第5話 ウー○ーにネ○フリ。救世主を送り出した少女は現代日本を謳歌する
「ううう……ん……。暗いわ。まだ夜なのかしら」
重い泥のような眠りから這い上がってきた雪穂は、平太のベッドの上で小さく身震いしながら身を起こした。
部屋の中は、昼間だというのに妙に薄暗い。
分厚い遮光カーテンが、日差しを遮断しているせいだ。
枕元に置いた、男の遺留品──スマートフォンを手に取ってみる。
ピカリと光ったガラスの板には、相変わらず雪穂の知らない文字が浮かび上がっている。
『5月16日(土)13:30』
「ごがつ、じゅうろくにち……。それは、なんとなくわかるけれど……。じゅうさん、さんじゅう? この時代の時間表記かしら……?」
しかし、起き上がると同時に、下腹のあたりから「ぎゅるるる……」と、およそ美少女らしからぬ、そして本人にとっては致命的な悲鳴が響き渡った。
「何か食べないと死ぬわ。本当に……」
雪穂はフラフラと立ち上がると、生き残るために部屋の物色を開始した。
棚、デスクの上、テレビ台の引き出し──。
片端から開けていくと、いくつかの引き出しから、平べったい金属の丸い板(小銭)が出てきた。
「多分これお金よね……。これで、何か買えるかしら? 確か、近くに商店があったような……」
昨日、この見知らぬ街を警察から必死に逃げ回っていた際、雪穂は人々が同じような金属の板を渡し、代わりに食べ物らしきものを受け取っている光景を何度か目撃していた。
生き延びる手段はありそうだ。
だが、問題がもう一つ。
「でも、この格好じゃあ、すごく目立っちゃうわよね。昨日もなんだか変な目で見られたし……。多分、青い人に追いかけられたのは格好のせいよ。──何か着るものはないかしら」
雪穂はさらに部屋を漁り、押入れの襖を開けた。
奥に押し込まれていた、見慣れない衣装ケース。
それを引っ張り出して開けた瞬間、雪穂の目は輝いた。
「あるじゃない! しかも……女の子の服?」
平太が趣味で購入し保管していた、コスプレ用のセーラー服。
もちろん雪穂には「コスプレ」などという概念はない。
「あの人、どこかに娘さんでもいるのかしら。……ごめんなさい、お借りするわね」
心の中で軽く謝りつつ、衣装に袖を通してみる。
少しかためのスナップボタンを留め、鏡の前に立つと、雪穂は思わず頬を綻ばせた。
「……あら。私にぴったり。それに、とても可愛いわ」
セーラーカラーの襟元と、ふわりと広がるプリーツスカート。
元の世界のどんな衣服よりも愛らしいと、雪穂は思った。
すっかりご機嫌になった雪穂は、かき集めた小銭と、なぜか手放してはならない予感がしたスマートフォンを握りしめ、昨日見かけた近くの「コンビニエンスストア」へと向かった。
◇
「わあ……明るい!」
自動ドアが左右に開いた瞬間、白い光に満ちた店内と、ずらりと並んだ色鮮やかな商品の山に、雪穂は圧倒された。
エアコンの効いた心地よい店内を、キョロキョロしながら歩く。
お弁当、サンドイッチ、おにぎり……どれもこれも、喉から手が出るほど美味しそうだ。
そして、甘い匂いが漂うコーナーに差し掛かったとき、彼女は小さな歓声をあげた。
「あっ! これ、昨日食べた『クリーム』だわ! ……ええと、なにこれ? これも美味しそう!」
雪穂は、昨日平太がくれた「至高の苺ショート」、さらに美味しそうなスイーツを両手いっぱいに抱え、おそるおそるレジへと向かった。
若い女性の店員が慣れた手つきでバーコードを読み取っていく。
雪穂は、握りしめていた小銭をカウンターの上にじゃらじゃらと置いた。
「ええと……」
店員の女性は、小銭の山と商品の合計金額を見比べ、困ったように眉を下げた。
「あー……ごめんね。これだとちょっと、お金足りないかな……」
「えっ……」
目の前が真っ暗になりかけた雪穂。
また、あの飢えと恐怖の毎日に戻るのだろうか。
