょう」
女性は苦笑いしながら、手際よく盆を整えている。
「最近は怪しい流れ者も多くて、みんなピリピリしてるのよ」
彼女は俺のそばにしゃがみ込み、湯呑みを差し出した。
「飲める?」
「……ありがとうございます」
「お名前は? どこから来たの?」
「……佐藤平太です。東京から……来ました」
突然の質問でどう答えてよいかわからず、思わずなんの捻りもない答えを返してしまう。
「サトウ? この辺りじゃ聞かない苗字ねえ。トウキョウ? それも聞いたことないわ。どこか遠くの国の人なのかしら?」
「……そんな感じです」
もはや説明する気力もない。
だが、彼女は「どおりで、そんな奇天烈な格好をしているわけね」と、自分の中で勝手に納得してくれたようだ。
「私はサト。望月サトね。あっちは夫の源蔵だよ」
彼女が指差した先、部屋の入り口に、一人の男があぐらをかいて座っていた。
肩には、昨日俺を追い回していた連中が持っていたような鋭利な農具――いや、武器。
怖い……。
「藪に逃げ込んだときはどうしてやろうかと思ったがな。あそこはマムシが多い。死なれたら寝覚めが悪いからよ。夜通し探してやったんだ。感謝しな」
もし俺が死んでも、寝覚め程度なのか……。
「あ、ありがとうございます……」
「おかげで今日は仕事にならねえよ」
源蔵と紹介された男は、鼻を鳴らして視線を逸らした。
……いや、原因はあなたですよね?
「あともう一人、娘がいるのよ。もうすぐ帰ってくるわ。……あ、ちょうど帰ってきた」
ガララ、と引き戸の開く音がして、「ただいまー」と元気の良い声が響いた。
その瞬間、俺の中に搭載された高性能の「ロリセンサー」が激しく警鐘を鳴らした。
この声質。
間違いない、最高級の逸材だ。
土間から上がってきたのは、一人の少女だった。
少し日焼けした健康的な肌だが、鼻筋が通り、どことなく控えめで上品な空気を纏っている。
混じり気のない純粋さの中に、農村の娘らしい必要最低限の活発さが同居している。
田舎娘特有の、飾り気のない完成された美しさがそこにあった。
(クゥ――!)
思わず拳を突き出したくなるところだが、必死に「擬態」の力で抑え込んだ。
◇
囲炉裏を囲んで、1人ずつに小さな膳が並べられた。
俺の目の前にあるのは、麦の混じった飯と、何かの山菜が入った汁物、それに漬物。
柱の一本一本に染み付いた、焚き火の煤の層。
そして何より、現代の「家」なら必ずどこかにあるはずの電気のコードやコンセント、スイッチの類が、何一つとして存在しない。
江戸村のイベントや、手の込んだドッキリなどでは絶対に再現不可能な「歴史の重み」そのものがここにある。
……これ、ガチだ。
テーマパークのセットなんかじゃない。
ということは、だ。
俺は過去に飛ばされたのか? タイムスリップ?
それとも巷で流行りの異世界転移ってやつなのか……?
そんな哲学的(?)かつ重大な考察を脳内で開始したが、三秒で切り上げた。
そう。
今の俺の全意識は、右斜め45度、距離にして約70センチ先に座る少女に釘付けだったからだ。
少女は、この時代の農村らしい質素な着物を着ていた。
サイズが少し合っていないのか、あるいは彼女の成長が早いのか。
座ることで着物の丈が引き上がり、少しはだけた裾から太もものあたりまでが露出している。
(……マジだ。本物のリアル農村美少女だ。しかも、細かいディテールまで完璧すぎる……)
俺は細心の注意を払いながら、カモフラージュされた視線で彼女を観察し続けた。
「お前、旅人だったら、これからどこにいくんだ?」
不意に源蔵さんから声をかけられ、俺は心臓が口から飛び出しそうになった。
「い、いえ! 旅人というか、その、飛ばされてきたというか……いく先なんて、ないんです」
「村を焼き討ちにでもされたか? 最近はあちこちで小競り合いが多いからな」
「あんた! そんなこと聞くんじゃないよ!」
台所からサトさんが割って入る。
夫婦の言い合いが始まった。
そのやり取りは、まるで時代劇のシーンを見ているようで、どこかほのぼのとした空気が漂っている。
「ところでお前、これからどうするんだ?」
再度、台所からサトさんが声をかける。
「いく先は……、何をしていいのかもわからなくて……」
「いくあてがないなら、しばらくうちにいればいいわ。あんた、若い働き手がいなくて困るって言ってたじゃない」
そう言って話を源蔵さんに振る。
源蔵さんは腕を組み、しばらく考え込むように唸っている。
「……うーん。うちも余裕があるわけじゃねえ。だが、仕事を手伝ってくれるってんなら、居させてやってもいい。どうだ?」
「あの、ご迷惑じゃないですか?」
「仕事手伝ってくれるならって言ってるじゃねえか、タダじゃねえよ」
源蔵さんがぶっきらぼうな感じでそう言ったあと、サトさんが横から口を挟む。
「カヨもそうしてもらいたいでしょ。この村も年寄りばかりになってきちゃったしねえ」
……カヨも、そうしてもらいたいでしょ????
俺は少女の方を見る――カヨと呼ばれた少女は、俯いたまま小さく頷いた。
「うん」
(激萌えええええええええ! イエス! イエス!)
俺は卒倒しそうなほどの狂喜を、鋼の意志で「無表情」の中に押し込めた。
「あ、では……しばらく、ご厄介にならせていただきます」
「おう、決まりだな。仕事は明日からだぞ」
恐る恐る、俺は尋ねた。
「あの……お仕事とは、どんなことを?」
「大工だよ!」
うっすらとわかってはいたが、肉体労働……。
営業マンとして培った「口先」と「サボり」が一切通用しない世界。
正直、人の家に厄介になるなんて、元の世界じゃ絶対にあり得ない選択だ。
俺は他人と同じ部屋で寝るのが大の苦手だ。
寝るどころか、一緒の空間で長時間過ごすこと自体に強い拒否感がある。
こうして誰かと食卓を囲むのだって、できることなら避けたい事案だ。
だけど――これは生き抜くためだ。
よくわからない世界に放り込まれた以上、とにかく生きるしかない。
そのためには、この選択肢以外ないのだ。
決して、カヨちゃんにお近づきになりたいからではないぞ。
しかし、この俺が「いた方がいい」と判断されるとは。
しかも少女に。
元の世界じゃまずあり得ない。
転移されてよかったのかもしれないな……。