ショックでモジモジと俯き、半泣きになりかけていると、店員のお姉さんが彼女の手元に目を留めた。
「あ、スマホ持ってるじゃん! そう、それ、手に持ってるやつ」
「え? これ、ですか……?」
雪穂が不思議そうに差し出すと、店員の女性は頷く。
「そうそれ。……あ、ロック解除してもらえる? できるかな?」
ロック解除。
何を言われているのかさっぱりわからなかったが、雪穂が手に持ち、さっきと同じように画面に指を置くと、ロックが滑らかに解除され、カラフルなアイコンの並ぶ画面が現れた。
「そうそう! ちょっと貸してみてね」
店員の女性はスマホを受け取ると、画面を慣れた手つきでスライドさせた。
「あー、あるじゃん、○イ○イ! これで決済試してみてもいい?」
「……はい?」
さっぱり意味がわからなかったが、雪穂はとりあえずコクコクと小さく頷く。
お姉さんがスマホの画面に表示されたバーコードをレジの機械で読み取ると、『○イ○イ♪』という妙に気の抜けた声が店内に響き渡った。
「はい、お会計できたよ!」
まじまじと雪穂の顔を見つめたお姉さんは、なぜか興奮を隠せない様子だ。
「レジ袋……今日は内緒でサービスしちゃう。次に来るときは、この袋をまた持ってきてくれたら、余計なお金取られないからね」
「はい!」
袋詰めされた、冷たくて甘い宝物を受け取った雪穂は、これ以上ないほどの満面の笑みで答えた。
(やばい。この娘、マジで可愛い……)
なぜかレジ越しにがっしりと固い握手を交わされる。
雪穂が不思議に思いながら店を出て振り返ると、店員の女性はガラス越しに、ちぎれんばかりに手を振って見送ってくれていた。
──それからというもの。
食べ物の調達が必要になるたび、雪穂はこのコンビニを訪れた。
そして、あの親切な店員の女性──「田中」という名札をつけた女性に、スマートフォンの使い方を、一から十まで教わるようになる。
「あ、ネ○フリ入ってるじゃん。ディ○ニープラスもある。……あ、あとこれ! このアプリを使えば、お家にご飯を届けてくれるんだよ。ウー○ーイーツ」
「ウー○ー……? それって、どういうことなんですか?」
「このボタンを押して、食べたいものを選んで……そうそう。で、最後にこのボタンを押すと、お家までご飯を運んできてくれるの。決済は……、お父さんのクレジットカードになってるみたいだから、お金は払わなくて大丈夫だよ」
最初、田中さんは、おどおどしている雪穂を見て、なんだかかわいい娘と、軽く気にかけていた程度だった。
ただ、何度も訪れてくる雪穂が少し心配になり「ねえ、お家の人はどうしたの?」と尋ねた際、雪穂は、「お父さんがいるけれど、帰ってくるのがとても遅いんです」と、少し寂しそうに答えた。
それを聞いた田中さんは、「やっぱりネグレクトだ! 父親が育児放棄して、スマホだけ持たせて放置してるんだ!」と脳内補完。
学校に行っていないことについても、「最近は不登校の子も珍しくないし、まずはこの子の心のケアが大事よね」と、非常に都合よく、かつ同情的に解釈してくれたのだった。
田中さんによる「熱心な現代社会講義」のおかげで、雪穂はみるみるこの世界に適応していく。
スマートフォンの充電の仕方を覚え、毎日コンビニの新作スイーツや、ウー○ーイーツで届くピザやハンバーガーを貪り食べた。
時には、抗いがたい匂いに誘われ、ラーメン屋の暖簾をくぐるほどの度胸も身につけた。
ベッドに寝転がり、ネ○フリで流行りのアニメを一気見したり、ディ○ニープラスで海外のファンタジー映画を観て感動したり。
田中さんのすすめで、韓流ドラマにも手を出していた。
元の世界を救うべき「救世主」を送り出したことなど、もはや忘れかけているのではないかというほどに、雪穂は、日本の現代文明の利器を、全身全霊で謳歌したのだった……。




